第3話
褐色の毛色をした狼のような姿、体長は4メートル程度の『それ』は、部屋の中を物凄いスピードで駆け回る。相手であるこちらが複数だから、立ち止まって集中攻撃を受けないようにする為の作戦なのだろう。
「アンバーは敵の足止めを優先。ポーターは隙を突いて足を狙ってくれ。ダークウルフの機動力を削ぐ事が最優先だ」
前足から伸びる長く鋭利な爪を剣で受け流しながら、スタウトさんが仲間に指示を出す。
俺の横にはベルジアンさん、そしてヴァイツェンさんが大楯を構え、俺達の前に立ち塞がっている。
「…風旋縛(ウィンド・バインド)」
アンバーさんの魔法により、ダークウルフに蔦のように風が纏わりつく。動きを止めるまでは行かないが、明らかに速度が落ちていた。
「そこぉっ!」
間髪入れずにポーターさんがボウガンを放ち、矢がダークウルフの右前足に突き刺さる。
「ギャウッ!!」
ダークウルフは悲鳴を上げながらも、無事な左前足でスタウトさんを横薙ぎに払うが、スタウトさんは身を伏せてその攻撃を躱し、一息に間合いを詰めると剣を喉元に向け突き上げた。
剣はその鍔元まで深く突き刺さり、数舜を待たず、ダークウルフが横倒しになった。
初めて目にする魔物との戦闘に、俺は恐怖と興奮を同時に感じていた。
「ふぅ、誰も怪我していないし、手数が少なくても上手く倒せた。これなら、問題無く進められるんじゃないかな?」
「問題は敵が複数の時だが、そん時はベルの結界で凌げるだろ」
スタウトさんの発言にアンバーさんが続く。
俺が彼らのパーティに同行している理由は、休憩直後に遡る。
ベルジアンさんから聞いた、ここが魔王城の地下15層という事実。
俺でなくても理解出来るだろう。
(ここから一人で外に出ようなんて、確実に途中で死ぬ)
ならばどうするか。当然、彼らに助けを求めるしか無い。もしダンジョン脱出用のアイテムとかがあるのなら、それを譲って貰うのも手だろう。
…と思ったのだが。
「ユートはここに転生してきたばかりだから、恐らくレベルは1のまま。脱出アイテムはあるし売っても良いけど、外にも魔物は居る。街に辿り着く前に確実に死ぬんじゃないかな」
スタウトさんの言葉に愕然とする。というか、この世界にはレベルの概念があるのか。益々ゲームのようだ。
「それじゃ、俺がスタウトさん達を雇って、街まで連れて行って貰えないか?」
俺の提案に、スタウトさんを含む皆が渋面を浮かべる。
「僕達は今回、明確な目的を持って最深層に向かっている。ユートを街に送り届けるとなると、時間的なロスがあまりに大き過ぎるんだ。それは受けられないよ」
八方塞がりとはこの事だろうか。恩寵は戦闘の役には立たず、俺のレベルは1、武器は持っているが扱う技能は無い。進むも地獄、戻るも地獄じゃないか。
俺が愕然としていると、ベルジアンさんが手を挙げた。
「スタウトさん、ユートさんを『育成支援』の対象に見立てて、一緒に最深層に行くのはどうでしょうか?」
「育成支援?」
「はい。一定以上のランクの冒険者が受けられる依頼の一つでして、主に貴族のご子息などを連れてダンジョンなどに行き、魔物を倒してレベルを上げるお手伝いをします。目的は、レベルを上げる事で暗殺や事故などにより、大事な後継ぎを失う可能性を下げる事。但し、依頼を受けた冒険者が守り切れず、対象を死なせてしまうリスクもありますので、相当高ランクな冒険者へ指名依頼されるのが通例です」
「俺としては凄い助かるけど、そっちには何かメリットがあるのか?」
当然の疑問なのだが、それにはスタウトさんが答えてくれた。
「実は僕達、育成支援の依頼を受けた事が無いんだ。何度も指名依頼された事はあるんだけど、他に優先する事があったからね。ただ、そろそろ冒険者ギルドの顔も立てておかないとマズくてね。今度街に戻ったら依頼を受けようか、という話を丁度していたんだ」
渡りに船が船団でも率いているのだろうか、と思うレベルだ。
「それなら是非頼む。で、俺が貰った30万ゴールドで足りるのか?」
「相場はだいたい100万ゴールド以上だけど、さっきもベルが言ったように、あくまで育成支援の訓練だからね、対価は要らないよ」
話し合いの結果、戦闘時はスタウトさんが前衛、ポーターさんが中衛、アンバーさんが後衛。俺にはヴァイツェンさんとベルジアンさんが護衛として付く事になった。
「それじゃユート、早速だがダークウルフはもう瀕死だ。止めを刺してくれ」
護衛されたままでも経験値…この世界では魔素と呼ぶのだが、それを入手する事は可能だ。但し魔物に止めを刺した者が、より多くの魔素を得られるのだと言う。
スタウトさんに促され、俺はダークウルフに近付く。間近で見ると、その大きさと威容に圧倒される。
「技術が無いと切るのは難しいからね、眉間を狙って思い切り突いてくれ」
スタウトさんに従い、カタナを抜いて構える。自炊で包丁やナイフを使った事はあるが、生き物を刺した事など一度も無い。緊張で手に汗が滲む。
こういう世界なんだ、この世界で生き残るんだ、と自分に言い聞かせる。
「おりゃああああぁぁぁっ!!」
数歩駆け、眉間に刃を思い切り突き立てる。
硬い骨の感触、その先の肉の感触が、ずぶり、とカタナを通して伝わってくる。
更に奥まで刃を押し込むと、微かに続いていたダークウルフの呼吸が止まる。そして間を置かず、紫色の粒子がダークウルフから立ち上り、俺の体に吸い込まれていった。
「お疲れ様。どうだった?初めて魔物を倒した感想は」
「正直、嫌な感触です。あと、体がピリピリします」
スタウトさんの問いに答える。
「元がレベル1だったからね、レベルに見合わない量の魔素を急激に取り込んだから、体の変化も大きいんだろう。…そうだアンバー、これでユートのレベルがどの程度になったか調べてみてくれないか?」
スタウトさんに頼まれ、アンバーさんが俺に近寄って来る。
ヴァイツェンさんよりも無口なため、アンバーさんとは殆どコミュニケーションが取れていない。判るのは、本の虫で、過干渉を好まない事ぐらいか。
アンバーさんが俺の額に手をかざし、何やら呪文を唱える。呪文によるものなのか、血液が熱を持って、体中を駆け巡っているような感覚がある。
終わったのか、アンバーさんは呪文を止め、額にかざしていた手を下げた。
「…今のレベルは11、あと少しで12になる」
「へぇ、流石にこの階層の魔物に止めを刺すと、一気に上がるね。これなら、目安のレベル30までもそんなに掛からないかもね。……どうしたんだい、アンバー。何か異常でもあったのかい?」
ふと見ると、アンバーさんが難しい顔をしている。
「…レベルは正常。ただ、ユートの魔力量が異常。このレベルではありえない」
「ありえない?具体的に、どれくらいなんだ?」
「…このパーティの中で、一番魔力量があるのは私。その私の10倍は下らない」
「マジかよ。大丈夫なんかソレ?」
「…問題は無い。保有量が多いだけ。将来有望」
体に問題が無いのなら俺としては別に良いが、恩寵や願い事は関係無い筈。ならば転移者は総じて魔力量が多いのだろうか。想像に過ぎないが。
「問題が無いなら、ひとまず良いだろう。むしろユートの将来に選択肢が増えた事を、喜ぼうじゃないか」
スタウトさんの一言で、この話は終わりになった。
ただ…。
「…扱える属性は未だ判らないけど、初級魔法なら簡単に覚えられる。身体強化をまず覚えてから、初級魔法を使ってみよう。いや使ってみるべき」
…アンバーさんとは一番距離があったのだが、魔力量のお陰で興味を持たれたようだ。多少は距離が縮まったのかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます