第2話
気が付くとそこは、真っ暗な闇の世界だった。
想定外の状況に意識がかき乱される。何だここは?
比較的安全なのは街や村などの人の居る所、次点で視界内に街や村の見える所、若しくは街道の近く。俺の恩寵は戦闘面では全く役に立たないため、森の中や荒野などに放り出されたら、かなり危険だろう。…という所までは想定していた。
とにかく状況を確認してみる。呼吸は出来るので、水中や石の中では無い。周囲に手を伸ばしてみるが、手に触れるものは何も無い。少なくとも狭い場所に押し込められている訳でも無いようだ。
ただ違和感があると言うか、ここに来てから胸の少し下…鳩尾の辺りが熱を持っているように感じる。転移による弊害では?と疑ってもみるが、現状では判断材料が無い。
明かりも無いので、事態が好転するかは甚だ疑問だが、安全策として暫くここに留まってみる事にした。
10分ほど経っただろうか。微かにだが、話し声と足音らしき音が何処からか聞こえて来た。直ぐに声を掛けたい気持ちをぐっと抑え、様子を伺う。声の主が、盗賊などの悪党の類である可能性が拭いきれないからだ。
やがて、話している内容が聞こえる距離まで、相手が近づいて来たようだ。複数人居る事が、声の違いで判る。
「ポーター、罠の探知と開錠を頼む」
「あいよ。…っと、罠は無ぇな。鍵も掛かってねえぞ」
「…この階層だと珍しい。中身は期待できないかも」
「丁度良い頃合いだし、中身を確認したら休憩にしよう。ヴァイ、ベル、準備を頼むよ」
「…判った」
「了解です、スタウトさん」
話す内容からは、特に剣呑は雰囲気は感じられない。どうやら宝箱か何かを開けようとしているようだが…。
意を決して声を掛けようとしたところ、
「はい、ご開帳~」という声と共に、暗闇の中に急に光が差し込んで来た。
「「「「「「………え?」」」」」」
その瞬間、全員の声がハモってしまった。
「どうぞ、スープです。温まりますよ」
そう言ってスープの入った皿を手渡してくれた女性に、俺は「あ、どうも」と気の抜けた返事をしてしまう。
彼女は治癒術士のベルジアンさん。銀髪に法衣を羽織り、武器はメイス。丁寧な言葉遣いが特徴だ。
「それにしても、宝箱の中に人が入っているなんて、初めて見たよ」
スープを啜りながら感想を漏らすのは、スタウト=ウルフェロンさん。金髪のイケメンで、しかも勇者。ちなみにウルフェロンは家名で、男爵に叙爵された時に国王から与えられた名らしい。
ちなみに宝箱は人が入れるサイズでは無いのだが、宝箱の中は空間が歪んでおり、開けた瞬間に宝箱は消え、中身だけが残るのだという、
「箱を開けたオレが一番びっくりしたっての。マジ衝撃の展開だよ」
一番砕けた口調で話すのは、斥候のポーターさん。革装備にボウガンとナイフを装備している。獣人族という事で、茶髪の頭の上に犬のような獣耳が付いている。…男なので萌えないが。かなり砕けた口調をしている
「………うむ」
言葉少な、というより少な過ぎなのは、ヴァイツェン=オールさん。短めの黒髪に彫りの深い顔、体もがっしりとした筋肉質。重騎士との事なので、所謂「タンク」や「壁役」である。オール騎士爵家の四男で、家を継ぐ可能性も無いので、冒険者をやっているそうだ。
「………」
そのヴァイツェンさんよりも喋らず、黙々と本を読んでいるのがアンバー=クリミルさん。紺色のローブと三角帽子、深緑の髪は肩の辺りでカールしている。火と風の2属性を扱う魔術師だ。クリミル伯爵家の次女で、スタウトさん曰く「基本的に魔法と魔導具にしか興味が無い」らしい。
食事を頂き一息ついた所で、スタウトさんが切り出した。
「それで、どうしてユートは宝箱の中に入ってたんだい?」
…一瞬躊躇ったが、これは恩寵が導いた縁だと考え、正直にこれまでの事を話す事にした。とは言え、女神により異世界から来た事と、転移先が何故か宝箱の中だった事くらいしか話す事は無いのだが。
俺が話し終えると、スタウトさんは得心がいったようだった。
「それほど数は多く無いけと、異世界からの転移者は過去にも現れていてね。つい最近では転移者の少女を、正教会が『聖女』として大々的にお披露目していたね。転移者は女神様から恩寵を受けているから、特化したその能力を狙われ易い。転移者と判ると正教会や国に囲い込まれるから、それが嫌なら転移者とはばれないようにした方が良いよ」
「成る程、重々承知しておくよ」
スタウトさんの忠告にそう答える。生き残るだけならば、教会や国の庇護下に入った方が安全だろう。但し自由と引き換えになるだろうが。
「それでね、もう一つ相談なんだけど、宝箱の中身の事なんだ」
スタウトさんがそう切り出す。
「俺が開けたんじゃないから、中身は全部そっちのものじゃないのか?」
「いや、冒険者ギルドのルールからすると、宝箱の鍵は開いていたし、そこに先に居たのがユートだから、中身はユートのものになるんだ。そこで具体的な相談の内容なんだけど、中身の一つを売って欲しいんだ」
「…そうは言われても、そもそも宝箱の中身が何だったのか判らないんだけど」
「中身は3つ。曲剣、指輪、宝玉だ。曲剣は所謂カタナで、中々の業物だ。指輪は麻痺無効のエンチャントが掛けられている。僕達が欲しいのは最後の一つ、ブラッドシードと呼ばれる宝玉だ」
中身について聞いてはみたが、結局はこの世界の価値の程度が判らないので、それなら任せてしまった方が良いだろう。俺はそう判断した。
「よし、それじゃ…アンバー、相場は判るかい?」
「……変動はあるけど、だいたい20万から30万の間で動いてる」
「なら、真ん中で25万ゴールド…いや、やっぱり30万ゴールド出すよ」
「俺は助かるが、いいのか?」
「ユートの為だよ。ある程度の元手が無いと生活もままならないしね。今は一文無しだろう?」
「…そうだった」
生活の糧を得る為に仕事をするにしても、仕事が見付かるまでの間の生活費は必要だ。それに、街に入るのに税金を徴収される可能性もある。元手があるに越した事はない。
「それじゃ、有り難く30万で売らせて貰うよ」
スタウトから受け取ったのは、金貨29枚と銀貨100枚。ある程度は細かい硬貨が無いと不便だろう、という心遣いだ。金貨1枚が1万ゴールド、銀貨1枚が100ゴールドになる。
「通貨の価値が判らないんだが、1日生活するのに幾らぐらい必要になるんだ?」
「そうだね…、平均的な宿屋で3食付きで銀貨2枚、だいたい200ゴールドだね」
…日本の通貨で考えると、ホテル一泊に3食外食でざっくり1万円、1万円=200ゴールドなら1ゴールドが50円なので、30万ゴールドは1,500万円になる。
…貰い過ぎじゃないか、とも思ったが、この世界で一から生きていく為にどれだけ必要になるかも判らないので、有り難く頂く事にした。むしろ俺の考えが通るなら、直ぐに必要になる筈だ。
なおカタナはまともには扱えないが、一応腰に差しておいた。指輪は右手の中指に付ける。
「…今更なんだが、此処は何処なんだ?」
俺は尋ねてみる。改めて見ると石造りの部屋で出入口が2つ、太陽の光は無く、魔法の光源で周囲が照らされている。
俺の問いには、ベルジアンさんが答えてくれた。
「ここはグルホーン辺境伯領にある魔王城、その地下15層になります」
「…マジで?」
俺の異世界転移のスタート地点は、ラストダンジョンだった。
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