第4話
道中、俺はアンバーさんから、まずは身体強化の手解きを受けた。体の中心にある魔力を感知し、その魔力を体全体に循環させる事で身体強化が行えるそうだ。体の外に発動させる属性魔法などは、手に魔力を集中させる必要がある。それは身体強化よりも魔力の制御が難しいため、初級魔法は身体強化を覚えてからだと言う。
「体の内、鳩尾の辺りに意識を向けてみて。魔力が微かに熱を持って渦巻いているのが判れば、魔力の感知は成功」
説明を聞き、俺はこの世界に転移して来た直後の事を思い出す。あの時に確か、鳩尾の辺りが熱を持っているように感じていた。あの時の感覚を思い出しながら、目を閉じ意識を集中してみる。すると、やはり鳩尾の辺りに熱を感じる。ぐるぐると、拳大の塊が回転しているような感覚がある。
「…飲み込みが早い。それが魔力の感知。じゃあ次は、その渦が体全体を包むように意識してみて」
自分の感覚では渦ではなく塊なのだが、言われた通りに、体全体を包む大きさになるよう意識した。すると塊が徐々に大きくなったが、首元からヘソまでの大きさになった所で魔力が霧散してしまい、塊が元の大きさになってしまった。
「あれ、失敗か?」
「そう。慣れるまではしっかり制御しないと、シャボン玉のように簡単に割れて魔力が霧散する。渦をより大きくし、より長く維持すること。慣れれば、魔力が続く限りずっと維持できる。ユートの魔力量なら、丸一日使っても平気」
「そっか。それじゃ、まずは身体強化が出来るまで、繰り返し練習あるのみだな」
俺はアンバーさんにそう告げ、また1から手順を繰り返し実践してみる。歩いている時も、皆が戦っている時も、ひたすら練習した。
18層に到達した時、俺のレベルは38となり、全身に循環させられる魔力量は未だ少ないが、何とか身体強化を扱えるようになった。
魔力の維持に未だ神経を使うが、体が軽く、それでいて力が増している感覚がある。
「そのまま練習を続ければ、身体強化に充てられる魔力量も増える。それに体を循環した魔力の僅か一部だけど、魔素に変化して吸収出来る。レベルを上げる足しにもなるから、とにかく継続すること」
アンバーさんのアドバイスに、俺は頷く。
ちなみに道中での隊列は、前からポーターさん、スタウトさん、アンバーさん、俺、ベルジアンさん、ヴァイツェンさんの順だ。
ポーターさんが先の部屋の偵察から戻ってきた。
「この先は19層への階段だな。…時間的にも良い塩梅なんじゃねぇの?」
「そうだね。よし、今日はここで野営をしよう。皆、準備を頼む」
スタウトさんの指示に、皆が各々準備を始める。流石に見ているだけなのも申し訳無いので、手伝おうとも思ったのだが、皆の作業があまりにスムーズで、俺が手を出す余地は無かった。なのでせめて、しっかり見て手順を覚える事にした。
小一時間で準備は終わり、夕食となった。今回は、何の肉かは判らないが、棒に刺して焚火で炙っているようだ。香ばしい匂いが辺りに漂い、食欲をそそる。
「…ちょっと気になったんだが、動物と同じように、魔物も食べられるのか?」
俺はふと疑問に感じたので、問い掛けてみた。
「魔物はねぇ…。調理のスキルが高くないと、肉から魔素が抜け切らずに残ってしまって、もの凄いえぐ味になるんだ。緊急時でも無い限り、食べたくはないね」
「調理スキルが高い人は希少ですから、魔物肉の料理を売りにしているお店も街にありますが、味も美味でとても繁盛していますよ」
スタウトさんが答え、ベルジアンさんがそれに続いた。
「質問ばかりで申し訳無いが、スキルって何だ?」
「身に付いた技能の事でな。先天的に備わっているものと、自らの修練で後天的に身に付けるものとがある。例えばスタウトの『勇者』は生まれつきだが、俺の『探査』や『弓術』なんかは、訓練や実戦を経て身に付けたモンだ」
「補足すると、魔法はその人が扱える属性に限り、習得が可能。時空魔法は4属性よりも扱える人が極端に少ないので、とても希少」
「治癒魔法は神殿の儀式を用いて、その人の魔力の質を完全に作り変える必要があります。なので、属性魔法や時空魔法と治癒魔法の併用は不可能です。ただ応急処置程度でしたら、魔力を直接相手に流し込めば良いので、誰でも使えます」
ポーターさん、アンバーさん、ベルジアンさんが順に答えてくれた。
当たり前だが、地球とこの世界とでは違いが多く、常識を含めて覚えておかなければならない事が沢山ある。どこかのタイミングで勉強できる機会があると良いのだか。
「…見張りをやりたい?」
「ああ。足手まといなのは判っているが、どうやるのかを実際に見ておきたいんだ。今後必要になるかも知れないしな」
「なるほど、承知したよ。それじゃ最初は僕とユート、次はヴァイとポーター、最後にベルとアンバーで頼む」
4人は部屋の隅のテントに男女で分かれて入っていく。ダンジョンでの野営では死角を減らし、守り易くする為に隅を陣取るそうだ。
俺とスタウトさんは、テントから少し離れた所で焚火を囲んでいる。
「魔物も動物と一緒で、火を怖がるのか?」
「火を怖がるのは、スライムとかの火属性が弱点の魔物だけだね。あくまで視界の確保が目的だよ。全員が『暗視』持ちなら要らないだろうけどね」
「それと、いつもは見張りはスタウトさんだけ一人なのか?」
「普段はそうだね。僕は一応どんな状況でも対応できるから。とても危険な場所なら、2人と3人の組み合わせで対応しているよ」
良い機会なので、スタウトさんには色々と、この世界の事や戦闘の事などを聞きながら時間を過ごした。
あともう少しでヴァイツェンさんとポーターさんとの交代の時間、というタイミングで、それは起きた。
ズゴゴゴ…、ズゴゴゴ…
19層への階段がある、とポーターさんが言っていた部屋の方向から、何か重い物を引き摺るような音が聞こえる。
スタウトさんは立ち上がり、武器を構える。俺もそれに倣いカタナを抜いた。身体強化は練習の為にずっと発動中だ。
焚火の明かりに照らされ、足、胴体、頭と順に、その姿が露わになる。
角ばった石造りの体躯に、不気味に赤く光る双眸。背丈は5メートル程。動きは鈍そうだが、あの腕で殴られたら一瞬でミンチになりそうだ。
「ストーンゴーレムか…。下層から昇ってきたのか」
「…俺はどうすれば良い?」
「僕一人で対処可能だ。テントの前まで下がっていてくれ」
「了解」
スタウトさんの言葉に従い、俺はテントの前まで下がる。
ストーンゴーレムは腕を振り上げ、スタウトさんに叩きつける。ドゴォ!!という音と共に床が砕け、破片が飛び散る。だが其処には誰も居ない。
スタウトさんはストーンゴーレムの背後に回り込み、剣で左足…人間でいうアキレス腱の辺りを切り付ける。
「…流石に硬いな。だがあと2回切ればいけるか」
恐らくは足を切り落として転倒させ、弱点と思われる頭を狙うのだろう。
ギィンッ!
スタウトさんの2度目の斬撃。ストーンゴーレムがぐらつき始める。問題なさそうだと俺は思った。その時。
スタウトさんとストーンゴーレムの更に後ろを、何かの影が横切る。その影は壁際を駆け抜け、テントのある方…つまり俺の所に向かって来た。
「ユート!!ジャイアントラットだ!!」
ジャイアントラットと呼ばれるそれは、中型犬くらいの大きさの白毛の鼠。特徴的なのは、額に鋭利な角が生えている所だ。
俺は咄嗟にカタナを横薙ぎに払う。足止め程度だが、幸いジャイアントラットは切っ先の直前で足を止めた。
「ストーンゴーレムの動きを止める!それまで何とか堪えてくれ!!」
スタウトさんの指示を受け、集中する。俺の目的は、俺自身が死なない事、そして背後のテントにジャイアントラットを行かせない事。
集中力が高まり、身体強化の魔力が濃くなっていく。
俺には未だ技術が無いので、カタナで斬る事では恐らく致命傷は与えられないだろう。ならば、ダークウルフに止めを刺した時と同様、突きに頼るしかない。
そう考えていると、ジャイアントラットが突進して来た。だが違和感を感じる。先程よりも動きが遅く感じる。身体強化の影響なのだろうか。
俺はカタナを払い、角を右に弾く。
床に着地したジャイアントラットは、俺を警戒したのか、そのまま俺の右側を走り抜けようとする。そのままテントに向かうつもりか!?
「させるかぁっ!」
カタナを引き、右側を走り抜けようとしていたジャイアントラットの胴体に、踏み込みと共に突きを入れ、引き抜く。
床を転がり、テント前で虫の息となったジャイアントラット、その頭部にカタナを突き刺し、止めを刺す。
丁度、大きな地響きと共にストーンゴーレムが仰向けに倒れ、スタウトさんがすかさず両目にそれぞれ剣を突き刺した。恐らく、赤く光っていた目がコアか何かなのだろう。
「…あー、緊張したぁ。…スタウトさん、お疲れ」
「お疲れ様、ユート。足止めどころか倒しちゃうなんて、驚いたよ」
「上手く集中出来て、身体強化の魔力が増えたみたいでな。相手の動きが遅く感じたんだよ」
「…ユートは、身体強化の適正が高いのかも知れないね」
スタウトさんによると、通常の身体強化は文字通り肉体のみ強化するが、適正が高いと五感も強化されるそうだ。
付け焼き刃程度ではあったが、身体強化の訓練が結果に繋がった事に、俺は充足感を得ていた。
ストーンゴーレムが倒れた際の地響きで皆が目を覚ましたので、ざっと事情を説明してから、俺とスタウトさんは見張りを交代し、眠りに付いた。
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