襲い来る運命(6)
機械の戦闘員たちに両腕を持ち上げられ、無理やり起こされる。
その体勢はまるで磔にされた罪人のようだった。
「はっ…はあ…はあ…」
顔を上げると、目の前に潜水服の怪人が立っていた。
丸ガラスの窓から覗くレンズの瞳からは感情を読み取る事はできなかったが、そのレンズの瞳が、嫌という程こちらを物色している事だけはわかった。
その怪人がオレに手を延ばそうとしたその時――
「――貴様!汚らわしい手でマリアに触れるでないッ!」
〈…さきほどから聞こえていた声は、これか〉
怪人はのばした手を止めると、オレの胸元に付いたブローチを物珍し気に覗き込むが、すぐに興味を無くしたらしく、オレの方へと向き直った。
「オレ…私を、どうするつもりだ。…ボルカノのところに連れていくつもりか?」
〈当初の予定ではそのつもりだったが…、気が変わった。お前の能力が手に入った今、もはやボルカノなどに従う必要もない。いずれ、奴のほうからオレに首を垂れるだろうよ〉
「…私の、能力?」
そういえば以前にも、宝石との会話の中で、ブラックマリアにはなにかすごい能力が秘められているような事を、言葉の端々から見て取れたが、それを宝石に訊ねても、毎回はぐらかされていた。
そんなすごい能力があるのなら、もしかしたらこの逆境にも一縷の望みがあるかもしれない、と淡い希望を抱きかけたが、その思いはすぐに消える。
〈――生身の戦闘員を使う訳にも行かず、わざわざ、こうしてマシナリーズ共を揃えてきたが、まさかここまで期待はずれだとはな。拍子抜けだぞ〉
「…人形の分際でよく吠える」
宝石は吐き捨てるように呟く。
〈ハハッ、貴様らがそれを言うのか!?いや、もしや貴様は知らんかもしれぬがな、コイツとて俺様たちとそう変わらん。なにせ、結社の培養槽の中で育てられた、云わば作り物なのだからな!一体、俺様たちとどれほどの差がある?〉
「違うっ!妾は…ブラックマリアは……」
宝石は逆上したように言葉を荒げた。こんなにも取り乱した宝石を見るのは初めてのことだった。
すると、宝石が激情に駆られると同時に、オレの胸の中にも、まるで誰かを失ったような喪失感と、締め付けるような深い悲しみが溢れてくる。
「私は、お前に協力なんて、しない」
これがただの虚勢なのは分かっていたが、感情の吐き口を求めるように、言葉が口をついて出てしまう。
〈フン、もとより協力など求めていない。俺様と貴様は対等ではないのだからな!〉
ふたたび、怪人は詰め寄ってくると、その奇怪な腕でオレの胸を鷲掴みにした。
「ッ…!?」
遠慮も容赦もなく、ただ力任せなだけのその行為に、痛みよりも先に、不快な感情が込み上げてくる。
〈クハハハ、強がっていても所詮は小娘よ!〉
「くっ、下衆め…」
「………」
〈どうした、恐怖のあまり声も出ないか、マリア?〉
ザラついた声が耳元で安っぽい挑発をしてくる。
いますぐにでも、この地球儀のような頭をぶん殴ってやりたい気分だったが、体力が尽きて、ダメージを負ったこの体ではどうすることも出来なかった。
「………」
なにを言ったところで、奴を喜ばせるだけなのは判り切っていたので、ただ、口を閉ざし、目を伏せる。
〈フン、つまらん女だっ!もっと泣き叫び、抵抗してくれねば…〉
丸ガラスの奥で、怪人のレンズの瞳がニヤリと笑ったような気がした。
――ビリ、ビリビリ!
レオタードの胸元に強引に爪先を引っ掛けた怪人は、こちらが反応を示す間もなく衣装を引き裂く。
胸元から臍の辺りまで布地が裂かれると、その下から真っ白な肌が露わになる。
「っ!」
反射的に目前の怪人を睨みつける。
〈いいぞ、その顔だ…そうこなくては面白味がない〉
もとより中身が男のオレからすれば、上半身がすこし開けた程度で羞恥心など覚えるはずもなく、それよりも、他者を辱めて悦に浸る、この醜悪な怪人に対して怒りが湧き上がってくる。
「おのれ、下劣な奴め…」
「……?」
オレたちを取り囲むようにして、直立不動の体勢で待機していたロボット戦闘員たちの間を、一体のロボット戦闘員が割って入ってくる。
〈PiPi…フレイムガン様、緊急ヲ要スル報告ガッッ――〉
怪人の後ろに立った戦闘員が何か喋り始めるが、言い終わるよりも早く、フレイムガンの拳が戦闘員の顔面に叩き込まれる。
〈まったく、癇に障る無粋なガラクタ共がっ!〉
かなり強い力で殴られた戦闘員は、後ろにいた他の戦闘員たちを巻き込んで派手に倒れ込む。
〈緊キュ…ウ…Pi…報告…ガガ……ゴザ…〉
倒れた戦闘員は手足を痙攣させるだけで、まるで起き上がる気配がなかった。同情するわけではなかったが、ここまで扱いが酷いと敵とはいえ哀れだった。
〈サッサと用件を言え、俺様は忙しいのだ!〉
〈人…人質……ノ姿ガ見…アリマセ…ト、逃走シタ…模様〉
『人質』と『逃走』という言葉がはっきりと耳に届いた。守衛室で説得した時は、人質の多くが脱出を躊躇っていた。それがどういうわけか理由は判らないが守衛室を脱け出してくれた。
「マリア…」
「…うん」
今迄のオレの独りよがりでしかなかった行動でも家族や見知らぬ誰かの助けになった。まるで心に火が灯ったかのように熱くなり、おもわず涙が出そうになる。
〈まったく使えん鉄屑共めっ、人質などもうどうでもよい!〉
〈…シカシ、其レデハ脱出二支障ガ…〉
別の戦闘員が抗議するが、フレイムガンに睨まれるとすぐに口を閉ざした。
〈陽動はお前たちだけでやれ。俺様とマリアが脱出するまでの時間を稼げ〉
〈PiPi…リョ、了解…〉
〈いや、待て――〉
指示を受けて、何体かの戦闘員がその場から離れようとしたところで、フレイムガンが呼び止める。
〈――やはり気が変わった。みすみす逃がしてやるのは結社の沽券に関わる。人質は見つけ次第皆殺しにしろ〉
「なっ、なに言ってんだ!この野郎っっ!!」
フレイムガン言い放った冷酷な言葉に、気がつけばオレは叫んでいた。
「マリア、落ち着くのじゃ」
「これが落ち着いていられるか!」
〈貴様…いや、思い返してみれば疑念はあった。わざわざ罠と知りつつやって来たことや、その取り乱し様、…そうか、そういうコトか。まさかとは思ったが、よもや此処へ来たのは人質の救出のためだったか、マリア!結社の意にそぐわぬばかりか、幹部候補が正義の味方気取りとは見下げ果てたぞ、この出来損ないめがっ!〉
激怒したフレイムガンは、腕の銃口らしきものをこちらに向けた。
銃口の中で青白い光がパッと明滅する。
銃口から漏れた熱風が、まるで猛獣の吐息のように顔に吹き付ける。
「あっ」
――その瞬間、目の前に死が現れた。
まだ高校生のオレにとって、死なんてもっと遠い存在のはずだった。
それが数週間前に夜道で瀕死の怪人を拾ってからというもの、オレの世界は一変してしまい、気がつけば死はこんなにも近くにまで迫って来ていた。
「まあ、でも――」
妹の奏と姉貴を助ける手助けができたのなら、あながち悪くないかもしれない。
――Ave Maria――
どこからか綺麗な歌声が聴こえてくる。
――Rararara――
それは以前にもTVで聴いたことのある聞き覚えのあるフレーズの曲だった。
「マリア…これは…」
「もしかして宝石も聴こえてる…?てことは、オレの空耳じゃないのか…」
〈…なんだ、この不快な歌はっ!〉
この状況にはあまりに似つかわしくないその歌声に、オレたちだけではなく、フレイムガンや戦闘員たちも戸惑いを隠せずにいた。
歌声の最中、奇妙な違和感に気がつく。
両手は依然として戦闘員にガッチリと掴まれていたが、さきほどまでとは違い痛みの感覚が無くなっていた。始めは長く掴まれていたせいで感覚がマヒしたのかとも思ったが、試しに手を動かしてみても違和感はなくすんなりと動いた。もしやと思い、今度は腕に力を込めて動かしてみると、なんと戦闘員の腕を逆に引っ張れしまうくらい、易々と動かせてしまう。
「……えっと」
〈PiPi…?〉
イマイチ事態が呑み込めず呆気にとられていると、咄嗟に異変に気づいたオレの腕を掴んだ戦闘員と目が合ってしまう。
「悪いな…」
両腕を交差させるように思いっきり引き寄せると、腕を掴んでいた二体の戦闘員は易々と宙を舞い、そのまま、オレの目の前で派手に衝突して壊れたオモチャのように動かなくなる。
〈なにィッ、貴様どうして?!〉
最もな疑問ではあったが、そんなのはオレの方が知りたかった。
「自分で考えな!」
壊れた戦闘員の体をフレイムガンに投げつけ、その隙にフレイムガンと距離を取る。
直後、フレイムガンの腕から吹き出して火炎が投げつけた戦闘員の体と一緒に、直前までオレがいた床を真っ黒に焦がす。
〈ソイツをはやく捕まえろ!〉
フレイムガンが命令すると、すぐさま戦闘員たちが突撃してくるが、突如、天井から大量の水が降り注ぐ。どうやらさきほどのフレイムガンの炎でスプリンクラーが反応したらしい。
そして大量の水が辺り一面に散水されると、途端に異変が起こる。水から逃れようと逃げ惑うあまり他の戦闘員とぶつかり転倒する者や、水を浴びて奇怪な音出しながら微動だにしない者など、ロボット戦闘員たちの動きが明らかに悪くなる。
「奴らなにやら急に動きがおかしくなったぞ」
「…あ~たぶん水のせいかな?もしかして防水加工されてないとか…」
人型ロボットなんて高度な物を用意しておきながら、水が弱点なんてなんともマヌケな話だったが、これがチャンスであることに違いはなかった。
混乱する戦闘員たちの隙間を縫うようにして囲いから抜け出す。
「マリアお姉さん、はやくこっちへ!!」
どこかで自分を呼ぶ声がする。
声のした方に振り向くと、ちょうど守衛室の前に白い服を着た少女の姿があった。
「あっ」
「あの小娘…」
それは上の階で戦闘員に襲われているところを助けてあげた、たしか悠と名乗ったコスプレ少女だった。
「人質の皆さんは逃げてくれました!私たちも急いで!」
「…あ、ああ!」
上階へ避難したはずの少女が、どうして此処にいるのかは分からなかったが、今は考えるよりも先にこの不思議な少女の言葉に従うことにした。
急いで少女の元へと駆け寄るが、その直後、背筋にぞわりと悪寒が走る。
「あ、危な――」
「――ゴメンっ!」
小さな少女の体を抱き上げると、駐車してある車と車の隙間に飛び込む。
次の瞬間、ゴオゥッ!という巨大な音と紅い光が周囲を包み込むと同時に息が出来ないほどの熱波が広がる。
「キャッ!」
腕の中で悲鳴を上げる少女をなんとか守ろうと必死に覆い被さる。
そうしてしばらく堪えていると、やがて熱を含んだ空気が薄まり、代わりに焼け焦げた匂いが辺りに満ちていた。
「悠ちゃん大丈夫?」
できるかぎり落ち着いた口調で腕の中の少女問いかける。
「けほっけほっ……はい、なんとか」
「マリア、それよりも奴を」
宝石に言われて、すぐさま周りを見渡してみたが、おかしなことにフレイムガンの姿は何処にも見当たらなかった。
「あの…」
「…いない」
あれだけオレたちに固執していた怪人が、僅かな間に影も形も消えてしまった。
言い様の無い不安と、不気味なほどの静寂だけがそこにあった。
「はやく皆さんのところへ――」
腕の中の少女が言い終わるより早く、背中を氷柱で貫かれたような衝撃が走る。
「――アイツ、まさか」
「そうか、人質かっ!」
同じ答えに辿り着いた宝石が叫ぶ。
「悠ちゃん、人質の人たちは今何処に!?」
「え、えっと、守衛室前の車両用の通路を上がって行きましたが…」
「それってつまり脱出を見届けたわけじゃないってこと?」
「あっ、ボク、ゴメンなさい…お姉さんが心配で…つい」
どうやら責められたと勘違いたらしい悠は、がっくりと項垂れて瞳に涙をためる。
「バカ、私のために来てくれたのに責めたりするもんか!」
いますぐに駆け出したいほど気は急いたが、それでも悠ちゃんを落ち着かせるために出来る限りやさしく語り掛けながら頭をなでる。
「あ、ありがとうございます」
「マリアよ、急がねば」
「わかってる。悠ちゃん、悪いけど私はフレイムガンを追わなきゃいけない。だからまたどこかに隠れて――」
「――あの、ボクも一緒にいきます!」
突然の悠ちゃんの申し出に、一瞬唖然とする。
「いや、そんなわけには…」
「連れて行け」
意外なことに宝石から援護が入る。
「でも」
「この小娘はきっと役に立つ。そうだな、小娘?」
「…は、はい!」
「はあ、もう知らないからな」
ここで言い争いを続けるわけにも行かず、すぐにフレイムガンを追って、地下の出入り口に向けて走り出す。
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