襲い来る運命(5)
駐車場内を徘徊するロボットの一体が横を通り過ぎるのを、柱の陰で息を潜めて待つ。
ロボットの視界から外れたタイミングを見計らい、ロボットの後頭部目がけて全体重を乗せた蹴りを入れる。さらに、地面に倒したロボットの胸部をヒールの踵で貫く。
ガシャーーン!、という大きな音が地下駐車場内に響き渡った。
それまで規則的に聞こえていた金属質な足音は、俄かに慌ただしくなり、足音はこちらへと大挙して迫ってくる。
「お主、もしや奴らと差し違えるつもりか?」
「……」
「妾と交わした約束を違えるのか?」
「……その」
「妾になにか言う事はないのか?」
「ゴメン――」
はじめは家族のため、家族を救うための行動のはずだった。
それが今や、人質全員を助けるためにロボットの大群と戦おうとしているのだから、宝石が怒るのも当然だった。
自分の選択に後悔はなかったが、それでも宝石との約束を破ってしまって、申し訳ないという気持ちはあった。
「――ほんとにゴメン」
それしか言葉がでてこなかった。
「妾がそのような上辺だけの謝罪を欲しているとでも?」
「…わかってる」
「いいや、お主はまるでわかっておらん」
雑多な足音に混じって、一際大きな足音がこちらに迫ってくる。
その足取りは妙にゆっくりとしていて、まるでこちらに余裕をひけらかしているようで、だんだんイライラしてくる。
〈Pi…Pi…目標ヲ発見!〉
〈捉エヨ!捉エヨ!〉
こちらの姿を確認したロボットたちが一斉に押し寄せてくる。
「わかってないって――」
突出してきた一体が伸ばしてきた腕をジャンプで躱し、そのまま、つま先でロボットの頭を蹴り上げる。
「――何が!」
仰向けに倒れたロボットは後ろにいたロボットたちを巻き込み、ドミノ倒しの要領でバタバタと倒れていく。
ドミノ倒しから逃れたロボットたちは、倒れた仲間には目もくれず、こちらに向かってくる。そのロボットたちの頭を踏み台にしながら、なんとかロボットたちの猛攻を躱す。
「そもそも、妾はお主を咎めておるわけではない」
「はあ?!」
回避に専念していた意識が、一瞬だけ逸れてしまう。その隙を突かれ、ロボットの一体がオレの足を掴み、地面に引き摺り下ろそうとする。
「チッ触るなッ!」
無事な方の足で掴んでいたロボットの頭を蹴り飛ばす。蹴られたロボットの頭は胴体を離れ、ボールのように何処かへ飛んでいく。
「――助けるの反対してたじゃないか!?」
「反対じゃ、それは変わらん。しかし、お主の家族…、もとい妹を助けるためならば許しても良い」
「一体どういう――」
「お主の妹、奏とか言ったか」
「ああ――」
「あれは、妾の信奉者――いわゆる『ふぁん』なのじゃろ?」
「――ッく!?」
またしても意識が削がれたため、今度は両足を同時に掴まれてしまう。止む無く、腰に差したメデューサを抜いて、横なぎにロボットたちを払いのける。
「こんな時になに冗談なんて――」
「妾はいたって真面目じゃ!己を信奉する者を庇護する事の、なにが可笑しい」
「それは…そうだけど」
あまりの気迫に戦闘中であることを忘れてしまいそうになる。どうやらさきほどのセリフは本気だったらしい。
〈どけっマシナリーズ共ッ!〉
ザラザラしたくぐもった声が辺りに響き渡ると、さきほどまで大挙して押し寄せて来ていたマシナリーズと呼ばれたロボットたちはピタリと動きを止め、見事な団体行動で左右に分かれて道を開けると、ごつごつとした潜水服姿の怪人が進み出てくる。
「まったく大仰なこと。…さていよいよじゃ、覚悟はよいな?」
「…ああ!」
手にしたメデューサを正眼に構えなおし、目前の強敵を睨みつけた。
〈ブラックマリアを名乗る盗賊の娘か、…なるほど、容姿には多少違いはあるが、あながち騙りというわけでもなさそうだ〉
潜水服の頭部に付いた丸いガラス窓の奥で、スコープのような物がしきりに細かく動いてこちらを観察していた。
「挨拶もせず、不躾な人形ね。躾がなってないのかしら?」
内心、余裕はまるでなかったが、できるだけ笑みは絶やさず、落ち着いた口調で余裕をみせつけるように心掛ける。
〈ハハッ、この程度の策に誘き寄せられておきながら、随分と余裕ではないか!泥棒猫めっ!〉
「心外ね、あの単細胞の策になんて嵌るはずがないでしょ。むしろ、来てあげたの」
クスリと、見下すような意地の悪い笑みを浮かべる。
〈単細胞…ボルカノのことか〉
「ええ、どうせ貴方、アイツの差し金なんでしょ?」
〈……なるほど、姿は違えども、そこまで知っているということは、ブラックマリア本人で間違いあるまい。ハハハ、これはいよいよこのフレイムガンにも好機が巡ってきたと言う事か〉
なにやら、一人で納得したらしい様子の潜水服の怪人であったが、その様子はどこか不気味で、こちらを不安に駆り立てた。
「好機?まあ、興味ないからどうでもいいけど…」
〈いいや、貴様にも十二分に関係する話だぞ。なにせこれから貴様はオレの所有物になるのだからな!〉
「……はっ?」
あまりに予想外で突拍子もない言葉に、頭が追いつかず、固まってしまう。
「ええいっ!?こ奴っボルカノの手下だけあって思考回路まで奴と一緒かっ!」
「え?は?――」
〈――マシナリーズ共っ!捕らえろ!〉
今迄、微動だにしなかったロボット戦闘員たちが、一斉にこちらに襲い掛かってくる。
「新、ぼーっとしておる場合かっ避けよ!」
「くッ?!」
「こ、コイツ今なんて言った?!」
「『所有物』と言ったのじゃ!というか、今はそんなことどうでもよかろう!」
わらわらと迫ってくる無数の手を躱し、払い除けて、なんとか間合いを取ろうとするが、。ロボットたちは一向に攻撃の手を休めず、こちらが攻撃を加えても多少のダメージではまるで物ともせず向かってきた。
「はあ、はあ…メデューサ!」
手に持った筒状の柄から飛び出した大蛇が、長大な体躯で戦闘員たちを薙ぎ払う。
戦闘が始まってから、かれこれ10分くらいは経っただろうか。
一体、どれだけの機械戦闘員を相手にしたのかすでに分からなかったが、辺りには壊れて拉げたロボットの残骸がそこかしこに散らばっていた。
最初に比べれば、戦闘員の数もだいぶ減ってきてはいたが、それでも、まだ健在な戦闘員たちが周囲に数十体いた。さらに、最悪なのは、その戦闘員たちの奥で、フレイムガンと名乗った怪人が、我が物顔でこちらを眺めていた。
「はあ……くそっ」
だんだんとメデューサを振るう腕がずっしりと重くなってきていった。
「力の使い過ぎじゃ、それではあ奴まで身体が持たぬぞ。ここは一旦退け」
普段の宝石ではあれば決して口にしないような気遣いの言葉に、どうやら今の自分は傍目から視ても、そうとう不味い状態なのだと分かった。
「どこへ、逃げろって――」
〈――それでも幹部候補か、ブラックマリアよ!やはり貴様は幹部の愛妾程度が身の丈に合っているなハハハハ――!〉
「たかが一怪人風情がっ…」
「……ッ!」
それはただの挑発に過ぎなかった。気位の高い宝石が怒りを覚えるのもわかるが、そのズレた挑発の対象はこのオレで、当然ながらそんな安直な挑発に乗るほど馬鹿ではないつもりだったし、そもそも怒りを覚える道理もない――はずだった。
胸の内が火が付いたように紅く染まり、自制する間もなく、気がつけばオレは戦闘員たちを飛び越えて、怪人に飛び掛かっていた。
「なっ!?なにをしておる!やめよっっ新ぁぁ!!」
胸の宝石が驚きの声を上げが、驚いているのはオレも一緒だった。頭の中を『なぜ?』という疑問符が埋め尽くした。
――バシィィィ!!!
突き出した渾身のこぶしは、あっさりと怪人に受け止められ、次いで、腹部に鋭くて重い痛みが走った。
「オグゥッ?!」
肺の中に残ったわずかな空気がすべて口から漏れ出す。
吹き飛ばされて転がり、コンクリの壁にぶつかって、ようやくオレの体は止まる。
〈フハハッ、良い恰好だなブラックマリアよ〉
「新っ!なにをしておる、立て、立たぬか!」
怪人の嘲りと、宝石の叱咤が同時に耳へ届いた。
「うぅぅ……」
今すぐにでも立ち上がって、なにか言い返してやりたかったが、痛みと疲労で体にまるで力が入らなかった。
〈まったく、愚かな奴だ。だが、こんな愚かな女であっても、俺様の所有物となり、愛玩動物のように首を垂れて、俺様に情けを乞う姿態を見られるのならば、…フッ、そう悪くはないな〉
怪人は耳障りな声を上げながら、ノシノシとこちらに歩み寄ってくる。
「ゴメンな…」
朧げな意識のなか、その言葉が口をついて出た。
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