襲い来る運命(4)
一階へと下りてくると、そこはいままでの階とはまるで状況が違っていた。
陳列された棚は倒れ、辺りには商品が散乱し、床一面が水浸しになっていた。数か所ある出入口はどれもシャッターが降ろされ、手前には商品棚やカートなどが乱雑に積み上げられてバリケードが築かれていた。
そんな店内を何事もないかのようにロボット共が巡回していた。
荒れ果てた館内の中を、ロボットの視界を避け、傾いた陳列棚の下を潜りながら進み、ようやく地下駐車場へ続く階段の手前まで来る。
「あれじゃな…」
「うん」
面倒なことに階段の手前には二体のロボットが見張り役として立っていた。
「あ奴らに見つかれば、この階にいる他の人形が一斉に襲って来る。さて、どうする?」
「…ここまで来れば、あとはワープで奴らの裏の階段まで一気に飛べば問題ない……はずだ」
「そうだと良いがのう」
なにか含みのある言い方だったが、屋上からの侵入でも上手くいったのだから、今回もきっと大丈夫だろう。
「……ん?」
足元に何処かで見たような服の切れ端が落ちていた。ほとんど焼けていたが、かろうじて一部だけが水に濡れて焼け残ったのだった。
その切れ端を手に取りよく見ると、それが何なのかすぐに分かった。それは今日のお昼休憩の時にも見た警備会社の制服だった。特徴的な腕章の部分だけが濡れて焼け残っていた。
「……」
「…今は余計なコトに気を回すな。目的を忘れたのか」
「……わかってる」
べつに見ず知らずの人の死を悼んだわけではなかった。
ただ、自分の中に怒りや悲しみとも違う、今迄感じたことのない感情が湧き上がってきたので、すこしばかり戸惑ったのだ。
おそらく、それは殺意だった。
倒れた陳列棚の物陰からポータルケープを使用する。
視界が黒く染まり、一瞬の後、浮遊感と共に視界が戻ってくる。
「あっ!?」
ロボットの後方に転移できたのは良かったが、下り階段だということをすっかり忘れていた。足が床から離れていたため階段の踊り場に着地した瞬間、カツン!と足音を立ててしまう。
すぐに地下側の階段に身を潜めた。
〈Pi…不審ナ音ヲ検知……〉
さっきまで背を向けて立っていた二体のロボットが同時に振り返り、下り階段の中程まで降りて来てしまう。
(くそっ、やるしかないか!?)
(待て!早まるでない…ええい、仕方ない!)
「み、みゃお~」
宝石が今迄聞いたこともないような鳴き声を上げた。
〈〈……〉〉
「にゃ~にゃ~」
いやいや、まさかそんなマヌケな手が通じるはずが――
〈Pi…Pi…音声カラ、ネコト判定…〉
〈了解…優先順位下位…任務続行!〉
――通じてしまった。
ロボットたちの足音が次第に遠ざかっていく。
「……」
「何も言うな!よいな、何も言うでないぞ」
「にゃー」
「黙れっ!」
ズシン、ズシン、と不機嫌そうな足音が駐車場に響き渡る。
〈なぜこのオレ様がこんな雑用を押し付けられねばならんのだァァーーー!〉
スピーカーを通したような大音量の声が地下駐車場を反響する。
〈Pi 、Pi、二階二配備シタ戦闘員カラノ信号ガ途絶エタ件ハ、如何イタシマショウ、フレイムガン様〉
〈ハンっ!鉄くずのコトなど知った事か!〉
〈シカシ、コノママデハ人員ガ――〉
〈――フンッ!〉
ドガッ、ガシャーーン!!
フレイムガンと呼ばれた潜水服のような見た目の怪人は、銃口のような巨腕で、質問したロボットの顔面を殴りつける。殴られたロボットはコンクリの壁に激突して、そのまま動かなくなってしまう。
〈フンッ!鉄くずの分際でオレ様に意見するからだっ!〉
よく見れば、辺りには――おそらくフレイムガンと呼ばれた怪人がやったのだろう――ロボットの残骸がそこかしこに転がっていた。
「…アレ、知り合い?」
「いや知らぬ…が、横暴具合がまるでボルカノにそっくりじゃ…。もしや、本当にボルカノの配下なのかもしれぬ」
しばらく駐車場の柱の陰から様子を窺っていたが、地下駐車場内にはボス格らしい怪人の他に、ロボット戦闘員の姿がチラホラあったが、その数はあまり多くはなかった。
「自分で味方を潰して…壊れてるのか、アイツ?」
「こちらとしては渡りに船じゃ。…あとは、あの人質の群れが問題じゃな」
「……うん」
地下に降りてきてから、人質が隔離されている場所はすぐに見つかった。
地上と地下を繋ぐロータリーを下りた先にある、駐車場入口の守衛室に人質となった家族達は囚われていた。窓から見た限りでも、個室くらいの守衛室にかなりの人数が押し込められているのがわかった。
「あの地上へ出る坂道を使うのが最も現実的じゃが、人の足で地上までどれ位かかる?」
「大人の足なら2分か3分くらいじゃないか?」
「ふむ、…入口は当然閉まっておるじゃろうから、開けるのにも幾何か掛かるじゃろうしのう」
「5分くらい?」
「それは楽観的にすぎる。こういう状況では予期せぬ事態が起こるもの。その倍は掛かると見て行動するがいい」
「10分か…」
たしかに宝石の言う事も最もだった。ここまでは順調に辿り着けはしたが、それが最後まで続くなんてのは虫が良すぎる話だ。時間稼ぎは当然、オレの仕事だったが、もし想定外の事態が起きた場合には、あまり考えたくはなかったが、最悪の決断をしなければならない。
「いざとなれば、他の人質たちを囮に使え」
「――!?」
まるで、オレの心を見透かすように、宝石は冷酷な言葉を告げる。
「そう、だな…」
はじめはかなりの数のロボットが配置されていたのだろう。
しかし、あの怪人の気まぐれのために、見張りロボットたちの数はだいぶ減ってしまっていたようで、周囲を警戒するロボットたちに見つからずに守衛室まで辿り着くのはわりと容易だった。
コツ…コツ…
守衛室の扉を小さくノックすると、扉の向こう側が俄かに慌ただしくなり、物音や、ちいさなうめき声が扉の外まで漏れてくる。
もう一度、同じようにノックするが、今度も返事はなく、部屋の中からは緊張感だけがこっちまでひしひしと伝わってきた。
「……誰?」
ノックを諦めて、声を掛けようかと逡巡していると、扉の向こうからすごく聞き慣れた女性のちいさな声が返ってくる。
「あっ……助けに来ました――」
「――女性?じゃあ機動隊じゃなくて、もしかしてヒーローの方?」
「あーまあ、そうです」
説明が面倒なので嘘を付いたが、部屋の中からは安堵の溜息が聞こえてくる。
「こっちは子連れで15人います。そっちは何人で救助に来たんですか?」
「…えっと、一人です」
一人だと告げた途端、それまでの部屋の中の空気が一気に失望に変わったのが、ここからでもよく分かった。
「…あたしたちはどうすればいい?」
「オレ…私が敵を引き付けます。大きな音がしたら、その隙に乗じて、すぐにそこから出て、駐車場のロータリーから外へ脱出して下さい。…あの、出来ますか?」
「他の人にも伝えるから、ちょっと待って――」
扉の向こうでヒソヒソと声がする。その内容までは聞き取れなかったが、なんとなく、ここから脱出することに否定的な意見の人の方が多いように感じられた。
「――ごめんなさい、どうしても不安で意見がまとまらなくて」
「いえ、そんな、…不安なのは皆一緒だから、私も同じだし…」
「…ねぇ」
「はい?」
「ここにいる人たちは、みんな子連れなの。両親と一緒に遊びに来た子もいれば、片親の子もいる。でもね、どの親御さんにも共通してるコトは、みんな自分の命より我が子の命がなにより大事なの。だから、決断できずにいるの。あたしも、自分の子ではないけど、それと同じくらい大切な妹と一緒だから気持ちはわかるわ」
「…妹さんは今も?」
「ええ、ここに抱いてる。奏っていうの。とっても可愛いんだから」
「きっと、そうでしょうね」
「ねぇね――」
ちいさな、とてもか細い声だったが、確かに耳に届いた。恐怖と不安が入り混じった、それでも姉のために懸命に堪えようとしている、健気な妹の声だった。
「――だぇとおはなししてるの?」
妹の声が聞けて自然と涙がこぼれる。扉越しでホントに良かった。
「奏、ヒーローがみんなを助けに来てくれたんだよ」
「ひーろー?…ひーろーて……まりあさま?」
緊迫した状況にも関わらず、おもわず笑顔になってしまう。
「あ~いや、そうじゃなくて…えっと…」
「気にしないで下さい。…ねぇ、奏ちゃん」
「なぁに?」
「私が、きっと助けてあげるからね」
「あのね、かなで、にぃににあいたいの」
「大丈夫。かならず会わせてあげるから」
「うん、まりあさまありがとぅ」
胸の奥がカッと熱くなるのがわかった。
「でも、ここにいる皆さんが脱出に協力してくれるかは…ゴメンなさい」
普段の語気の強い姉とは違い、その声はとても消沈していた。
家族を助けたい一心でここまでやって来た。だが、こうして差し伸べた手を拒まれて、はじめて冷静になることができた。
オレがそうであるように、誰だって自分や家族の命が一番大事だ。その命を見ず知らずのヒーローを名乗る女に預けるなんて、今考えれば、虫が良すぎる話だった。
信じて欲しかったが、それを強制することはできない。これはあくまで、オレの一人よがりに過ぎないのだから。
「…それでも、やります!身勝手な事を言っているのは分かってます。けど、今の私にはそれくらいしかできるコトがないから」
行こう。イチかバチかでも立ち向かおう。もし、あの怪人を倒すことが出来ればここへ来た意味もあるはずだ。
「……信じてもいい?」
「――っ」
姉貴からの突然の言葉に、咄嗟に、どう応えれば良いのか分からず言葉に詰まる。
「……」
「――絶対守ります」
だから、自分の決意を口にした。
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