襲い来る運命(3)
「きゃあああーーー!」
ロボットがトイレに飛び込んだとほぼ同時に、中から女性の悲鳴が響く。
慌ててロボットの後を追い、トイレに駆け込む。
初めに目に飛び込んできたのは、恐怖で顔を引きつらせて倒れている十歳くらいの少女の姿だった。
そして少女の前には、あのロボットが、今にも少女に襲い掛かろうとしていた。
「チッ、オイ!」
大声を出してロボットの注意を引き、すぐさま天井ギリギリまで飛び上がる。
〈ビ、ビ?〉
案の定、ロボットは後ろを振り向いたが、既にそこにオレの姿はなかった。
「――こっちだ」
ようやくこっちに気がついたがロボットだったが、もう遅い。あらん限りの力を込めてロボットの頭部に蹴りを入れ、そのまま床に叩きつけた。
ガシャーン!!、という盛大な音を立てて、頭部を踏みつぶされたロボットは地面に倒れる。それでも、まだ腕や足をバタバタと動かしていたので、ヒールの踵で胴体の中央の鉄板を踏み抜く。すると、ロボットの駆動音はすぐに止まり、ピクリとも動かなくなる。
「ハァ…なんとかなったな…」
「…ふむ、見た目のわりに脆かったのう…いや、むしろ見た目通りか?」
「なあ、これなら意外となんとかなりそうだな」
「この程度の戦闘員だけなら楽なのじゃが、ま、そうはいかんじゃろうな」
「まあ、そうだよな……あっ――」
「――ぁ」
戦闘を終えて、人心地ついたところでようやく思い出す、というか目が合った。
目の前で倒れたままの少女は、なにが起きたのか分からないといった様子で、呆然とこちらを見つめていたが、オレと目が合うと小さな声で反応した。
「ええっと、け、怪我はない?」
できるだけ怯えさせないように、やわらかい物腰で少女に訊ねる。
「お主、声が上ずっておるぞ」
「お前はちょっと黙ってろ」
「………」
「あっ、いや、キミに言ったわけじゃないよ。…その、どこか怪我とかしてない?」
「………」
首を振って少女は応える。
「そっか、それならよかった」
さて、ここからどうしたものか、考えあぐてフラフラと視線をさ迷わせていると、近くに落ちていた白くて変わったデザインの帽子を見つける。
「これ、キミの?」
教会の司教が被りそうな独特な形の帽子を拾い上げて少女に見せると、少女はペコリと小さくお辞儀をしてから帽子を受け取る。
つい今しがたまで切羽詰まった状況だったので気にならなかったが、あらためて少女を見ると、服装もそうだが、容姿もかなり際立っていた。
見た目は十歳くらいだろうか。小さな顔にクリっとした瞳と金髪のショートボブが特徴的で、道端を歩いていれば、目で追ってしまいそうなほど可愛らしかった。
少女が着ていたのは教会の神父が着るような祭服にすこし似ていたが、神父のような黒ではなく純白で、背には天使を模した小さな羽根が付いていた。おまけに服の裾が太股の中程までしかない。そのため、今、こうして目の前に倒れられていると、ちょっと危うい角度ではあった。
この個性的な服装の少女を見ていると、昨夜、遭遇した新米ヒーローのブライドシスターズの姿が頭を過ぎった。「もしかしたら、この子も正義のヒーローかも?」という疑問が浮かんだが、すぐにその考えを否定した。
さすがに、ロボット戦闘員一人に腰を抜かすヒーローというのは考えづらい。
「えっと、その、変った服装だね」
言ってから、自分も似たようなものだと気がついた。
「……きょう、イベントで…」
はじめて少女が口を開いた。その声はすこし中性的で、見た目も合わさりなんだか神秘的な印象を受ける。
「イベント?……あ、もしかして屋上の?!」
少女はウンウンと頷く。
どうやら、少女は今日屋上で開かれるはずだったヒーローショーの参加者か、もしくは出演者のようだ。
「そ、それなら観客たちが何処に連れていかれたとか分からない?」
「――キャッ!?」
姉貴と奏の情報が手に入るかもと、気がせいてしまい少女の肩を掴み詰め寄ってしまう。
「あっ……ゴメン」
「いえ…」
互いに押し黙ってしまい、なんとも気まずい間が流れる。
「あの――」
静寂を破るように、少女が口を開いた。
「もしかして、ブラックマリア…さんですか?」
「えっ…あー……うん」
変装している時なら、まだシラを切る事もできたが、テレビやネットで流れた時の衣装を着てる状態では、さすがに言い逃れはできなかった。
「どうしてボクを…」
助けてくれたのか、おそらくそう言いたいのだろう。怪人に助けられれば、当然の疑問ではあった。
「そりゃ、悲鳴が聞こえたから」
「…はい?」
ホントに理由はそれだけだったが、どうも少女にはそれだけでは説明不足らしい。
「なんて言えばいいか、当たり前のことをしたつもりなんだけど…」
「……あの、勘違いだったらごめんなさい。もしかして、このビルを襲っている悪者って、ブラックマリアさんじゃ…ないんですか?」
「え?いやいや、違うよ。むしろその逆で、オレたちの敵だから」
「敵…そうなんですか…。オレたちというのは、さっき声が聞こえた人ですか?」
「うむ、妾の事じゃ」
「ヒャッ!?」
オレの胸元のブローチが突然声を発したので、少女は驚いて飛び上がる。
「ああ、驚かせてゴメン。これがオレの相棒みたいな存在で、宝石って呼んでる」
「お主、そろそろ妾をその呼び名で呼ぶのをやめよ」
「やめろって言ったって、お前、名前ないじゃん」
「無いのではない!お主にくれてやったのだ!――まあ、呼び名については後々改めるとして、今はそれどころではあるまい」
「そうだ!ねえ、キミ、さっきも訊いたけど、人質がどこに捕まってるか知らないかな?」
「えっと、逃げ遅れたお客さんたちは下の階に連れていかれてしまって…リーダー格の怪人が『地下に連れて行けと』いっていました。でも、それを知ってどうするんですか?」
「もちろん、助けるんだ」
正確には“家族”を助けるためだったが、それを少女に言えるはずもなかった。
「やはり敵の中には怪人が居るか…。娘、その怪人はどのような感じであった?」
「えっと、大柄なロボットみたいな見た目で、そこの倒れてるロボットたちに命令してました。あと、両手からガスバーナーみたいに火を出していました」
「火じゃとっ!?それで顔は見なかったのか?」
火という単語に、宝石は反射的に反応した。
「たしか、平たい円盤みたいな顔で蛸みたいな口が付いてました」
「ハァ…、どうやらボルカノではないようじゃな」
「ボル…カノ?」
「うん、オレたちの敵であり、この宝石の仇でもあるんだ」
「そのようなこと、わざわざ明かさずともよい!それよりも相手がボルカノでなければ、こちらにもまだ分がある。そうと分かれば、サッサと行くぞ」
「ああ、それじゃあ――」
さきほどから、ずっと倒れた体勢のままの少女に手を差し伸べて立たせる。
「…ありがとうございます」
すこし照れくさそうに少女は礼を言う。
「――オレたちはこれから下へ向かうから、キミは上の階に避難してて。上の階にはあのロボットたちもいないから、ここよりは安全なはずだから」
「妾たちが時間を稼いでおるうちにヒーローも到着するじゃろう。それまで息を潜めて耐えておれ」
「あの、でも…」
少女はなにか言いたげに、オレの顔をジッと見つめる。
「傍に居てあげられなくてゴメンな。もうちょっとの辛抱だから我慢してくれな」
不安そうな表情を浮かべる少女の頭をそっと撫でた。できるなら、今すぐにでもここから連れ出してあげたかったが、今はその時間も余裕もなかった。
先にトイレから出ると、慎重に辺りの様子を窺う。
「あやしい気配は…なさそうだ。よし、今のうちだ」
少女の手を引き、停止したエスカレーターの前までやってくる。
「助けが来るまでちゃんと隠れてるんだぞ」
少女は俯いたまま、コクリと、ただ小さく頷いた。
この少女を置いていくことに不安と罪悪感はあったが、此処へ来た本来の目的を思えば、もうこれ以上この少女にしてあげられる事はなかった。
もう一度、少女の頭をやさしく撫でてから、下りのエスカレーターに足を掛ける。
「――待って」
突然、少女に手を掴まれた。
「ゆう、です」
「…え?」
「赤羽、悠、ボクの名前です。どうか、覚えていてください…」
「ああ、またな、悠」
再会を願う挨拶なんて我ながら変だとは思ったが、今度こそ、悠と名乗った少女に別れを告げてエスカレーターを下りた。
一階へと下りてくると、そこはいままでの階とはまるで様相が違っていた。
ザッと目につくだけでも、いくつかの陳列棚が倒れ、床には商品が散乱し、辺り一面が水浸しになっていた。そして所々に何かが焼けた跡の黒い煤と灰が残されていて、とにかく館内は荒れ放題だった。
数か所ある出入口には全てシャッターが降ろされ、さらに、その手前には一階の陳列棚から移動させた棚が乱雑に積み上げられてバリケードが築かれていた。
そんな散乱した館内を、何事もなかったかのようにロボット共が巡回していた。
「アレではないか?」
「うん、さすがに守りが厳重だな…」
エレベーターが使えない以上、地下へ降りる唯一の手段は階段しかなかった。
幸いなことに階段の手前にバリケードなどの障害が築かれていなかったが、二体のロボット戦闘員が見張りで立っていた。
「アイツらと戦闘になったら、この階にいるロボット達全員きちゃう「きゃあああーーー!」
ロボットがトイレに飛び込んだとほぼ同時に、中から女性の悲鳴が響く。
慌ててロボットの後を追い、トイレに駆け込む。
初めに目に飛び込んできたのは、恐怖で顔を引きつらせて倒れている十歳くらいの少女の姿だった。
そして少女の前には、あのロボットが、今にも少女に襲い掛かろうとしていた。
「チッ、オイ!」
大声を出してロボットの注意を引き、すぐさま天井ギリギリまで飛び上がる。
〈ビ、ビ?〉
案の定、ロボットは後ろを振り向いたが、既にそこにオレの姿はなかった。
「――こっちだ」
ようやくこっちに気がついたがロボットだったが、もう遅い。あらん限りの力を込めてロボットの頭部に蹴りを入れ、そのまま床に叩きつけた。
ガシャーン!!、という盛大な音を立てて、頭部を踏みつぶされたロボットは地面に倒れる。それでも、まだ腕や足をバタバタと動かしていたので、ヒールの踵で胴体の中央の鉄板を踏み抜く。すると、ロボットの駆動音はすぐに止まり、ピクリとも動かなくなる。
「ハァ…なんとかなったな…」
「…ふむ、見た目のわりに脆かったのう…いや、むしろ見た目通りか?」
「なあ、これなら意外となんとかなりそうだな」
「この程度の戦闘員だけなら楽なのじゃが、ま、そうはいかんじゃろうな」
「まあ、そうだよな……あっ――」
「――ぁ」
戦闘を終えて、人心地ついたところでようやく思い出す、というか目が合った。
目の前で倒れたままの少女は、なにが起きたのか分からないといった様子で、呆然とこちらを見つめていたが、オレと目が合うと小さな声で反応した。
「ええっと、け、怪我はない?」
できるだけ怯えさせないように、やわらかい物腰で少女に訊ねる。
「お主、声が上ずっておるぞ」
「お前はちょっと黙ってろ」
「………」
「あっ、いや、キミに言ったわけじゃないよ。…その、どこか怪我とかしてない?」
「………」
首を振って少女は応える。
「そっか、それならよかった」
さて、ここからどうしたものか、考えあぐてフラフラと視線をさ迷わせていると、近くに落ちていた白くて変わったデザインの帽子を見つける。
「これ、キミの?」
教会の司教が被りそうな独特な形の帽子を拾い上げて少女に見せると、少女はペコリと小さくお辞儀をしてから帽子を受け取る。
つい今しがたまで切羽詰まった状況だったので気にならなかったが、あらためて少女を見ると、服装もそうだが、容姿もかなり際立っていた。
見た目は十歳くらいだろうか。小さな顔にクリっとした瞳と金髪のショートボブが特徴的で、道端を歩いていれば、目で追ってしまいそうなほど可愛らしかった。
少女が着ていたのは教会の神父が着るような祭服にすこし似ていたが、神父のような黒ではなく純白で、背には天使を模した小さな羽根が付いていた。おまけに服の裾が太股の中程までしかない。そのため、今、こうして目の前に倒れられていると、ちょっと危うい角度ではあった。
この個性的な服装の少女を見ていると、昨夜、遭遇した新米ヒーローのブライドシスターズの姿が頭を過ぎった。「もしかしたら、この子も正義のヒーローかも?」という疑問が浮かんだが、すぐにその考えを否定した。
さすがに、ロボット戦闘員一人に腰を抜かすヒーローというのは考えづらい。
「えっと、その、変った服装だね」
言ってから、自分も似たようなものだと気がついた。
「……きょう、イベントで…」
はじめて少女が口を開いた。その声はすこし中性的で、見た目も合わさりなんだか神秘的な印象を受ける。
「イベント?……あ、もしかして屋上の?!」
少女はウンウンと頷く。
どうやら、少女は今日屋上で開かれるはずだったヒーローショーの参加者か、もしくは出演者のようだ。
「そ、それなら観客たちが何処に連れていかれたとか分からない?」
「――キャッ!?」
姉貴と奏の情報が手に入るかもと、気がせいてしまい少女の肩を掴み詰め寄ってしまう。
「あっ……ゴメン」
「いえ…」
互いに押し黙ってしまい、なんとも気まずい間が流れる。
「あの――」
静寂を破るように、少女が口を開いた。
「もしかして、ブラックマリア…さんですか?」
「えっ…あー……うん」
変装している時なら、まだシラを切る事もできたが、テレビやネットで流れた時の衣装を着てる状態では、さすがに言い逃れはできなかった。
「どうしてボクを…」
助けてくれたのか、おそらくそう言いたいのだろう。怪人に助けられれば、当然の疑問ではあった。
「そりゃ、悲鳴が聞こえたから」
「…はい?」
ホントに理由はそれだけだったが、どうも少女にはそれだけでは説明不足らしい。
「なんて言えばいいか、当たり前のことをしたつもりなんだけど…」
「……あの、勘違いだったらごめんなさい。もしかして、このビルを襲っている悪者って、ブラックマリアさんじゃ…ないんですか?」
「え?いやいや、違うよ。むしろその逆で、オレたちの敵だから」
「敵…そうなんですか…。オレたちというのは、さっき声が聞こえた人ですか?」
「うむ、妾の事じゃ」
「ヒャッ!?」
オレの胸元のブローチが突然声を発したので、少女は驚いて飛び上がる。
「ああ、驚かせてゴメン。これがオレの相棒みたいな存在で、宝石って呼んでる」
「お主、そろそろ妾をその呼び名で呼ぶのをやめよ」
「やめろって言ったって、お前、名前ないじゃん」
「無いのではない!お主にくれてやったのだ!――まあ、呼び名については後々改めるとして、今はそれどころではあるまい」
「そうだ!ねえ、キミ、さっきも訊いたけど、人質がどこに捕まってるか知らないかな?」
「えっと、逃げ遅れたお客さんたちは下の階に連れていかれてしまって…リーダー格の怪人が『地下に連れて行けと』いっていました。でも、それを知ってどうするんですか?」
「もちろん、助けるんだ」
正確には“家族”を助けるためだったが、それを少女に言えるはずもなかった。
「やはり敵の中には怪人が居るか…。娘、その怪人はどのような感じであった?」
「えっと、大柄なロボットみたいな見た目で、そこの倒れてるロボットたちに命令してました。あと、両手からガスバーナーみたいに火を出していました」
「火じゃとっ!?それで顔は見なかったのか?」
火という単語に、宝石は反射的に反応した。
「たしか、平たい円盤みたいな顔で蛸みたいな口が付いてました」
「ハァ…、どうやらボルカノではないようじゃな」
「ボル…カノ?」
「うん、オレたちの敵であり、この宝石の仇でもあるんだ」
「そのようなこと、わざわざ明かさずともよい!それよりも相手がボルカノでなければ、こちらにもまだ分がある。そうと分かれば、サッサと行くぞ」
「ああ、それじゃあ――」
さきほどから、ずっと倒れた体勢のままの少女に手を差し伸べて立たせる。
「…ありがとうございます」
すこし照れくさそうに少女は礼を言う。
「――オレたちはこれから下へ向かうから、キミは上の階に避難してて。上の階にはあのロボットたちもいないから、ここよりは安全なはずだから」
「妾たちが時間を稼いでおるうちにヒーローも到着するじゃろう。それまで息を潜めて耐えておれ」
「あの、でも…」
少女はなにか言いたげに、オレの顔をジッと見つめる。
「傍に居てあげられなくてゴメンな。もうちょっとの辛抱だから我慢してくれな」
不安そうな表情を浮かべる少女の頭をそっと撫でた。できるなら、今すぐにでもここから連れ出してあげたかったが、今はその時間も余裕もなかった。
先にトイレから出ると、慎重に辺りの様子を窺う。
「あやしい気配は…なさそうだ。よし、今のうちだ」
少女の手を引き、停止したエスカレーターの前までやってくる。
「助けが来るまでちゃんと隠れてるんだぞ」
少女は俯いたまま、コクリと、ただ小さく頷いた。
この少女を置いていくことに不安と罪悪感はあったが、此処へ来た本来の目的を思えば、もうこれ以上この少女にしてあげられる事はなかった。
もう一度、少女の頭をやさしく撫でてから、下りのエスカレーターに足を掛ける。
「待って――」
突然、少女に手を掴まれた。
「――ゆう、です…」
「…え?」
「ボク…赤羽悠って言います。どうか名前、覚えていてください…」
「ああ、またな悠」
再会を願う挨拶なんて我ながら変だとは思ったが、今度こそ、悠と名乗った少女に別れを告げてエスカレーターを下りた。
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