襲い来る運命(2)
駅前にある量販店『ジャンボ』は、休日ともなれば家族連れや子どもたちが大勢押し寄せ、家電売り場や食料品売り場はもちろん、地下のフードコートやゲームコーナー、屋上の休憩所、はては各階層のトイレまで人で一杯になる。
何度か、奏を連れて来たことがあったが、その度に「もしや、この街の住民全員来てるのでは?」と錯覚してしまうほどだった。
ビルの屋上に設置された『ジャンボ』のロゴが入った看板が見えてくる。
建物に近づくにつれて、通行人の数は増していき、道路を挟んだ向かい側の建物周辺には大勢の人だかりが出来ていた。
ハンチング帽を目深く被りなおし、「すいません」と断りつつ、人垣を割って進んでいくと、すんなりと先頭まで来れてしまう。
ジャンボの周辺は、テレビの中継で見た通り、物々しい厳戒態勢を取った警官たちはジャンボの周りを取り囲み、大半は周囲に集まった群衆を遠ざけようとしたり、無線機でなにか話している者もいた。
中の様子を窺おうと入り口に視線を向けるが、入り口はシャッターが降ろされていた。この様子では、おそらく他の出入口も全てこうなのだろう。
「あの、何か変わった様子はありましたか?」
隣で、携帯カメラで撮影していたあきらかな野次馬の茶髪の男に声を掛ける。
「さあ?ぜんぜん動きがなくてつまんねえ――」
不愉快なコトを軽い口調で話し始めた若者だったが、こちらをチラリと見た途端、不躾に頭を下げて帽子の下の顔を覗き込もうとしてくる。
「――キミ、見物に来たの?ねえ、こんなところ居てもつまんないしさ、どっか遊びに行かない?俺、面白い場所連れてってあげるよ」
こっちが女だと分かった途端、男は露骨に態度を変えて、下心丸出しの視線を向けてくる。。
「ゴメン、今忙しいから」
普段のオレなら文句のひとつも言ってやるところだが、今はこんな奴に構ってる場合じゃないので、適当にあしらって人混みの中を戻る。
「あ!ちょっと、ねえ――」
オレの後に着いて来ようとする男を振り切るため、近くの雑居ビルに駆け込む。
「もう、めんどくせえな。――なあ、これからどうすればいいと思う?」
人目がないことを確認してから、ポケットからブローチを取り出す。
予想はしていたが、入り口は人目が多く、シャッターも降ろされているため、到底あそこから侵入できそうにはなかった。
「家族からは連絡はないのか?」
「…うん、着てない」
道すがら何度も確認したスマホをもう一度を開くが、やはり姉からは何の連絡も入っていなかった。
「ふぅ…、では、やはり直接乗り込むしかないのう」
「でも入り口があの状態じゃ…宝石のポータルケープも使えないんだろ?」
ポータルケープというのはブラック・マリアに変身した時に身に着けている黒いモフモフの付いたケープで、ワープができる便利なアイテムだ。ただ、ワープできる距離は数十メートルで、見える範囲の場所、密閉された空間は駄目と、色々制限もあった。
「中の様子が分らぬのでは、おそらく失敗するであろうな。よしんば侵入できたとしても、気づいたら敵の掌中ということも考えられる」
「だよな…、でも、だったらどうすりゃ…」
「頭が硬いのう。下が駄目なら上から行けばよいではないか」
「…上?」
反射的に真上を見上げてしまうが、そこにはコンクリの天井と細長い蛍光灯があるだけだった。
――ギィギィ――バタン!!
力任せに蹴りを入れられた非常扉は、その頑丈そうな見た目とは裏腹に、あっけなく開いてしまう。
しかも、思った以上に強く蹴り過ぎたため、扉の丁番が壊れてしまったらしく、慌てて閉めなおそうとするも、扉は歪んでしまって、キチンとは閉まらなかった。
「ハァ~」
「うっ…しょうがないだろ!まだ力加減に慣れてないんだから」
溜息つきたいのはこっちだ。半信半疑だったが、まさか本当に蹴破れてしまうとは思わなかった。
「もうよい。それよりもほれ、サッサと行け」
まるで、お使いにでも行かせるような口調で宝石は告げる。
「わ、わかってるよ…」
宝石から雑居ビルの屋上へ上るよう指示されてここまでやって来た。
正直、指示された時から、理由は薄々判ってはいた。他に手段もない以上、やはり目の前までやって来きてしまうと、さすがに足が竦む。
「これ…行ける…よな?」
「さあの?、やってみればわかるじゃろ」
そこは嘘でもいいから、“行ける”と言って欲しかった。
落下防止用に備え付けられたフェンスを慎重に乗り越えて、屋上の縁に立つ。
眼下に広がる光景を必死に見ないようにするが、自分の意思とは裏腹に視線は下へ下へと落ちていく。
「念の為言うておくが、ワープ先は地面ではなく、隣の屋上じゃぞ」
「ああ…そうだった……そうだったな」
口では威勢のよいことを言ってみたが、不安は拭えなかった。
雑居ビルからジャンボまでは、道路を挟んで20メートルほど距離があったが、まだこの程度であればなんとかポータルケープのワープでも飛びそうではあった。
しかし、問題はこの雑居ビルと『ジャンボ』の高さにあり、ふたつのビルは階数は同じ五階建てのはずだったが、互いのビルの高さはまるで違い、パッと見でも10メートル以上はジャンボの方が高かった。
「怖気づいたのなら――」
「――だ、だれが!」
宝石のその言葉は嫌味に聞こえるが、なぜかその時はその言葉が励ましのように聞こえた。
覚悟を決めて、帽子とパーカーを脱ぐと、服の下からブラックマリアのレオタード衣装が露わになる。
「――やるさ、奏と姉貴のためなら!」
「うむ、行け――」
――ガシャン!
金網に一瞬だけ背中を預けて、僅かな反動を利用して全力で屋上の縁を蹴る。
そのまま、ジャンボの屋上目掛けて思いっきりジャンプした。
「ハッッ!!」
屋上に向けて、視界がゆっくりと流れていく。
ほんのわずかだが、このままジャンボの屋上まで届くのでは、と思ったが、そんなはずもなく、半分ほどの距離を残して、跳躍力を失った体は重力に従って落下をはじめる。
「――ポータルケープ!!」
声に反応したポータルケープはパラシュートのように広がり、瞬時にオレの体をすっぽりと覆う。
広がったケープに包まれた視界は黒一色に染まる。あとは無事に着地できることを祈るしかなかった。
時間にすればほんの数秒足らずのことのはずが、とても長く感じられた。
足の裏に確かな地面の感触を感じられた瞬間、ようやく緊張の糸が解ける。
次いで、身体を覆っていたケープが解け、閉ざされていた視界が拡がっていく。
「ふぅ…なんとか――うひぇッ?!」
目の前に巨大な動物の顔面が現れ、不覚にも変な声をあげてしまう。
「なんじゃ、コレは?」
「なんだ…ただのオモチャか」
ちょうど、目の前には小さなメリーゴラウンドがあった。定番の馬以外にもパンダやウサギなどがあり、それらの背中にはハンドルが付いていた。
「オモチャ?」
「宝石は見た事ないのか?この動物の背に乗ってクルクル回る、遊園地とかによくあるヤツだよ」
さすがに、今迄一度もメリーゴーラウンドを見たことがないというのは、俄かには信じ難かったが、宝石が嘘をついているようにも思えなかった。
「…そんなモノに乗って楽しいのか?」
「ん~まあ、ちっちゃな子ども向けかな。ほら、周りにもいくつか遊具があるだろ」
周りには硬貨を入れて動くタイプの古そうな遊具がいくつか設置されていた。
「ふ~ん。…それよりアレはもしや舞台ではないか?」
屋上の奥に目を向けると、そこには特設テントが設けられており、簡易的な舞台が出来ていた。テントにはカラフルな文字で『ウェディング♡シスターズショー』とあった。
「そうか、ここでやるはずだったんだ…」
テントの最前列には幅の広いレジャーシートが敷かれ、その後ろにはパイプ椅子が並べられていた。
無意識のうちに家族を求めて辺りを見回すが、当然ながら周囲に人の姿はなく、ただ物寂しい雰囲気だけが残されていた。
「このビルの何処かに姉貴と奏がいるはずなんだ…」
「うむ、おそらくは一纏めにして何処かに閉じ込めてられておるはずじゃ。…新、気を引き締めよ、ここからが本番じゃぞ」
「ああ!」
「ここも…無人か…」
意気軒昂と屋上から下りてきたはいいが、五階四階、そして三階と見て回ったが、人質どころか、犯人たちの姿すら見当たらず、些か拍子抜けだった。
「妙じゃな…戦闘員すら配備しておらんとは」
「…だよな。下の階も静かそうだし、この調子だと二階も無人かもな」
「新、この建物は一階までで終わりか?」
「いや、たしか地下に駐車場があったはずだけど」
「地下か…あるいは、そこに人質を集めたのやもしれぬが、…どうにも解せぬ」
「そうか?入口を閉めれば人質も逃げ場がないから打ってつけじゃないか?」
「逃げ場がないのは犯人たちも一緒じゃ」
「あっ!」
たしかに、犯人たちの目的がなんであれ、いずれはここを脱出しなければならないはずだ。それなのに、いざ逃げ場に困るような場所にわざわざ人質を取って立てこもり、おまけにビルの階層に見張りも置いていないのは、どうにも理解できない。
「十中八九、罠なのは分かっておったが、はたしてこれが策なのか、ただお粗末なだけなのか、そこが分らぬのが逆に怖いのぅ」
「オレはお粗末であって欲しいよ…」
三階をザッと見て周った後、止まったエスカレーターで二階に下りようとしたところで、今まで物静かだった二階から、微かにだが足音が響いてくる。
「足音…?」
「――気をつけよ」
エスカレーターに乗せかけた足が止まる。
足音の主に気づかれないように、体勢を低くして慎重にエスカレーターを下りて行く。ぎりぎり二階が見渡せそうな位置までやってくると、慎重に頭を下げて階下の様子を窺う。
二階は本や雑誌のコーナーのようで、ホールの端から端までズラリと大きな本棚が整然と並べられていた。
目を凝らして足音の正体を探していると、本棚と本棚の間の通路を、一瞬だが人影のようなものが横切るのが見えた。
「いた…けど、アレなんだろ?」
一瞬の事だったので錯覚かもしれないが、その人影に違和感を覚えた。
「おそらく見張りじゃ。今のうちに身を隠せ」
宝石に言われたとおり、音を立てないように二階に降りると、近くの本棚の陰に素早く身を隠す。
――カチャ――カチャ――
それはたしかに足音ではあったが、同時に金属音でもあった。また、この緊迫した状況に似つかわしくないほど、その足並みはゆっくりとしていた。
そして、その足音は次第にこちらに近づいてきていた。
(ハァ…ハァ…)
さきほどから感じていた違和感が、徐々に焦りと恐れに変わっていく。
(いざとなれば先制攻撃じゃ、よいな)
宝石の忠告に頷いて返すと、腰に付けたメデューサの柄に手を延ばす。
――カタンッ!
突如、足音のする方とは反対のあらぬ方向から、微かだが物音がした。
(…ん、近いな)
(たぶんエスカレーター横のトイレだ)
その音は小さくはあったが、金属質の足音だけが響く館内の中で、明確な存在感を示していた。
〈Pi―Pi―Ra、ラジャー〉
物音に反応するように、一瞬、足を止めた主は、耳障りな電子音を鳴らした最後に、了解を示す言語を無機質な音声で発した。
――ガチャガチャガチャ!
足音の主は突然、音のする方に猛然と走り出した。そのため、足音の主との距離は急速に縮まってくる。
(クソッ!?こっちに来る…やるか?!)
(――本棚の背に隠れよ)
メデュ―サを構えようとしたところで、宝石からの指示が飛ぶ。
咄嗟に、指示に従い、姿勢を低くして息を止めた。
――ガチャン!ガチャン!
本棚の角から、足音の主が姿を現す。
一目に、それは人間ではない、異質な者だと判断できてしまう。
体格は大人の男性ほどもあったが、その身体はすべてが銀色の鉄で出来ており、胴体には申し訳程度の鉄板が張られていたが、腕や足は剥き出しの骨のような骨格になっていた。また、頭部には赤いレンズのついたカメラのような物があり、その姿は、まるでSF映画に出てくるロボットのそのものだった。
「っ!?」
あまりに突飛な存在に呆気に取られていると、ロボットはこちらには気づかず、そのまま音のしたトイレの中へと駆け込んでいく。
「…よいのか、行かせても?」
「え……あっ!」
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