第一話 オレ、悪役始めました ②

 HRが終わり、クラスメイトたちは各々の部活動へと向かう。

 生徒の中には、部活動には入っていない生徒たちも僅かにいたが、そういう生徒はきまって教師たちの視線を避けるように、こそこそと帰宅する。かく言うオレも部活には入っていなかったが、クラスの中では勤労学生で通っていたので、担任からとやかく言われる事もなかった。そういう意味ではすこし気が楽ではあった。


「慎吾君、また明日~!」

「ちょっ?!声デカいって」


 鞄を前から抱えて、教室の後ろの扉から、こっそりと出て行こうとしている親友の慎吾君にお別れの挨拶をする。

 案の定、慎吾は担任から呼び止められるが、「ああ、もうこんな時間だー」と、手首をチラ見すると、そのまま教室から飛び出していく。アイツ、腕時計なんてしてないくせに、一体何を見たんだか。


「さてと、オレも帰るかな」

「あの…柊くん…」

 教室のドアへ手を掛けたところで、うしろから誰かに呼び止められる。

「ん、委員長…どうしたの?」

「うん、その、大したことじゃ…ないんだけど、さっき、戒谷くんと見てた、…ああいうのは見ない方がいいと思うの」

「ああ、…そうだね仰る通り。これからは校内でのスマホ使用は気をつけるよ」

「あっ!、そっちじゃなくて、…いえ、それもあるのだけど……」

 委員長はなにか言い辛そうにもじもじとする。

「……あ、もしかして動画の内容?」

「――ッうん!…はい、そうです。…あれは泥棒で悪い人だから、…そんな人に惹かれるのはやめて欲しいなって…」


 なるほど、つまり彼女の言いたいことは、男子生徒が不良に憧れたり、危ないものに惹かれたりする、子どもによくあるそういった感覚を諫め、遠ざけようとしてくれているのだろう。

 なんとも、如何にも委員長らしい思考だが、友だちの戒谷はともかくとして、こちとら日々の生活に追われる毎日を送るオレが、悪事に惹かれる、そんな余裕など万が一にもありえない。

 ――まあ、盗んだのオレだけどっ!


「大丈夫、安心して。少なくともオレはあんなのに憧れたり、カッコいいと思ったりはしないから」

「そう?…そうだよね。うん、それならよかった」

「そうだよ。うちは貧乏で、生活には追われてるけど、それを苦に感じたことはないし、そんな毎日が大切だと思ってるから。短絡的な思考でそれを駄目にしたりなんてしないよ」

 まったく、どの口が言っているのやら。自分ながら呆れてしまう。

「…柊くんはえらいね」

「イヤイヤ、オレは自分のことで手一杯なだけで、むしろ委員長みたいに周りを気遣う人のほうがずっとえらいよ。うん、尊敬する」

「そんな、私なんて……ゴメンね、呼び止めちゃって」

「気にしないで、それじゃあ――」

 再び、ドアノブに手を掛けようとしたところで、ドアが勝手に開く。

「――おっと!…なんだ新か…と、斎藤さん。今から帰り?」

「なんだとはなんだ。そういうお前は今から登校か、重役出勤どころじゃないな」

 

 ドアの前には、我が校きっての人気者である白木亮が立っていた。

 一年からの同級生で、サッカー部のエース、イケメンで周りにも分け隔てなく接するクラスの中心的な存在だ。成績も学年で上位とあって、もはや非の打ち所がない完璧人間である。ちなみに、秘密のファンクラブまであるらしい。

 そんな完璧人間の白木だったが、ひとつだけ妙なところがあった。それは頻繁に学校を休むことだった。月によっては二週間近く休むこともあり、理由を訊いても誰にも教えず、挙句、担任すら把握していなかった。


「返す言葉もない。もっと早く来れればよかったんだけど…」

 これだ、自分の非はすぐに認める裏表のない性格。なんだか皮肉を言ったこっちが、逆に後ろめたい気持ちになってしまう。

「…まあ、いろいろと立て込んでるんだろ?知らんけどさ…。それで、どうしてわざわざこんな時間に来たんだ?」

「うん、せめてサッカー部にだけでも顔を出しておこうと思ってな」

「ホント律儀な奴だな、お前って。休んじまえばいいのに」

「気になる性分だから仕方ない。それより、柊、今帰りなんだろ?どうだ、暇なら一緒にサッカー部で汗を流さないか?」

「悪いけど用事があるから、気持ちだけ受け取っとくよ」

「用事って今日もバイトなのか?」

「ん~いや、今日はバイトじゃないけど、…ちょっと野暮用で隣町まで行かなきゃならないんだ」

「隣町?」

 一瞬だが、白木の表情が曇る。

「…どうかしたか?」

「いや、べつになんでもない。ただ、今日は人が多いから気をつけて行けよ」

「ん?、おう、わかった。それじゃ、またな白木。委員長もまた…」

 挨拶をしようと振り返るが、さきほどまでそこにいたはずの委員長の姿は、既にどこにもなかった。

「委員長なら、さっき反対側の扉から出て行ったぞ」

「あれ、全然気がつかなかった…」

「ゴメン、たぶん俺のせいだ。俺、どうも委員長から嫌われてるらしくて…」

「はあ?あの森の小動物が眼鏡掛けてるような委員長だぞ、ないない」

「…柊、それ褒めてる?」

「当たり前だろ!まあ、百歩譲って、男子の中になら妬んだりしてる奴もいるかもだけど……ていうか、一人知ってるわ…」

「どうせ戒谷だろ?」

「うん、正解」


 学校を出て、その足で駅に向かい、隣町行きの電車に飛び乗る。隣町に着いた頃には、空は薄暗くなり始めていた。

 改札を潜ると、すぐに異変に気がつく。

平日であれば、夕暮れ時は学生や主婦が偶に行き交う程度の閑散とした駅前であったが、今日に限っては 駅前に妙な人だかりが出来てた。


「なんだろう、アレ…」

「念の為、言うておくがなにも見えぬ妾に振られても困る。それとも、もしや分かっていて振ったのかの?」

 上着のポケットの中から、批難めいた返答が返ってくる。

「はいはい、悪かったよ。ほら、これでいいだろ」

 ポケットから深紅の宝石をあしらったブローチを取り出し、胸ポケットに宝石が半分だけはみ出るようにして入れなおす。

「ふむ、言われてみれば……フフッ」

「なんだよ、その含み笑いは。…あっ、そういえば、白木が人が多いとか言ってたな。なんかイベント毎でもあったっけ?」


 しばらく、駅付近に屯している人達の様子を窺っていると、どうやら人だかりの中心には大きなビデオカメラを担いだカメラマンと、テレビのレポーターらしき女性がマイクを片手に熱心になにかを話していた。

 レポーターがカメラに目線を向けたまま移動を始めると、周囲に屯していた学生や子供連れの主婦たちも、それに倣ってぞろぞろと移動をはじめる。

 奇妙な集団がどこに向かうのか、しばらく目で追っていると、彼らが博物館の方へと向かっていることに気がつく。


「なあ、アレってもしかして…」

「フフン、鈍感なお主も気づいたようじゃな。どうじゃ、鼻が高いであろう?」

「いやいや、どこにも誇らしむ要素なんてないから…。むしろ最悪だ」


 レポーターが、いくら緊迫感を出そうと熱を持って解説しても、現地の住民たちにとっては、有名人がやってきた程度の認識しかなく、テレビクルーとの温度差は真夏と真冬くらい違った。

 だんだん、当事者であるオレのほうがいたたまれなくなってくる。


「さて、いつまでそうしておるつもりじゃ。よもや、ここへ来た用事を忘れたわけではあるまいな?」

「忘れてないよ、アレを取りに来たんだろ」


 胸ポケットの宝石に促され、駅前はずれにある公衆トイレへと向かう。

 アレとは、昨日、博物館から盗み出した首飾りのことで、警察から逃げのびた後、家に持ち帰るわけにもいかないので、手近な場所に隠しておいたのだ。その隠し場所というのが近くの公衆トイレだった。

 もし万が一にも、あの首飾りを悪者に発見されることを想定すると、自宅はもちろんダメ、他の人の迷惑になるような場所もダメ、となると、自分の浅知恵ではトイレしか思い浮かばなかった…。

 

「――にしても、捻りがないのう。もすこし気の利いた場所はなかったのか?」

「仕方ないだろ、他に適当な場所がなかったんだから」

「どうせ、手っ取り早く手放したかっただけじゃろうが」

「うっ、…ち、違うし」


 毒舌宝石にせっつかれながら、高架下の狭い路地裏へと入って行く。

 さきほどのレポーターや群衆が向かった方とは反対の方角、駅を挟んで反対側には、おそらく昭和の初め頃に建てられたと思しき、錆びたトタンとくすんだ木の板の住居が建ち並んでいた。

 道をひとつ外れただけで、がらりと景色が変わってしまうところが、如何にも田舎らしい光景ではあった。寂れた建物群はどこも窓に灯りはなく、高架側の電灯も数が乏しく、ところどころで点滅しており、その役目を果たしているとは言えなかった。


 

「そういえば、この辺りで拾ったんだっけ…」

「ふむ?なにをじゃ?」

「いや、アンタを…」

「ぶ、無礼者ッ!妾を物扱いするとは何事かッ!小僧貴様、妾の豪奢で優美な姿を見忘れたと申すかッ⁉」

「優美って…、そもそも、あの時はアンタ、ボロボロの満身創痍だったじゃないか」


 ちょうど、今から一週間前、この世にも珍しい喋る宝石とは、この隣町の路地裏で出会った。

 夜の十時ごろ、バイトを終えた帰りのことだった。遅くなったため、近道をして帰ろうと、普段は夜には通らないこの路地裏の道を通ることにしたのだ。

 

 ふと、路地の奥に目を向けると、すこし離れた先に、一人の女性が電柱に寄り掛かっているのが目に付いた。その女性が尋常な状態ではないことは、遠目からでもすぐに窺えた。近くで様子を窺うと、女性は今にも倒れそうなほどに息も絶え絶えといった様子で、片方の腕でなんとか電柱にしがみ付いていた。

 あまりの状況に気が動転しながらも、なんとか声を掛けようとした瞬間に気がつく。その女性の身体にはもう片方の腕が既に存在せず、しかし、おかしなことに傷口の肩からは、一滴も血が出ておらず、ただ、肩から腰の半身にかけて黒く焼け焦げたような跡があるだけだった。

 

 あの時、オレはなんて声を掛けたのか、よくは覚えていない。たしか、動転しすぎていて支離滅裂なことを口走っていたような気もする。口がしどろもどろに動いている間、女性は嘘など容易く見抜いてしまいそうな鋭い瞳で、ただ静かにこちらを見つめていた。

 息が切れて、言葉が途切れた滑稽なオレに対して、女性はたった一言、囁くように呟いた。


 ――小僧、しばし付き合うてはくれぬか?


 この絶体絶命の状況で、子どものオレに、一体何ができるというのか。

 そもそも、こんな場所で半死半生の人間に出会い、しかも、内容もわからない頼み事をされる、これが厄介事であることは誰の目にもあきらかだった。

 もしかしたら、この女性をこんな姿にした恐ろしい何かが、まだ近くに潜んでいる可能性がある。いますぐにここから離れるべきだと、理性が警鐘を鳴らしていた。

 だと言うのに、オレはその場から一歩も動かず、女性に何も問い返すことはせず、ただ、頷いてみせた。


 ――感謝する――


 こちらの了承に満足した様子の女性は、僅かに微笑みをもってお礼の言葉を贈る。

 次の瞬間、女性の身体は、まるで、初めから泥で固めた人形だったかのように、負傷した部位からみるみるうちに崩れていってしまう。

 体勢が保てず、崩れ落ちそうになる女性を、慌てて駆け寄り抱き止めようとする。

 しかし、抱き止めたはずの女性の身体は、次の瞬間には細かな粒子となり、腕をすり抜けて零れ落ち、風に流されて空へと散ってしまう。


「あっ……ああ……」


 いますぐに泣き出してしまいそうな、叫び出したいような奇妙な感覚に、言葉が追い付かず、嗚咽が漏れた。

 まるで、始めからそこには誰も存在していなかったかのように、女性の姿は僅かの間に跡形もなく消え去ってしまった。

 しばらくの間、目の前で起きた出来事が呑み込み切れず、茫然とその場に立ち尽くしていると、手の中に何か堅い感触があることに気がつく。手を開いて確かめて見ると、手の中にはいつの間にかピンク色の宝石が握られていた。


「なんだろう、これ?」

「――これとはなんじゃ、これとは!」

「うぇッ、なに…なに?!」


 突然、手の中の宝石から、先ほどの女性と似た声音の声が流れてくる。

 あまりの驚きに、咄嗟に手に持った宝石を落としてしまいそうになるのをなんとか堪える。


「さて、小僧、さきほどの約束果たしてもらおうかのぅ」

「…約…束?……いや、えっ、…これどこから音が出てるんだ?再生機能でも付いてるの?」

「コラッ、あまり妾の高貴な身体を弄るでない!感触はほぼないとはいえ、あまり良い気分ではないからな」

 まるで理解できなかったが、この宝石は、どうやらさきほど消えてしまった女性本人らしい。

「あっ、ご、ごめんなさい……でも、あの、おねえさん、その…さっき死んでしまったのでは?」

「む、何を言う、アレは死んだのではない。自ら命を絶ったのじゃ」

「はあ…」

 それは意味合いは同じ事では?

「ボルカノ如き、匹夫に殺されたとあっては我が名折れ。それならばと、いっそのこと自ら命を絶ったのじゃ。それに、たとえ生き永らえたとしても、あの傷ついた体では彼奴に捕らえられるのは時間の問題じゃからな」

「そう…なんですか……」

 いまだに頭の中は大混乱だったが、それでもひとつだけ判ったことがあった。

 それは彼女をあんな酷い姿に変えたのが、『ボルカノ』という奴だということだ。

「――まあ、そんなわけじゃから、これからは妾の手となり足となり、せいぜい励めよ、小僧」

「…え?……手?足?」

「ふむ、では手始めに彼奴らの仕掛けた行け好かぬカラクリを掠め盗り、彼奴らに吠え面をかかせてやろうかのぅ」

「は?ちょ、かすめとり?…もしかして盗るってこと…?」

「――フフッ、安心するがよい。なにもその見るからに貧弱な体躯のまま、あれこれと命ずるつもりはない。妾も鬼ではないからな」

 人の言葉に耳を傾けず、泥棒の片棒を担がせる、すでに鬼では?

「あの、お願いですから話を――」

 

 こちらが喋り終わるよりも早く、宝石に異変が起きる。

 突如、眩い光を放ち始めた宝石は、手の中で熱を帯び、その熱さは次第に手に持っていられないほどの高熱に達する。

 あまりの熱さに我慢できず、手から宝石を振り落とそうとするが、まるで焼け付いたように宝石は手から離れず、燃えるような熱さは次第に手首を伝い、全身へと広がっていく。

「あっ、うぅ……」 

 息が出来ないほどの苦しさに喘ぎ、ふらふらと身体が崩れ落ちそうになる。

「ふむ、まあ、こんなものかのう」

「はあ、はあ……あれ?」

 頭に響く声が聞こえた直後、体を包み込んでいた熱さが、まるで嘘のように消えてしまい、同時に息苦しさも無くなっていた。 

「気分はどうじゃ?」

「…気分……は大丈夫…なのかな?あれ、でも――」 

 違和感があった。何かが変だ、何かが違う。…ただ、その正体が掴めない。

「身体のほうはすぐ慣れるじゃろ。ふふ、妾ほどではないが、なかなかどうしてよ良い見てくれになったものよな」

「身体?」


 手の平を開いてみる――オレの手はこんな白くて小さかったか?――

 自分の身体を見下ろす――オレの身体はこんなにほっそりとしてたか?――

 そしてさきほどから発している、――オレの声はこんな少女のようだったか?――


 ――そうだ、何かが違うのではない、すべてが違うのだ。



 焦りと不安からくる震える手で、スマホを取り出し、自撮りモードのカメラを自分に向ける。そこには不安な表情でスマホの画面見つめる見慣れぬ少女の姿があった。 

「さあ、輩よ!共に巨悪を為し、ついでに愚劣な輩どもを成敗してくれようぞ!」

 手の中で、宝石が意気揚々と掛け声をあげる。


 自分がとんでもない事に関わってしまった事に、今になって気がつく。

「姉貴、奏……ごめん」 

 平穏な生活がガラガラと音を立てて崩れ落ちるのがわかった。



 ――すべてはあの夜から始まった。

 あの出会いさえなければ、今、こんな苦労を背負い込むコトもなかったのに…。








 


 






 






 





 


 




 











 












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