第一話 オレ、悪役はじめました ①


――ガラガラッ


「お、オッスあらた!」

「新君おはよう」

 教室の扉を開けると騒がしい室内からクラスメイト達の挨拶が飛んでくる。

「…おはよ」

 挨拶を適当に返しながら自分の席に着く。

 予鈴のチャイムが鳴るが、教室内は騒音が止む気配はない。   

 いつもであればこの騒がしさにうんざりするところだが、今日は違った。

 昨日のあの出来事がまるで嘘だったように、その事実を消し去ってくれるような奇妙な安心感があった。

 

 オレは柊(ひいらぎ)新(あらた)。

 ここはオレが通うS県立○○高等高校。そこの二年の教室がオレのクラスだ。


「ハァ~」

 クラスメイトたちの話し声を耳にしているうちにため息が漏れた。

 聞き耳を立てるまでもなく、周囲が話題にしているのは昨夜のあの騒動についてだった。

 昨晩、隣町の博物館で首飾りが盗まれた事件はとっくに住民に知れ渡っていた。

「あ~くそ」

 鬱屈した気持ちが次第に募り、吐き口を求めるように口から罵声が漏れた。


 ――ポコッ!

 

 誰かがオレの頭を丸めた紙で叩いた。

「…んだよ慎吾」

 こんな事をするクラスメイトの心当たりは一人しかいなかった。

 オレの頭に一撃を加えた犯人は満足そうにニヤケ面をする。小柄で丸頭の男子生徒で、それは案の定、友人の戒谷慎吾だった。

「こんな愉快な日にな~に辛気臭い顔してんだよあらた

「ほっとけ。こっちは疲れてたんだよ」

「はあ~疲れてるだァ?…ああ、そういや新は勤労学生だっけ?そりゃご苦労さん。まだ新聞配達やってんのか?」

「いや、それはもう止めた。今は近所のスーパーの総菜コーナーでバイトしてる」

「新はいいよな~。俺も出来るなら部活なんてやらずにバイトしたいんだけど、親が許してくれねえんだよな~」

「遊ぶ金のためじゃねえ。こっちは生活がかかってるんだ。用がないならあっちいけ。シッシ」

 好き勝手な事を言う慎吾にだんだん嫌気がさしてきた。

「な、用ならあるっての!ほら、新はもうは見たのか?」

「見たかって何の事だよ?」

「その様子だとやっぱ知らなかったんだな。昨晩あんなスゲーことがあって、町中その話題で持ち切りなんだぞ。俺たちも高校生なんだからニュースくらい見ようぜ」

 オレが知らないと見たのは、慎吾ここぞとばかりにつけあがる。

「朝は家族の飯作ったりで忙しくてテレビなんて見てる余裕なんてねえよ。それにお前のことだから、どうせニュースも女性キャスター目当てで見てるんだろ」

「なっひでえ!?お、俺だってニュースくらい見るっつうの!」

 どうやら図星だったらしい。

 

 慎吾は制服のポケットからスマホを取り出すと、得意げにオレの目の前に突きつけてくる。

「世間知らずな新のためにこの俺が教えてやるよ」

「エラそうに…で?」

「なんでも昨日の夜中に怪人が現れたんだってよ!ほら、今、なんとかって宝物を展示してる博物館が隣町にあるだろ?あそこでだよ!」

「へえ…そうなんだ」


 慎吾は手際よくスマホを操作すると、「これだ」と動画をオレに見せてくる。

 動画はスマホで撮られたものらしく、はじめは手ぶれで画面が揺れていたが、ようやく一人の人間に焦点が合う。

 一目でそこが見覚えのある場所だと分かった。

 ランプを点灯させたパトカーが何台も映り込んでいた。その内の一台の屋根の上に一人の黒髪の少女の姿があった。周囲の人間が唖然としている中、少女はややぎこちない仕草で大袈裟なお辞儀をする。

 頭をあげた少女が僅かにカメラに視線を向けた――ような気がした。

 実際には少女の視線が一瞬通り過ぎただけなのだが、たったそれだけの事で胸が高鳴ってしまった。


『――オレ…ごほん。わ、私の名はマリア。怪人ブラック・マリア』

 やや上擦った、だが透き通るような声で少女は名を告げる。

『その、とある事情があって、この首飾りをしばらくお借りする事になりました』

 少女は手に持った派手な装飾の首飾りを高く掲げて言った。

『これはいずれお返しします。えっと、いつになるかとかはお答えできないんですが……』

 少女は歯切れ悪くそう締めくくると、最後に聴衆に向けて『それじゃ、さよなら』とだけ告げて、羽毛のように軽やかに空中へと舞い上がった。

 次の瞬間、少女が首に巻いた黒いケープが突如として大きく広がり、すっぽりと少女の体を包み込んでしまう。黒い球体のになった少女の体は瞬く間に小さくなり、最後には夜の闇に溶け込むように跡形もなく消えてしまった。

 仰天する撮影者は少女の姿を探そうと右へ左へとカメラを回すが、結局少女の姿は見つからず動画はそこで終わった。


「はあ~すげぇ…。俺、興奮しすぎて昨夜から50回は視てるぜ!」

「まさか撮られてたのかよ…」

「なッ!?すげえだろ!こんな田舎町に怪人が現れたんだぜ!しかもめっちゃ超美人ッ!!」 

 慎吾が興奮する気持ちも分からなくなかった。

 この世界にはと呼ばれる脅威が存在する。

 大事件を巻き起こし、人々を恐怖の渦に陥れ、国家や世界を震撼させる存在、それがだ。

 ――まあ一般的には大都市に出没するもので、田舎にはいないのだが。


「ホントに大事件だな…。で、なんでお前はそんなに嬉しそうなんだ?」

「はあ?!頭大丈夫か、新?」

 慎吾は信じられないという表情する。

「よく見ろ!この美少女をッ!ピッチリと体のラインが浮きでる素敵なスーツ、純白の脚線美、小鳥のような魅惑的な声、なによりアイドルも裸足で逃げ出す愛らしい顔を!お前はこれを見てなにも思わないのか?」

「……いや、まあたしかに美人だけど」

「たどたどしい喋りも逆に初々しくて魅力的なんだよな。きっとまだ怪人になって日が浅いんだぜ。心細いのに健気に頑張る姿がまたそそられるんだよな」

 慎吾は心ここにあらずといった様子で興奮気味に熱弁する。

 わりと周りが引いてしまうくらいには気持ち悪かった。

「戒谷さっきからうるさい!」

「ていうかキモい!」

 そんなわけで当然、周囲の女生徒からは反感を買う。

「うるせえブス共ッ!オイ、新もなんか言ってやれ!!」

 頼むからオレを巻き込まないで欲しい。

「柊もそんな変態に付き合うのは止めときなよ」

「そうするか…」

「オイッ親友!?」


「あのぅ、柊君…」

 自分の名を呼ぶ小声に振り向くと、いつから居たのか眼鏡をかけた少女が物怖じした様子でオレの横に佇んでいた。それはクラス委員の斎藤雪だった。

 斎藤さんは見た目は中学生くらいの幼い見た目をしていたが、なぜか縁の大きな眼鏡をかけ、髪を肩まで掛からない位置で律儀に切り揃えていた。なんというか精一杯クラス委員としての威厳を示そうと背伸びしてるように思えた。

「えっ、ああ、どうしたの斎藤さん?」

「…あの、もうすぐ先生くるから。携帯見つかるといけないし…」

 委員長は怯えた子犬のようにおずおずと言う。

「ああ、そうだった。ありがとう。慎吾もうしまえよ」

「べつにいいじゃんよコレくらい。今どきの学校にスマホ持ち込み禁止ってのがそもそも間違ってるよな。守ってる奴なんていねえじゃん」

「そこは暗黙の了解だろ。持ち物検査はしないかわりに校内では使うなって」

「なんでお前、委員長の味方してんだよ。…惚れてんの?」

「馬鹿言って――」

「――えぇッ?!」

 斎藤さんが今迄発した事がないような声を上げる。


 当然ながら、委員長に気があるわけではなく、単に委員長が正論を言っているから従ったまでだ。それにウチのクラスで委員長にケチをつけると、もれなくクラスの女子から目の敵にされてしまう。

 

「戒谷、アンタまた学校で如何わしい動画見てるの、ホント最低ッ!」

「柊君もそんな奴と一緒にいると、アホが伝染るよ」

 案の定、すぐに周りから援護攻撃が飛んでくる。

「はい、そうします」

「ちょっ、新君?!」


 馬鹿だの変態だの、幼稚な罵り合いの喧嘩がしばらく続いたが、ほどなくして担任が教室にやって来ると、ようやく慎吾と女子たちは口喧嘩を止めて各々の席へと戻る。

 結局、蚊帳の外で喧嘩の仲裁に入れず、気落ちしながら戻って行く、去り際の委員長に謝罪の言葉を掛けると、「うん、ありがとう…」と、礼を言われてしまい、こちらが余計に申し訳ない気持ちになる。






 





 





 












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