歩きスマホ狩りおじさん

山岡咲美

歩きスマホ狩りおじさん

 皆さんは覚えて居るだろうか私はこの事故(事件)の事をよく覚えている、何せ私が弊社、角山書店に入社して、このオカルト雑誌[月間Oオー-type]に配属仕立ての頃の話だ、一時期都内に住む女子高生を通学中歩きスマホをしてたとしてワザとぶつかり転倒させ殺したと[歩きスマホ狩りおじさん]としてニュースやワイドショーなどのテレビメディアにも取り上げられた男の話だ。



***



名無し:知ってる?この前西駅でJK死んだの


名無し:歩きスマホしてたら誰かとぶつかって転んだ事故でしょ?


名無し:違う、それ事故じゃないらしい、ワザとぶつかったんだって


名無し:技と?


名無し:そっ、和座と


名無し:どこソースだよ!?


名無し:事故の後に噂に成ってた「ワテ、歩きスマホ見つけたらワザとぶつかる事にするんやねん」って書き込み


名無し:大阪さん?


名無し:違うエセ大阪神


名無し:どっちでもええねんやがな


名無し:ここにも板!!!!


名無し:でも自業自得では?


名無し:歩きスマホ危ないから悪!!


名無し:悪には制裁アルのみアル!


名無し:でも殺すほどか?


名無し:歩きスマホは小の国では死刑なのだ!


名無し:裁判も無しに?


名無し:そのJKが子供とかにぶつかったらどんすんだ、責任取れんのか?


名無し:責任って言葉は脅迫の道具になりさがりまちた


名無し:罪と罰のバランス悪いな


名無し:何だ歩きスマホは良いのか?


名無し:論点ずらし乙、歩きスマホ悪いけど殺される程じゃ無いって話


名無し:JKマニア必死すぎ!


名無し:その板の人どうなったんですか?


名無し:消えた、殺った方もヤバイって思ったんだろ?



***



「その板の人どうなったんですか?っと」

 笹木菜緒ささきなおは朝から職場のデスクでノートパソコンを開いていた、ネタ探しである。


「消えた、殺った方もヤバイって思ったんだろ?……」

 誰とも知らない相手がコメントと書き込む。


「ヤバイってどう言う事ですか?」

 菜緒はチャットを続ける。



***



名無し:ヤバイってどう言う事ですか?


名無し:そりゃそうだろ、ぼくが犯人ですって言ってるようなもんだ


名無し:すぐ捕まる[名無し]って言ってもプロバイダーはアドレス知ってる


名無し:そのエセ大阪JINが、ウイザード級のハッカーでなければね


名無し:スーパーハカーあらわる~~!


名無し:でもそこに居たやつみんなアド消してるってよ(怒)


名無し:煽ってた奴らきゃ!


名無し:おまいら気をつけろよ、刑事はともかく民事で名誉既存とか在るぞ


名無し:オレも姿を消すでござるよ


名無し:犯行予告の人って分からないんですか?


名無し:今テレビ出てるよ



***



 菜緒はスマホを手にする、動画サイトのライブニュースだ。


『西警察署前です、先ほど西駅前歩きスマホ転倒死亡事件で逃亡していた容疑者が弁護士に伴われ出頭、逮捕されました、出頭したのは田習正義たならいまさよし(49)で証言によると「自分は人にぶつかったかも知れないが人が多くて倒れたとは気づかなかった」との証言をしているようです』


 菜緒はスマホのニュースを見終わるとノートパソコンを閉じ、オフィスにあるテレビでワイドショー番組をザッピングし始める。


『どう思われますか?仲谷なかやさん』


『そうですね監視カメラの映像を見る限りワザとぶつかってるようにも見えますね』


『そうですよね、これはワザとにしか見えませんよね、鈴木すずき弁護士はいかがですか?』


『朝の時間で人も多いですし弁護士としてはこれが故意である事を証明しなければ有罪にするのは難しいと思います』


『えーーそんな、明らかにわざとぶつかってる様に見えるのに!』


 ワイドショーではMCが一つ一つの言葉を少しずづずらし事件を番組が望む方向に誘導していた。



***



名無し:許せんな犯人


名無し:いくら歩きスマホが悪いって言ったってわざとぶつかっちゃいかんだろ


名無し:オレなら敢えて歩きスマホして歩きスマホ狩りしてる奴を逆に転ばす!


名無し:歩きスマホ狩り狩り?


名無し:それはそれで悪ですぞ


名無し:では、歩きスマホをしてる人を狩る人を転ばせて狩る人を拙者は狩るでござる


名無し:狩りの無限連鎖、大狩猟時代の幕開けだ……



***



 菜緒が自分のデスクに戻って来ると既に歩きスマホ狩り=悪に情勢が動いていた。


「これどんな流れだったんだろ?」


 菜緒はネットに転がっていたニュース/ワイドショーの書き起こしサイトや魚拓(SNSの書き込みを残して置く事)サイトでニュースの流れを過去から振り返って行った。


「うーん、まずさっきのワイドショーが火付け役だったみたいね」


 菜緒はペンをかじり、紙の手帳に背景を整理して行く。


「『最近歩きスマホよく見かけますよね~』のMCから始まって『人にぶつかると危ないですよね』のアナウンサーから『子供とかにぶつかったらどう責任取るんですかねその人』ってママさんタレントが言って『若い人の常識を疑いますよね』ってターゲットがその時間帯の視聴者以外って設定したあと『こんな奴どっか電柱にでもぶつかって怪我すればいいんだよ』とか芸人さんが言って『イヤ怪我はあれですけど、本当に許せませんよねー』でMCがやんわりまとめる流れか?



 なんかこのワイドショーさっきと逆の事言ってる?ような??



「で、この後[#ハッシュタグ歩きスマホ殲滅戦線せんめつせんせん]が増え始めるのか」



***



#歩きスマホ殲滅戦線



正義の味方:本当最近の若者は駄目やんマナーが成ってないやん


なんだかんだ:歩きスマホする人がぶつかる電柱いっぱいほしいですね


正義の味方:でも都知事が電柱失くすとか言ってますねん


きょういく:景観の為ですね


なんだかんだ:地震対策も兼ねて電柱埋める様ですね


ほうじ茶:電柱が駄目なら街灯ですかね


正義の味方:ワテ、歩きスマホ見つけたらワザとぶつかる事にするんやねん


なんだかんだ:そう言う若者には少し御灸をすえる方がいいかもしれないですね、痛い目みれば気づくでしょうし


ほうじ茶:確かに歩きスマホが危険だと気づいてくれたら社会とその人の為ですね


正義の味方:子供に社会の厳しさキッチリ教えてやるやねん


きょういく:社会全体での教育って大切ですよね



***



「ワイドショーの書き起こしとSNSの魚拓をつなげるとこうか……」


 菜緒はペンであたまを掻く。


「なんか相乗効果で盛り上がっちゃったんだろうな……」


「やっぱり幽霊なんかより人間様の方が恐いよね」



 菜緒はオカルトとは関係無さそうな話だと思いノートパソコンを閉じた。



***



『ニュースを続けます、歩きスマホ狩りおじさんとして世間を騒がせていた自称作家の男が処分保留のまま釈放されました』


 軽く触れる程度のニュースが流れ、検察審査会でも不起訴となり歩きスマホ狩りおじさんはそのまま無罪となった、その後女子高生の兄が起こした民事裁判でも証拠として提出されたSNSのふざけた書き込みからは強い殺意は感じられず逆に人通りも多いなか歩きスマホをしていた女子高生の過失が大きいと判断され訴えは棄却された様だった、そしてその男は何事もなかったかの様に日常に戻ったとされている、その時点でテレビは訴訟を恐れだんまりを決め込んだらしい。



***



名無し:知ってる?歩きスマホ狩りおじさん死んだんだって


名無し:聞いた、事故らしいよ


名無し:どこ?


名無し:西駅前


名無し:マジでか?


名無し:何?


名無し:それJK死んだ所


名無し:ヤバイ、JKの呪い?


名無し:階段から落ちたらしい


名無し:JK幽霊に突き落とされた?



***



「どうぞー、どうぞー、あっ、ありがとうございます!」


 西駅前では笑顔の男がチラシを配っていた、JK幽霊の取材にとそこを訪れた菜緒は思わずそれを受けとる。



────────────────────



 【歩きスマホにはお止めください】


 この駅前で死亡事故が起こっています


 歩行中スマートフォンを使用されると大変危険です、お子様に衝突したり、自らが転倒したり他者を不快にさせトラブルに巻き込まれる可能性があります。



────────────────────



 チラシの内容はやけに簡潔なモノだった。



「……あのもしかして、藤田明花里ふじたあかりさんのお兄さんですか?」


 私は手渡されたチラシとその顔をみて「ハッ」として声をかける。


「え?……ええ」


 その人は少しうつ向いたあと微笑み浮かべそう答えた。


「あっ、すっすいません、あの、」


 その時の私は突然の事にどうかしていたのかもしれない、普段なら犠牲者(被害者)の家族にずけずけと話す事はしないと決めていたのだが、その人があまりににこやかにそのチラシ配っていたのでその違和感にあてられたのかもしれない。



***



「妹の幽霊がですか?」


 その人の口許がまた緩む、おかしな反応だ、菜緒は本能的にそう思う。


「すいません」


 菜緒はそう言いつつもその人の緩んだままの口許にまた違和感を感じる。


「いいんです、もしそうなら会ってみたいものです」


 その人はまた笑みをこぼす。


「あの、ぶつかって来た方の事は……」


 その人は事件の事と折り合いをつけたんだと思いたかったが、そんな感じはしなかった。


「フフッ」


 その人はすごくニンマリと笑い菜緒は少しだけ恐くなる。


「あの、どうして笑っていらっしゃるんですか?」


 菜緒どうしてそんな事を聞いてしまったんだろうと後悔する。


「………そうですね、あの変な名前の男が階段から落ちて行く様を夢に見るんです、まるで誰かに背中を押された様に一歩前に出てたソイツは私の方に振り向いて階段にすいこまれて行くんです、ソイツは必死に頭を守ろうとするのですが転がるたびに加速して手が変な方に曲がって大切な頭を守れなくなって、あちらこちらにその大切な頭をぶつけて行って「くるり」と首が回ってしまうんです」


「……………」


 私はその人を無言で見つめる。


「私は、その夢を……ソイツが振り替えった時の顔を、思い出すたびに笑顔になれるんですよ……」


 その人はそう言うと自分の手の平を眺めてまた笑った。



***



名無し:知ってる歩きスマホ狩りおじさん


名無し:もういいよそれ


名無し:違うの撮れて無いんだって


名無し:何が?


名無し:西駅前の監視カメラに歩きスマホ狩りおじさんが居た時刻の映像が


名無し:何で?


名無し:なんか全部の監視カメラに覗き込む女の子の顔が映ってるんだって



***



 この記事を書きながら筆者は思う、歩きスマホ狩りおじさんは何故死んだのだろう?女子高生の幽霊に突き落とされたのだろうか?それとも女子高生の幽霊は誰かを護ろうとしてその映像が撮られるのを邪魔したのだろうか?


 もしそうならば、歩きスマホ狩りおじさんが死んだのは………

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