第66話ダンジョンコア7

 いや甘かった。


 俺は今、森の中を走っている、リースフィア王都の近くにある森だ。


 城を脱出した俺は熱りが冷めるまで適当に町でブラブラしたり、普通の冒険者として国の動向を窺いつつタイミングを見計らって王都を出ようと思っていたのだ。


 だが王城を脱出した俺を待っていたのは町に潜伏していた他国の密偵連中だった。


 そんな奴らが俺を見逃すはずはなく一定の距離を保ちながらずっと着いてくるのだ、それも十人以上。


 なので城から出て町に潜伏することもできずそのまま王都を飛び出して王都近くの森に俺は入って行った。


 このままついて来られるのはうっとうしいな。


 今は仮面をしているからいいけど正体がバレるのだけは勘弁だ全世界に指名手配とか洒落にならない。


 それにすぐにこいつらを追って国の軍や自由の翼も追いかけてくるかもしれないし・・・。


 迎撃しようにも一定の距離を保って近づいてこない、ヴェリアス・レイを見ているのもいるだろうからかなり警戒しているようだ・・・よし、これならどうだ?


「ファイア・ランス」


 俺は森の中なのにファイア・ランスをそこら中にばらまく、いくつかの木に燃え移り周りが明るくなる。


 俺はその燃えている木に紛れるように方向転換する。


 すると追跡者たちは俺を一瞬で見失って、そこに立ち止まる者、そのまま直進する者など行動が変化した。


 暗殺者の衣を使っているから少しでも注意を引ければ夜の森なら何とかごまかせると思ったが正解だった。


 だが、このまま逃げる気にはならない。


 俺は一番近くにいる黒いフードを被った密偵に近づくと剣をふるう、相手が何が起こったかわからないだろううちに首をはねる。


 追ってきた密偵は一つの国だけではないのだろう、俺を見失った密偵たちはお互いの姿を確認すると戦闘態勢になって睨みあう。


 今のうちに追加でここに到着した密偵も後ろから斬り捨てたところで、血の匂いと周りを照らす燃えてる木でここでの戦闘が避けられないものだと錯覚して密偵同士の戦闘が始まった。


 すまんな、恨みはないが俺も結構必死なんだわ。


 このままどこかに逃げようと踵を返しかけた時、索敵範囲に入ってくる気配を感知する。


 大きい気配、早いスピード・・・自由の翼が来たな。


 彼らに見つかってしまうとまずい、無駄に敵対する気は俺にはない。


 入ってた気配は二つ・・・全員で来たわけではないのか、王城にももう一つダンジョンコアがあるから最大戦力である自由の翼を全員追跡に回すことはできなかったってことかな。


 俺が隠れて様子を探っていると木の陰を潜り抜けて姿が見えてくる、俺を追ってきたのはリーダーの魔剣士ハイライト、エルフのフーリースか・・・Aランク二人とは恐ろしいのが来たな。


 ここで戦闘が行われているのを察知していたのかハイライトはすでに剣を抜いている。


「全員そのまま抵抗せずに武器を捨てろ!」


 ハイライトの呼びかけに密偵たちは答えず、だが戦って勝てる相手ではないと理解しているのか戦闘をやめて離脱しようとする。


「逃がしません。風の精霊たちよ・・・夜の精霊たちよ・・・『インベイジョン・ヴォルテックス』」


 フーリースが口ずさむと風が起こる、周囲の燃え盛る木に映るは逆巻く風は黒い風、フーリースを中心に円形に素早く広がると高範囲に広がる黒い風の結界を作りだした。


 初めて聞く魔法だ、フレーズからすると精霊に力を借りたエルフお得意の精霊魔法だろうか・・・。


 て、そんなこと考えている場合じゃない!俺も風の結界みたいなのの中に入っちゃっている。


「ハイライト、あそこにも隠れています」


 俺が若干慌てているとフーリースははっきりと俺の方を指さしてそう口にする。


 くっそ、この結界は逃げも隠れもできない感知結界ってことか・・・だが、こうなったら仕方ない。


 逃げようと散らばって行った密偵さんたちが結界を破れなかったのかここに集まってくる。


 ここで捕まるわけにはいかない、俺は封魔の腕輪を一つ外し、身体中に魔力を吸収する痛みが・・・ない?あれ・・・多少の違和感はあるが全然痛くない、これは魔力操作が何かしている感じがする・・・イケる、イケるぞ!


 俺はゆっくりと自由の翼の前に出ていくと他の密偵さんたちと同じように自由の翼を囲むように配置につく、完全に黒ずくめ同士で違和感無し。


 自由の翼を囲むのは全員顔も名前もどこの国の者かもわからない、ただ一つ共通していることは、ここで自由の翼を何とかしないと、最低でもこの結界を解除しないと終わりだってことだけだ。


 まだ密偵さんたちに若干の戸惑いの気配は感じるが、ここに国を超えて黒ずくめによる『打倒自由の翼連合』が結成された。


「もう一度だけ言う、全員武器を捨てて投降しろ!」


 俺が妙な一体感に感動しているとAランク冒険者のハイライトが殺気を放ち、密偵たちがうろたえる、うん、彼は強いからしょうがないよね、たぶんみんな瞬殺されるだろう。


 だが、俺はハイライトの弱点を知っている、そして唯一その弱点をつける可能性があるのはパッと見俺だけだということも。


 ハイライトの弱点、それは・・・異世界系主人公でありがちな、女に弱いということだ。


 ハイライトのパーティーメンバーを考えてみるといい、聖女メリッサ、猫獣人ポレル、エルフのフーリース・・・おわかりだろう、異世界ヒロイン全部盛りみたいな奴なのだこいつは。


 そしてなぜ俺が唯一弱点をつける可能性があるかというと、俺の身長は現在百五十ぐらいしかないのだ、そして声変わりもまだなので結構高い声、上手くいけばハイライトは俺を女と誤認する。


「私がハイライトの相手をします、その間にみなさんはフーリースを何とかしてください。これだけの大魔法です、そうそう強力な魔法は今は使えないはずです、接近戦ならどうにかなるはず」


 俺は精一杯高い声を出して女性口調で黒ずくめたちに指示を出す、納得はしているようだが俺が本当にハイライトを抑えられるかが不安なのだろう。


「女の子・・・なのか?なぜ君みたいな年端もいかない少女が密偵なんてことを?今すぐ投降するんだ、君一人なら俺が何とでもする、子供はそんなことをしていてはダメだ!」


 かかった!やっぱりこいつは底抜けに良いヤツで異世界系の主人公タイプだ。


 ハイライトの説得に黒ずくめたちから多少の動揺がうかがえるが、俺がそれを振りきれば問題ないだろう、そして少女のふりをするのも中身おっさんの俺には限度がある。


「ディメンション・アード」


 俺はハイライトの説得に悲し気に首を振ると魔法を発動させる。


 時空魔法の刀身付与、これによって俺の魔力剣は空間をも引き裂く切断能力と、相手の魔力剣の能力をある程度弾く力が刀身に宿る、俺の切り札の一つになるかなって思っているのだ、だが実戦で使うのは初めてだ。


「なっ!?そんな魔法見たことがない、俺と同じ系統のユニーク・・・」


 ハイライトが言い終わらないうちに俺は一瞬で距離を詰めると、片手剣で斬りかかる、ハイライトはすぐに反応して驚きの表情を見せながら彼の真骨頂とも言える魔法剣を使う。


「炎剣っ・・・ぐっ・・・」


 ハイライトは炎を纏った魔力剣で俺の一撃を受けるが受け流すまではいっていない、ギジィという異音とともにハイライトを軽く後退させる。


 この魔法付与くっそ強いな!他の魔法付与とは格が違う。


 すぐに体勢を立て直したハイライトが真剣な表情になり雰囲気が変わり刀身の炎が勢いを増す、ハイライト自身の身体も薄っすらと炎に似たような魔力を纏い始める、手加減は危険と判断したんだろう。


 さあここからが勝負だ、聖教国最強のAランク冒険者、魔法剣士ハイライト。


 俺の一撃を見た密偵さん達も気合入れ直している、俺が最低でも時間を稼げると判断したんだろう、全員同時にフーリースに攻撃を仕掛ける。


 ハイライトが剣を振る、すると剣に纏わりついてい炎が飛んで襲い掛かってくる。


 多少だが俺はハイライトの戦い方を見たことがあるのですぐに剣を振って炎を消滅させる、ハイライトは遠距離魔法を使わない、使えないのかまではわからないが基本的な戦い方は魔法を剣に付与して近接戦、そして間合いが離れると剣に纏わりついている魔法を飛ばす近接中距離のエキスパートだ。


 なので俺は近接戦の勝負に持っていく、すぐにハイライトに近づくと斬撃を仕掛ける。


 上から下から横からと俺の斬撃がハイライトを襲い少しづつ後退させる、腕輪一つ外したレベルだとAランクのハイライトとほぼ互角、俺が少女だと思っているハイライトだと俺の方が押している感じだな。


「うおぉぉ!」


 ハイライトの雄たけびとともに炎の勢いが強くなるが、俺は一歩下がりながら剣を振るい炎の勢いを掻き消す。


 ハイライトが迫ってくるが俺はそれをしっかりと受け流して反撃し、ハイライトの腕に剣が掠る。


 確かに強いっちゃ強いし早いんだが、ディメンション・アードが炎の勢いを弱めてくれているので見た目程の迫力はないな。


 チラリと密偵さんたちの方を見るとフーリースは捌くのが精一杯で時間さえかければハイライトもフーリースも何とかなりそうだ。


 フーリースは確かにAランク相当の強さはあるがあくまでも魔法込みの強さだ、剣の扱いも確かに上手いがそれだけで大人数に勝てるような程ではない、戦いは数だよ。


 フーリースが結界を解除すれば立場は逆転するだろうが、そしたら俺たちは四方八方に逃げるだけだ。


 まあでもハイライトにはここで勝っておきたい、Aランクに勝ったという自信は次につながるはずだ。


 俺は目の前のハイライトに全神経を集中する、今までみたいな周囲を見ながらではなくハイライトだけに全力を傾ける。


 ハイライトの袈裟斬りを紙一重で躱す、炎が襲いかかってくるがそれも躱す、切り上げを剣を使って受け流すと万歳状態のハイライトの胸に真っ直ぐ水平に斬りつけるがハイライトが身体を後ろに傾けて皮鎧だけ千切り飛ばす。


 すぐに逆から水平に腹を斬りつけてそこも皮鎧ごと斬り裂いて深々と傷を負わせる、さらに腕、足と止めに袈裟斬りでハイライトに致命傷を負わせるとすっと俺は離れる。


 身体中から血を吹きだしながらハイライトが意識を失い崩れ落ちる。


 こんなものか・・・聖教国最強のAランクも大したことなかったな、というよりはディメンション・アードが魔法を纏って戦うハイライトみたいな魔法剣士には相性が良かったと考えるべきか。


「ふぅ・・・Aランクは何とかなったな」


 俺がボソッと安堵していると悲鳴が聞こえてくる。


「ハイライトッ!」


 瞬間的に魔力が膨れ上がるとフーリースから突風が吹き荒れ密偵さんたちが吹き飛ばされる。


「動かないでください。このままだと彼は死にます。取引をしましょう。」


 俺は倒れているハイライトに剣をつきつけ、フーリースに取引を持ちかける。


「わかりました、見逃せばいいのですね?すぐに結界を解くので彼を助けてください」


 俺が何かを言う前にフーリースは必死の形相でそう言うと結界をすぐに解除する。


 すぐさま起き上がった密偵さんたちは走って思い思いの方角に逃げだしていく、おい、一番の功労者の俺を置いて逃げるなんて、所詮は敵の敵は味方理論ですか・・・。

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