第59話二つの剣と

「ナイン!マリン!行ったぞ!」


 ユリゲールの声が曇り空に響き渡る、もうすぐ雨が降るんじゃないかってほど時間が経つにつれてどんよりと雲が濁ってきている。


 俺と隣にいるマリンに魔物数匹が突っ込んできた。


 俺は今、西の森に来ている。


 ゴブリン討伐事件後に少し西の森の魔物の分布が変わったそうで、キラーエイプという猿の魔物が西の森に出たらしい。


 キラーエイプは一メートルほどの大きさでランクはF、ゴブリンと同程度の強さではあるのだが、木の上から集団で襲い掛かってくるのでゴブリンよりも厄介なのだ、まあちょっと凶暴な猿である。


 その討伐依頼を受けたEランクパーティー『二つの剣』のユリゲールとサイモンに、魔法が必要だと言われて臨時でパーティーに入ったマリン、ギルドの酒場で天気を理由に黄昏ていた俺が加わり討伐にきている。


 ゴブリン討伐の時と同様、サイモンとユリゲールが前衛を行い、俺とマリンが中衛と後衛だ。


 ただゴブリンと違うのは木の上にいるってことで、俺とマリンが遠距離魔法で木から叩き落してサイモンとユリゲールが止めを刺していくという戦い方になっている。


 魔法を使って攻撃しているマリンなら剣を持っている三人より組みしやすいと思ったのだろう、キラーエイプ数匹がマリンに向かって走っていく。


「バブル・クラウド」


「エアロ・ボム」


 マリンは自分の周囲に浮遊する高水圧の水を複数だし防御を固める、俺は風魔法で集団の真ん中あたりを狙って破裂させてキラーエイプの勢いをそぐ。


 すぐにマリンに駆けより一匹、二匹とキラーエイプを倒していく、ユリゲールとサイモンも一通り片がついたのかすぐにこっちに参戦してくる。


 不利だと思ったのかキラーエイプが逃げ出そうとするが、囲むように四人がポジションをとっていたので逃げることができず、キラーエイプの討伐に俺達は成功する。


 これだけ狩れば大丈夫だろう。


「さすがに多かったな十五匹ほどか、二人で来ていたら数匹は逃げられていたかもしれないな」


 ユリゲールはそう言いながら周囲に倒れているキラーエイプ見回し、生きているのがいないか確認している、相変わらずの慎重派だな。


「かもしれないが、俺とユリゲールのコンビなら何とかなっただろ?強いも魔物じゃないしな」


 サイモンもキラーエイプを数匹引きずって運びながら自信ありげに答える。


 ユリゲール、金髪碧眼で髪を長くした金属鎧に拘りのある、たぶん貴族の少年でちょっとナルシスト気味なイケメンである。


 サイモン、赤髪赤目の短髪の少年で自信家、初対面の時に俺に失礼な絡み方をしたので軽くボコったことがある。


 この男二人と俺とマリンでゴブリン討伐依頼の時に組んだ臨時パーティーの再現だ。


「ちゃっちゃと回収して雨が降る前に町に帰ろう、俺、雨に濡れるのやだし」


 俺がそう提案するとマリンがくすくす笑いながらキラーエイプを回収していく。


「ナインは依頼を天気の良し悪しで判断するよね。雨が降りそうな時は大抵酒場でぐでっとしてるの見かけるし」


 雨って本当にこの世界だと嫌いなんだよね、町の外の依頼なんて行こうものなら雨で音や視界が遮られるし濡れて行動も阻害される、雨の日が一番危険なんじゃないかって俺は思っている。


 三人が持ってきたキラーエイプを俺がアイテムボックスにぽんぽん放り込んで回収し、そろそろ町に帰ろうとしたときに雨がポツポツと降ってきた。


 間に合わなかったか、俺が空を見上げている少しの間に雨足はどんどん強くなってくる。


「雲の形や大きさからすると通り雨だな。近くに洞窟があるんだ。そこで少し雨宿りをしよう」


 ユリゲールの提案で俺たちは西の森にある洞窟に駆け込んだ。


 駆け込んだ洞窟は、というかただの横穴は奥行き十メートルほどですぐに行きどまりになってしまう。


 俺は入り口から少し入ったところでアイテムボックスから薪を取りだし火をつける、そして外套を脱いで上下の薄緑色のシャツとズボンを脱ぐとパンツ姿になり洋服を乾かす。


 サイモンとユリゲールもそれぞれ装備を外すと同じようにパンツ姿で洋服を乾かす、マリンはローブだけ脱いで座っているが、洋服が身体に張り付いているのが気持ち悪いのか、パンツ姿の男三人に囲まれているのが気まずいのかモジモジしている。


 焚火を囲みながら俺とマリンで月光草を取りに行ってガルムを倒して大儲けしたことや、ユリゲールとサイモンのパーティー『二つの剣』がEランクではかなり有名になっていて、そろそろDランクに昇格に挑戦できるかもしれないなど、雨が降る洞窟の中で俺達はまるで学生のように近況報告を話し合った。


「そう言えばナインさ、何でお前そんなダサい服着てるんだ?前に使ってた初心者Aセットはどうしたよ?」


 俺の装備、というかただの服しか装備がないのが気になったのかサイモンが聞いてくる。


「私も気になっていたところだ。ナインは強い。強い者は装備もそれなりの物をつける義務があると私は考えている。今のナインは村人にしか見えないぞ」


 ユリゲールも俺の装備、というか服に村人判定を下してくる。


 俺だってわかっているのだ、初心者Aセットが使いものにならなくなって何か探そうと思っているのだが中々気にいるものがないのだ、ちなみに薄緑色の上下の服は魔王城の囚人服的なものをそのまま使っていた。


「そこは突っ込んでほしくなかったな。俺の身長だと初心者Aセットぐらいしか使えるものがないんだよ、『万々歳』に行ったらまだ早いって言われてまた初心者Aセット押しつけられそうになったし……前のはボロボロにされて使いものにならなくなった。」


 初心者Aセットはもう何なのかわからない物体になっていたな、肩部分はどこかに吹っ飛んで、胸部分は斬られたときにどこかに千切れ飛んで、全体的にグズグズになって変形しちゃってた。


 俺の言葉に三人が驚愕の表情を浮かべる……俺なんかおかしいこと言ったかな?


「ボロボロにされたって……何と戦えばナインがボロボロになるの?高位冒険者とでも戦ったの?」


 マリンが心配するように聞いてくるが……魔王様と戦ったとは言えんよな、でも確か魔王様ってBランク冒険者じゃなかったっけ?


「うん、Bランク冒険者だって言ってた。それで初心者Aセットはボロボロ、ちょっと死にかけたよ」


「死にかけたって、そりゃBランクに喧嘩ふっかけりゃそうなるだろう」


 呆れた表情の三人。


「でも、ナインなら一撃ぐらいは入れてやったんだろう?」


 ユリゲールが急に真面目な顔して俺を見てくる、その言葉にサイモンもマリンも真剣な表情で俺を見てくる。


「それが、これからって時に横やり入れられて吹っ飛ばされちゃったんだよね、あの時は、ギリギリ届かなかったけど、次は……次があるなら確実に届かせるさ」


 あの時の一撃は届くはずの一撃だったはずだ、そうじゃなければロータスが邪魔してくるとは思えない、魔王様には届かなかったけどロータスの漆黒の鎧を微かに斬り裂いた感触は残っている。


 俺の表情が意識してないが相当真剣になっていたのだろう。


「くそっ!お前がそこまで言うなら盛っているわけじゃなさそうだ。絶対追いついてみせるからな」


 サイモンが悔しそうに俺に指を突き付けてくる、そこで俺やユリゲール、マリンも笑顔になってワイワイとたわいのない話を続ける。


 その時俺の索敵に魔物の気配が入ってくる。


「大型の魔物接近、急いで戦闘準備だ」


 俺が言うとマリンは服を着たままなので、すぐにローブを羽織り立ち上げると入り口付近から周囲を見渡す。


 男三人は服を急いで着るがユリゲールの金属鎧が足を引っ張っている。


 もうすぐそこまで来ている、間に合わないな。


「時間を稼ぎます」


 マリンはそう言うと雨の中を飛び出していく、俺も続いていくとハッグベアだ。


 Eランクの魔物で獲物を抱き潰すことからこの名前がついている。


「トランチェント・フォール」


 水属性の中級魔法か、マリンはどんどん強くなるな、Eランクで中級魔法使いこなせるなんてマリンしか知らないのだけど。


 マリンの魔法は雨を利用したのか、降っている雨が鋭い棘となってハッグベアに突き刺さっていく。


 ただ威力が低くハッグベアは悶えているが致命傷には至っていない。


「すまん、遅れた。ナインとマリンは下がっててくれ、俺とサイモンで片をつける」


 俺を追い越すようにユリゲールとサイモンがハッグベアに斬りかかる。


 パーティーを組んで連携を意識しているのか流れるように攻守を交代してハッグベアを追い詰めていく。


 これは俺の出番はないな、さっきの話で二人は相当気合が入っているようだ。


 俺は二人の邪魔にならないように少し離れて索敵で周囲を警戒しながらマリンの側で待機する。


 何かあった時のために俺とマリンが警戒しながらサイモンとユリゲールの戦いを見守る。


 ユリゲールは正統派の騎士のような戦い方で左手の盾でハッグベアの攻撃を捌き、右手の片手剣で少しづつダメージを与えていく。


 逆にサイモンは冒険者剣術とでも言おうか、剣と体の捌きで躱しながら、時折蹴りなどを使っている。


 みんな強くなってるな、やっぱゴブリン退治のあのギリギリの中の持久戦が良かったのかな、あれ精神的にも肉体的にもきつかったもんな。


 暫くするとサイモンの一撃が喉元に決まり、ハッグベアは崩れ落ちて動かなくなった。


「どうだ!Eランクの魔物程度なら楽勝だ、俺だってガンガン上に上がっていくからな」


 サイモンが得意げに剣を掲げだが悔しげな顔も見せる、俺がBランク冒険者と戦い届くかもしれないと、マリンがDランクの魔物と五分の戦いをしたのが先をいかれている様で悔しいのだろう。


「ああ、だが慢心は禁物だサイモン。私達は地力を上げつつ慎重に上がっていくべきだ」


 ユリゲールは嗜めるが、ちょっと悔しそうな表情を見せる。


 降り止まない雨の中、俺達四人はハッグベアを回収し、サイモンの気合のおかげでそのまま町まで帰ることになった。


 結局またびしょ濡れになってしまったけど、ギルド依頼キラーエイプの討伐、ハッグベアの買取で俺達は酒場で打ち上げを行った。

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