第8話ざわめく森8

 俺は薄暗い地下室から別荘の中に出た、家の中は真っ暗で何も見えない、真っ暗だ。


「ライティング」


 光属性の光源を作る魔法だ、俺が歩くと空中に浮かんだ光がふわふわと後をついてくる。


 別荘の自室として使っている部屋に入ると俺はベッドにダイブする。


 疲れた・・・大変だったんだ。


 リルに今日帰るというと、心配だから私も行くと言い出し、エヴァさんの説得も全く効果がなく、最終的には魔王様まで出てきた。


 リルはどうしても着いて行けないとわかると泣き出してしまったのだ。


 俺が帰るのを必死で引き留めようとするリルを宥めるのに時間がかかった。


 最終的には今日はリルが寝るまで一緒にいる事、すぐに会いにくる事を約束することで納得とういか何とか妥協してくれた。


 そして今日一日は絶対に俺から離れようとはしなかった、俺がトイレに行くのも泣きそうになりながらついてきたのはマジで困った。


 とりあえず人族の中では連れションという若者の文化がある事を教え、トイレに行く時は一緒に行って、出たら待ってて一緒に戻るということで納得してくれた。


 風呂も一緒に入って、寝るまで手を握ってあげていた、ただ中々寝なかったので帰ってきたのは・・・日本で言う夜中だ。


 日の出日の入りで生活するこの世界では、ほぼ明け方に近いと言ってもいい。


 エヴァさんが本気で困惑していたな。


 今までリルがここまでわがままを言うことはなかったそうだ、でも子供らしい一面を見れて喜んでもいたな。


 魔王様も今日は珍しく一日中俺たちを興味深そうに見ていた。


「よほど気にいられたと見える。ちゃんと責任はとってくれるんだろうな」


 なんてことをニヤニヤしながら言われてしまった。


 冗談だとは思うが、魔王様のあんな楽しそうな表情ははじめてみた。


 ベッドでゴロゴロしながら明日からのことを考える。


 周辺の地図は持った、もしもの各種ポーション類、治療用のエグジットポーションも大量にアイテムBOXに入れてある。


 お金はないが途中の村で弱い魔物か動物を狩って売れば町に入るお金ぐらいは手に入れることができるだろう。


 食料はほし肉などの携帯食料があるからいいとして、森を抜けるのにどれだけかかるかはわからない。


 魔王様はゆっくり飛んでその日のうちに町につくと言っていたが、どれだけスピード出しているのかは不明だ。


 予定としては夜が明ける直前に出発して全速力で中層を抜ける、できる限り中層で夜は過ごしたくない。


 魔物は夜になると活発になるので、暗殺者の衣があるから大丈夫だとは思うが過信せず慎重に行こう。


 魔物避けの結界魔法陣も作っておいたけど、中層の魔物には効果が薄かった。


 何度か使って効果を確かめてみたが魔物が魔物避けの結界があることを認識して逆に何かあると感じてるのか寄ってくるヤツもいたんだ。


 感知能力の高い魔物にはあまり効果がないのかもしれない。


 そして今の身体だと子供だからなのか眠気に極端に弱い、前世のころなら昼間仕事してオールでカラオケ余裕って感じだったんだけどな。



 俺が目を覚ましたのは昼を過ぎてからだった、久しぶりだなこんな時間に起きるのは。


 まだ半日あるし、時間を無駄にするのはもったいないから月の雫でも採取しに行くか。


 前から考えていたのだが、月の雫を根ごと採取して結界内に植えておこうと思ったのだ。


 世話をする気はさらさらないが、もしも育つようになればわざわざ下層を歩き回って探す必要もなくなるしな。


 そこそこの範囲で生えているといっても、群生地を見つけることができたわけじゃないから大量に欲しいって時に時間がかかる。


 俺はベッドから起き上がると装備を整え隠蔽結界から外に出る。


 フードを被りスキルの索敵を発動しながらゆっくりと歩いて行くと、十分ほどで下層辺りにたどり着く。


「ん?何だこれ?どう見ても戦闘の後というか、人の足跡みたいなのもあるし、剣でついた傷みたいなのがある・・・」


 下層に切り替わるところに少し開けたスペースがあるのだがその手前に戦闘跡と思われる傷があった。


「まさかの、誰かいるのか?」


 この周辺に誰かがいるならこの先の開けたところを拠点とするはずだ。


 俺はちょっとドキドキしながら気配を殺して進んでいく。


 開けた場所に出ると・・・確定だ、ここには人がきていた、やはりこの少し開けたスペースを拠点としていたのだろう。


 そこにはテントと焚き火の跡がある、ただし魔物に襲撃されてぐちゃぐちゃにされたのかかなり乱雑に散らばっていたが。


 まさか俺が魔王様のところに行っているときに誰かがこの森に来るとは・・・しくじったな、下層まで来れるのだからかなり強い人たちだと思うけど、大丈夫かな?


 索敵を使って周囲に魔物がいないことを確認しながら広場を見て周る。


 俺が魔王城に滞在していたのは、確か四日ほどで日付が変わって帰ってきたので五日目のはず、テントを調べてみるがいついたのかがわからない・・・。


 だが一つだけ手掛かりがあった、テントの陰に隠れるように魔物の死体が転がっていたのだ。


「ハンターウルフの死体か・・・厄介だな」


 ハンターウルフ。


 ハーレムウルフとも呼ばれている、オスが生まれる確率が低く一匹のオスを中心にメスが群れを作る。


 魔物としては単体ではCランクだが、群れの規模によってはBにランク付けされることもある。


 ハーレムウルフは個体としての意識より群れ全体で意識の共有ができると言われていて、一匹のオスの意のままに群れが動くかなり危険な魔物だ。


 キャンプで襲われて、足跡や戦闘跡が中層に続いているってことは中層に逃げた?


 ハーレムウルフの死体が一つ、魔物に食い荒らされていないことをみると襲撃されてからそこまで時間は経っていないのかもしれない。


 ハーレムウルフはかなり厄介な魔物なので俺も今までは戦いを避けてきた、一度集団で襲われると行動範囲をでるまで絶え間なく襲ってくるから逃げ切れないんだよな。


 中層に逃げたならまだ生きているかもしれない。


 俺は索敵を使いつつ、人が通ったと思われる場所を辿りながら中層に戻っていく。


 会ったらどうしよう。


 こんな森の中に子供が一人でいるなんて怪しいどころじゃないよな、なんて説明しよう、てか生存してるかどうかもわからないし。


 焦りとドキドキで思考が定まらず、良い人そうだったら話しかけてみてもいいかなって思った。


 少しすると索敵に反応があった。


 索敵範囲ギリギリのところで逃げ切れず戦闘が行われているみたいだ。


 俺は素早く音を立てずにこっそり近づいてみると、もう戦闘は終わっていて複数のハンターウルフの死体と、四人の男女が言い争っていた。


「だから!早く探しに行かないと夜になったらもうどうにもならないでしょ!」


「それはわかっているがこれ以上進むのは俺たちも危険なんだ!」


「回復薬もないしもうすぐ夕方になる、はっきり言ってこれ以上の戦闘は無理だ」


「まだ余力はあるでしょ!?」


「物資は夜の奇襲で失った。上層のキャンプに一度戻って体勢を立て直さないと水も食料もない。三日間の探索で体力も限界に来ているんだ」


「今から上層に戻ったらここに戻ってくるまでに往復四日はかかるでしょ!仲間を見捨てる気!?」


「見捨てたくはない!だが、カレンが逸れたのは下層だぞ!」


「わかったわ!もういい。私は一人でも探す」


 聞いてた限りだと仲間のカレンさんが下層の探索帰りに逸れて、下層直前でキャンプを張って探していたけど、ハンターウルフに襲撃されたってところか・・・かなり厳しいな。


 話しが終わったのか三人は上層の方へ歩いて行く。


 上層にあるキャンプに帰るのだろう、一人の女性はそれを睨んで動かない。


 三人を見送ると女性は踵を返し下層へと歩きだす。


 ちょっと危険だな・・・俺は離れたところへ移動すると、周りに魔物がいないのを確認してフードを外す。


 いかにも下層から来ましたよって感じでガサガサ音を立てながら彼女に近づいていく。


 俺に気がついたのか短剣を構えている彼女に声をかける。


「こんにちは。こんなところに一人は危険ですよ?」


「人族の・・・子供?・・・何でこんなところに・・・」


 俺を見た彼女は茫然とつぶやく。


「俺はこの近くに住んでまして。今から家に帰るところです。」


「は?そんなわけないでしょ!ここは深羅の森の中層で下層に近い部分なのよ。近くに村なんかないし、子供一人で出歩けるような場所じゃない!」


「中層に住んでいるんです。よければ寄っていきませんか?」


 何とか彼女を説得したいがどうなのだろう。


 早くしないと彼女の仲間のカレンさんが危険だ。


 彼女は何か考えると、たぶん藁にもすがる思いだったのだろう。


 俺の問いには答えず。


「皮鎧を着た女性冒険者を見なかった?髪の毛は金色で長い」


 ちなみにこの女性は黒髪でショートカットの探索者って感じだ。


 よしよし、いい感じだ、たぶんカレンさんて人が金髪の女性なんだろう。


 ここでアピールできれば早めに探しに行けるかもしれない。


「俺は下層からここまで歩いてるけど、見てないです。逸れたんですか?」


「そう・・・君は一人で下層に行けるの?」


「はい。俺はナイン言います。これのおかげで魔物に見つからず行動できるんですよ」


 俺は暗殺者の衣のフードを被って女性の前をウロウロする。


 素早く移動すると彼女の視線が俺に追いつかない、フードをとって見せると彼女は納得する。


「すごい性能ね。信用するわ。私はCランク冒険者のアンジェリカよ。相方が逸れてしまって大変なの。そのマントを貸してもらうってことはできないかしら?」


「アンジェリカさんですね。これは貸せませんが、同じ物があるので家に来てもらえれば、協力することができます」


「わかったわ。お願い。それと長いからアンジェでいいわ」


 よかった、これで助けに行ける。


 俺はアンジェさんとともに別荘に向かう。


 家の前に来るとアンジェさんは不審な顔をする。


「ここ?何もないけど・・・」


「隠蔽結界があるので普通は見えないんです。俺と手をつないでください」


 アンジェさんと手をつないで俺は隠蔽結界を進んでいく。


 五式の指輪を持っている人と一緒じゃないと入れないようになっているのだ。


結界を抜けると家が見える。


「すごい結界ね。全く感知できないし、まさか森の中にこんな家があるとは思わなかったわ」


 キョロキョロしながら周りを観察するアンジェさん。


「気をつけてくださいね。俺と一緒じゃないと一度出たら入ってこれなくなりますから。ちょっと待っててください」


 俺はアンジェさんを残して、家の中に入る。


 倉庫から予備の暗殺者の衣とポーションを何本か持ってアンジェさんに渡す。


「これを使ってください。準備ができたら行きましょう」


「ありがとう助かるわ。でもナイン君も行くの?危険よ?」


 ポーションを飲みながらアンジェさんが戸惑う。


「俺は索敵が使えますから。いくら衣を装備してもある程度は魔物から離れてないと危険だと思いますし、それに俺がいないとここまで帰ってこれなくなるでしょ?」


「わかったわ。ナイン君の方が森には詳しいし力を借りるわ。よろしくお願いします」


 こうして俺たちはカレンさんを探しに夕闇が迫る下層に出発していった。

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