第7話ざわめく森7

 風呂でのぼせてお叱りを受けた翌日、とうとう魔王様から呼び出された、五式の指輪が完成したのだろう。


 リルと一緒に風呂に入った事の説教とかじゃないよな?俺は悪くない。


 今日はエヴァさんじゃなく、いつものメイドさんに連れられて魔王城を上がっていく。


 今日は謁見の間ではなく魔王様の私室だそうだ。


 トントントン


「魔王様。ナイン様をお連れしました。」


「入れ」


「失礼します」


 魔王様の私室は執務室も兼ねているようだ。


 奥に扉はあるがこの部屋には執務をする机、ソファー、テーブル、両サイドに本棚と昔入った事のある校長室に似ている。


「座って少し待っていてくれ」


 ソファーに座りメイドさんの入れてくれたお茶を飲む・・・紅茶みたいな味がする、見た目は・・・緑色だ。


 書類が片付いたのか魔王様が反対側のソファーに座る。


「待たせたな。これが出来上がった指輪だ。」


 コトリ、とテーブルの上に五式の指輪が置かれる、見た目は全く変わっていないな。


「ありがとうございます。それでどんな機能が追加されているのでしょうか?」


「街に行くと言っていただろう?今のお前では一度街に行くとそう簡単には深羅の森に帰ってくることはできん。そこでだ。転移魔法陣を作る機能を追加した」


 五式の指輪には元々4つの魔法陣が入っていた。


 『魔力同調魔法陣』陣魔王様が作った魔法陣や結界のキーとなる魔法陣。これのおかげで別荘の隠蔽結界を潜れるし、地下の転移魔法陣も使える。


 『空間拡張魔法陣』簡単に言うとアイテムボックス。ただ使用者の魔力によって広さが変わるので魔力回路が安定してない俺が使うのは危険なので使っていない。


 『座標記録魔法陣』ここに登録されている座標は何処にいても方向が分かる。今は別荘が登録されている。これのおかげで外に出ても迷わず別荘に帰ることができる。


 『空間転移魔法陣』魔力を流すことによって特定のポイントへ転移できる。現在転移ポイントが存在せず使用できない。


 この四つだ。

 そして死んでいた『空間転移魔法陣』が『空間転移魔法陣・改』になったことにより何処かに転移魔法陣を作ることができ、別荘にも作っておけばその二ヶ所を瞬時に往復できる。


 まぁ魔法陣を作る場所は考えないといけないがこれはかなり便利だ。


 ちなみに最後の一つは『六色魔法陣・未完成』が入っている。


 これを使うことによって六つの属性を同時に放つことができる「ヴェリアスレイ」を使える。


「これはかなり便利ですね。助かります」


「既存の魔法陣を壊さず書き換えるのに手間取ってしまってな。」


 俺は・・・今まで聞きたくても聞けなかったことを聞いてみることにした。


「・・・魔王様は、何故ここまで俺に良くしてくれるのでしょうか?俺は人族ですし、ほとんど操り人形みたいだったとはいえ魔族領に攻め込んできた人族です。どう考えても良くしてもらえる理由がわかりません。」


 今まで考えないようにしていた疑問を口にする。


 俺は兵士という立場に近い、攻め込んだ時点で非戦闘員ではないのだ。


 それなのに命を救われ、前世の記憶が戻った事で混乱する俺に住む場所を与え、長期的な「過魔素吸収症」の治療ができる環境も与えられた。


 日本人の感覚としても親切が過ぎるように思う。


 考え込むように魔王様は目を閉じ、その美しい顔を俺は見つめ、少しの沈黙の後、魔王様は話し出す。


「気まぐれ、と言ってもいいかもしれん。そこから保険を一つでも多くと言ったところか」


 気まぐれか、そこは何となくわかる。


 連れ帰って治療した事だろう、ただ保険というのがわからない、俺は黙って魔王様の言葉を待つ。


「ただの気まぐれ、死にかけていたからな。ただお前には前世の記憶があった。これがどういうことかわかるか?転移と転生の違いはあれど、同じなんだよ、勇者と。ある意味、帝国の人工勇者計画は成功したと言っていい。」


 今ならわかる、勇者は日本人だ。


 偶然が重なり前世の記憶が戻った転生者の俺、魔王の対となる存在として英雄召喚された転移者の勇者。


「世界の壁を超えてきたといっていいお前と勇者。今までの長い歴史の中で転生者というのは確認されておらん。お前はイレギャラーなのだ。」


 世界の壁か・・・俺は魂の使いまわし的なものだと思っていたのだが、そしてイレギュラーか・・・勇者との違いは強さと、ユニークスキルの有無。


「それはわかりました。ただ俺は勇者ほど強くはないし、ユニークスキルも持っていません。実際勇者と戦ったことがありますが手も足も出ませんでしたよ。前世の記憶があるって部分は召喚か生まれ変わりかってことで納得できますが、やっぱり俺は勇者の劣化版にしか思えません」


 正直な気持ちを口にする。


 勇者の劣化版として自分を貶める気はないけど、勇者と同じといわれるとプレッシャーがハンパない。


「気が付いておらぬようだが、お前は強い。人外といっても過言ではないほどにな。勇者に手も足も出なかったのは前の状態が身体がボロボロで、所謂瀕死に近い状態だったことと、ユニークスキルの差が大きい。前よりも体の調子がいいのはわかっているだろ?」


「確かに調子はいいですけど・・・」


 まぁ魔王様が言うなら俺はそこそこ強いのだろう。


 今はどうにもできないので心に留めておくってことで。


「保険というのは・・・勇者的な俺と敵対しないように仲良くしておこうってことでしょうか?でもそれなら助けず殺しておけば良かったのでは?あの時の俺なら抵抗しなかったですし」


 助けられて記憶が戻った時には混乱と絶望してたからな、喜んで死のうとしていただろう。


「それも考えたのだがな。だがリルのことがある。この世界には魔王一人に勇者が一人存在する。『絶対回避』の勇者みたいに殺してしまえば数も変わるがな」


「じゃあ俺がリルと対になる勇者だと?ならやっぱり殺しておいたほうが安心できたのでは?」


「違う。リルの対になるのはこの前に勇者だ。私の対になる勇者は存在している。だからお前はイレギュラーなんだ。」


 そういうことか・・・魔王一人に勇者一人のはずが何故かリルが生まれ魔王が二人になった、たぶんそれを世界が修正するために英雄召喚ができるようになった。


 んで、勇者に匹敵する力を持つがユニークスキルはない、召喚されたわけでもない、けど勇者と同じ世界の前世の記憶を持つ俺は何なんだってことか。


 それに・・・魔王様の対になる勇者が存在しているって・・・生きてるの?


「魔王様と対になる勇者は生きているのですか?」


「ああ、生きている。敵対しているわけではないからな。・・・世界に今までと違うことが起きている。だから保険としてお前を生かした。敵対する意思もなさそうだし・・・リルが何故かお前に懐いたってこともあるがな」


 確かに敵対する意思はないな、何か話せば話すほど不安になってくるな。


「まだリルは保護下に置いたままだが、お前と会うのを楽しみにしている節がある。たまに遊んでやってくれ」


 魔王とは言えお母さんだな。


「わかりました。指輪のおかげで深羅の森にはすぐに帰ってこれますしね」


「以上だ。他に何かあるか?」


「いえ、聞きたいことは聞けましたし、これ以上聞いても混乱するだけだと思うので大丈夫です」


「森にはいつごろ帰る予定だ?」


「明日、帰ろうかと思います」


 そう言うと俺は魔王様の私室を後にした。


 廊下には誰もいなかった、勝手に歩いて大丈夫だろうか?


 今更、魔王様のところに戻ってメイドさんを呼んでもらうのも気まずいのでそのまま歩き続ける、部屋の場所はわかっている。


 ゆっくりと歩きながら考える、イレギュラーってことは例外ってことだよな。


 でもイレギュラーだったからといって何かあるとは限らない、だから保険なのか。


 魔王と勇者の関係上、世界が何かしらの意思みたいなものがあることは理解していたが、何かあった時に今の俺だと全く対処できない気がする。


 魔王様は俺が強いと言っていたが、それは『過魔素吸収症』が完治した状態であればってことだと思うし、ただ完治してもユニークスキル持ちとはまともに勝負になるとは思えないんだよな。


「ここにいたのね、ナイン!」


 廊下の向こうからリルが走ってやってくる。


「どうしたの?今日は勉強でしょ?」


「あのね、エヴァがお菓子を作ってくれたの。一緒に食べようと思って。」


 それで探してくれていたのか、本当にいい子だな。


 リルはたぶん俺より強い、だけど何かあったとき力になれるように俺もちょっとがんばろうかな。


「ありがとう。じゃあ一緒にご馳走になろうかな」


 リルは笑顔の可愛い本当にいい子だ・・・魔王って勇者って何なんだろう?


 戦争なら人族同士でもあるだろうし、何で魔王や勇者なんてゲームみたいな設定で戦う必要があるんだ?


 俺とリルは手を繋いで廊下を歩く、明日帰るからな、それまではいっぱい遊んであげよう。


 リルの部屋に着くと中から甘い匂いがした、甘味なんて全然食べてなかったな。


 スマホ弄りながらお菓子を貪り食っていたのを思い出す。


 部屋に入るとエヴァさんがいて、ケーキがテーブルの上に置かれていた。


 俺たちは仲良くケーキに舌鼓をうってその日は過ごした。

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