第6話ざわめく森6
クリスさんは茶色い目、茶髪で肩まである髪を一つに纏めている二十才ぐらいに見えるサキュバスの女性だ。
目つきはちょっと鋭い、体型は普通って感じかな。
「失礼した。手元が狂ってしまってね。もし良ければちょっと相手をしてもらえないか?」
敵意はなさそうだけど、一切目を逸らさないし興味本位って感じなのかな?
「ちょっとクリス。勝手な事を言わないで!・・・ナイン様どうしますか?」
エヴァさん怒ってる、魔王様の客に不意打ちで攻撃してきたんだからそりゃそうか。
でもちょっとは動きたい気分だったからちょうどいいかも。
「わかりました。お邪魔じゃなければ少しだけ・・・」
「よし、話が早くていいな。」
俺が言い終わらないうちにクリスさんはにっこり笑うと、俺の脇から手を入れて抱き上げて飛んだ。
ちょっ・・・子供だけどっ!
そのまま訓練場まで連れて行かれるとみんな訓練をやめて思い思いの場所でこちらを見ている。
何これ、さすがに子供をみんなでボッコボコにしないよね?
「じゃあ模擬戦だ。魔王様のお気に入りだそうだから少しはやれるんだろ?ルールはどうする?」
「では、何でもありで。武器は俺は剣を使います」
「いい度胸だな、気に入った。」
クリスさんは楽しそうに笑うと模擬戦用の剣を用意してくれた。
「ナイン様。腰の剣をお預かりします」
いつの間にか隣に来ていたエヴァさんに雷鳴の剣を預けて、模擬剣を振ってみる。
ちょうどいい物を選んでくれたみたいで違和感はほぼない。
エヴァさんが少し離れ、周りにいるサキュバスさんたちも観戦モードに入る。
「人族のナインです。よろしくお願いします。」
「サキュバスのクリスだ。短剣を使う。」
挨拶が終わるとエヴァさんが少し前に出てくる。
「では、ルールは特になし。致命傷は負わせない事。気絶、降参、私の判断で終了になります。それでは構えて・・・はじめ!」
「ファイアランス」
「ダークウェイブ」
開始直後にお互い同時に魔法を放つ、ダークウェイブは闇属性の中級魔法だ。
効果範囲が広く波のような闇が広がりながら襲ってくる。
当たると体に纏わり付いて動きを阻害するので中々厄介な魔法だがダメージ自体はない。
俺はファイアランスでダークウェイブのど真ん中に穴をあけ、開けた穴を通って飛び出し魔法を避けたクリスさんに斬りかかる。
さすが精鋭と言ったところか、俺の斬撃を短剣で受け流し踏み込んで格闘戦を仕掛けてくる。
「シールド」
踏み込んできたクリスさんをシールドで一瞬遅らせるとバックステップしながら剣を横薙ぎに振るう。
剣を受け流しながら更に踏み込んでくるクリスさんの蹴りを膝で受け止め後方に大きく離れる。
「シャドウニードル」
十本の黒い針が着地した俺に襲いかかってくる。
この剣じゃ叩き落とせないので左に回避、ギリギリ当たりそうな針だけシールドで逸らしていく。
俺が回避した場所にはクリスさんが飛んで間合いを詰めてくる、これは早いな。
クリスさんの短剣術はかなりのもので、実戦経験も豊富なのだろう、常に自分の間合いを保ち俺の剣の間合いにできない。
俺は時空魔法のシールド模擬剣を駆使して何とか凌ぐが反撃の糸口が見つけられない。
下がったらどんどん追い詰められる、前に出なきゃダメだ。
俺の中で意識が切り替わる。
突っ込んできたクリスさんの短剣を剣で受け止め、るフリをして受けた瞬間に剣を離し回避と同時に懐に飛び込む。
肘打ちを狙うがギリギリガードされた。
そこで勢いが止まった俺は後ろに飛びのきつつ魔法を放つ。
「エアロボム」
風属性の魔法で速度が早く着弾したところに風邪を巻き起こす、牽制にしか使えないが一瞬動きを止めるには有効だ。
エアロボムで一瞬クリスさんの動きを止め、俺はその間に弾かれて転がっている模擬剣を拾い構える。
「やるじゃない。近接をしながら魔力コントロールができてるし判断も悪くない。本当に人族の子供なの?」
「ありがとうございます。でもこれからですよ。もうちょい手加減してもらえるもんだと思って油断してました。」
同時に地を蹴り飛び込む、俺の斬撃をクリスさんは受け流し格闘戦を仕掛けてくる。
離れれば魔法を使われて即座に距離を詰められ、近づくと短剣術から格闘の間合いに持ってかれる。
俺は手足の長さで負けているのでもっと懐に入るか剣のリーチを活かして戦うしかないのだがそれはさせてもらえない。
さっきみたいな不意打ちは効かないだろうし正直どうにもならん、経験の差がでている。
中級魔法が使えればいいのだが、今の俺は単発の初級魔法しか使えない。
何とか間合いが離れたタイミングで、模擬剣に魔力を軽く流してみる。
ぶっ壊れないか心配だったが何とかなりそうだ。
ただ魔力の通りも悪いし、模擬剣だから長くは保たないだろう。
俺は全力で駆け出すと剣の間合いに入る前に剣がギリギリ壊れない程度に魔力を込めてぶん投げそのまま突っ込んでいく。
飛んでくる剣をクリスさんは短剣で弾き飛ばした瞬間、剣が耐えきれずに爆散した。
「クッ・・・」
破片で一瞬動きを止めたクリスさんの懐に俺が入り込む、ここからは俺の間合いだ。
懐に入り込むと魔法を放つ。
「エアロボム」
クリスさんのガードしようとした腕を弾き飛ばし体勢を崩させる、と同時に蹴り上げがくる。
それをギリギリで躱した俺は鳩尾に全力の掌底を叩き込む。
クリスさんが身を捻って躱そうとするがもう関係ない、若干位置がズレたがクリスさんは俺の全力の掌底の直撃を受けて吹っ飛んでいく。
「ぐっ・・・」
手の感覚的にあばらの骨が何本か逝ってると思う、さすがにこれ以上は無理だろう、もう俺も剣もないし戦えん。
「そこまで!」
エヴァさんのストップが入る・・・何とか勝てたようだ、いい経験にはなったが疲れた。
サキュバスさん達がポーションを持ってクリスさんのところへ集まってくる。
その間俺はボーッとしてたのだが・・・なんか俺が悪いことしたみたいな錯覚に陥って罪悪感が湧いてくる。
だってしょうがないじゃん。
もっと軽めの模擬戦かと思ったら気を抜くとボコボコにされそうだったし、俺だって殴る蹴る短剣を全て躱したわけじゃないから結構ダメージあるんだし。
そんな感じでオロオロしてるとエヴァさんがやってくる。
「お疲れ様でした。ナイン様はお強いですね。クリスはこの部隊での有望株でかなり腕の立つ方なのですよ」
「ありがとうございます。でも実際のところ押されっぱなしで最後の攻撃が不発だったら負けていました。」
俺の攻撃はほぼクリスさんには当たっていない、俺の攻撃は不意打ちだけ。
常に主導権を握られて巻き返すことができなかった。
回復したクリスさんが近づいてくる、何を言われるかとドキドキしていると。
「模擬戦に付き合ってくれてありがとう。勉強になったよ。人族というのはこれほどまでに強いのか?」
「こちらこそ勉強させてもらってありがとうございます。自分の経験不足を実感しました。ただ人族がどれぐらい強いのかは俺にはちょっとわかりません。」
俺はちょっと特殊だからな、参考にはならないだろう。
逆に俺はとても参考になった。
精鋭とはいえ偵察などの任務が主なサキュバスでさえこれだけ強いのだ。
他の部隊はもっと強いのだろう、俺たちは笑い合うと握手をした。
「じゃあ俺はそろそろ戻らせていただきますね。リルも帰ってくる頃だろうし。」
そう言って俺とエヴァさんは訓練所を後にした。
部屋に戻った俺はエヴァさんに風呂に入るように勧められた。
この城には風呂があるのだ、そして俺の部屋は風呂付き!
身体を洗い、湯船に使ってリラックス。
目を瞑り模擬戦を思い出す、あれは勝ったとはいえない内容だった。
たまたま運が良かった、その程度の認識だ。
何故、深羅の森ではBランクと戦えたのか?それは知能の低いモンスターで、装備の強さがあったから。
何度も何度もクリスさんとの戦いをシミュレートする。
経験の差は簡単には覆せない、ネックになったのが初級魔法しか使えないという俺自身の制限。
単発の初級魔法じゃ限界がある、クリスさんレベルになるとまともに当たる気がしない。
これからは初級魔法に応用が効くように考えないといけない。
「ただいま〜。ナインいないの?」
考え事をしているとリルの声が聞こえてくる。
「お帰り!今風呂に入ってるよ!」
「じゃあ私も入る!」
は?ゴソゴソと脱衣所から音が聞こえてくると、俺が止める間もなく全裸のリルが入ってきた。
見てしまったが・・・つるぺただ・・・全然楽しくない・・・。
「ちょっ!?さすがに二人で入るのは拙いでしょ!」
「大丈夫大丈夫。」
何が大丈夫なのか知らないが・・・
俺が焦りとガッカリ感の間で何ともいえない気持ちになっているとリルが身体を洗い出す。
「森に入って歩き回ったから疲れちゃったよ。でも楽しかった!ナインも来れば良かったのに。今日は何してたの?」
いや、そもそも誘われてすらないんだけどな、まあ誘われても行かなかったけど。
「俺はエヴァさんと一緒に訓練所に行ってきたよ。クリスさんて人と模擬戦させてもらって勉強になった。」
「へぇ〜、クリス強かったでしょ?どっちが勝ったの?」
ざぶんとリルが湯船に入ってくる、なるべく見ないようにしないとな、俺はロリコンジャナイ。
「何とか勝てたよ。ただ内容的にはボロ負けって感じだった。」
「勝ったの!?凄いよ。エヴァが前に言ってたけどクリスは第三部隊のエースだって。」
マジかよ・・・通りで見学してた時の予想を上回る強さだと思った。
俺達は今日一日の出来事を風呂で話し合った。
そして二人してのぼせてダウンしてエヴァさんからお叱りをうけたのだった・・・
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