第5話ざわめく森5
魔王城に滞在して三日がたった、ん~そろそろ指輪できてないかな。
初日の謁見の間で話したきり魔王様には会っていない、そうそう簡単に会いに行けるもんではないので、エヴァさんなどのメイドさんが教えてくれるまで待つつもりだ。
特に急ぐ予定ってのはないけど、暇なんだよな。
俺はベッドでゴロゴロしながら今日は何をしようか考えている。
今はリルの実習の時間ってことで魔王城から出て近くの森に行ってしまった。
俺も二日目に参加させてもらったが、次期魔王というだけあってリルの魔力量や身体能力はものすごく高い。
ユニークスキルも持っているらしいがそれは秘密だそうだ。
まぁ簡単に公開してしまうと対策されて命にかかわるからな。
魔王様に瞬殺された勇者のように・・・勇者さんは俺には絶対に攻撃が当たらないと豪語していたそうだからな。
プロパガンダ的な意味でそれを各国に周知して士気を上げる、絶対的な勇者がいることで同盟に参加するとメリットを示す意味もあっただろう。
魔王様が瞬殺できたのはそこら辺の情報が洩れていたというのもあるだろう、ていうか情報があろうとなかろうと勇者が突破できない結界に閉じ込めて魔法ぶっぱはみんな死ぬな。
魔王様はよくアース大陸に遊びに行ってたらしいし、サキュバスさんたちは人族に擬態できるから情報収集のために各国にいるみたいだし。
さて、俺はこれからどうしようか。
リルは実習ということで近くの森に行って魔物を狩っているからいつ帰ってくるかはわからない。
下手に一人で出歩いてロータスレベルの人にエンカウントすると俺が死ぬ。
この部屋だけが安全地帯なのだ。
メイドさんを呼ぶにも目的地が決まってないので何かこう呼びにくいんだよな・・・。
「う~ん、訓練場とか使わせてもらえないかな。」
今の俺はちょっと訓練がしたい。
森でも思っていたことだが、今の俺は精神的に弱いと思う。
素の身体能力だけなら覚醒前を上回っているはずなんだが、平和な日本で暮らしていた記憶に精神が引っ張られているのか危機感が薄く、身体能力を十全に発揮できていない気がするのだ。
もちろん森の中での行動など準備、意識しているときはいいのだけど、初日のロータスにあった時のような気の抜き方はいただけない。
覚醒前の俺なら魔王城という危険地帯にいるって認識は常に持っていたはずで、殺気が来ると同時ぐらいにはロータスの存在に気がつけたはずだ。
チリンチリン~・・・
良い音がするコール・ベルを鳴らす、風鈴みたいな音だな。
トントン
「ナイン様御用でしょうか?」
すぐに部屋の前にメイドさんがきて声をかけられるが・・・あれ?この声はエヴァさんでは。
「どうぞ、入ってください」
扉をあけてやっぱりエヴァさんが入ってくる。
「おはようございます、エヴァさん。昨日までのメイドさんじゃないんですね?」
「おはようございますナイン様。彼女は今日は休みですのでリル様が帰ってくるまでは私がナイン様のメイドとしてお世話させていただきます。」
エヴァさんなら頼みやすい、次期魔王のリルのメイドってことは地位も高そうだし何とかしてくれるだろう。
「お願いがあるのですが・・・訓練場などを使わせてもらうことはできますか?隅っこの方だけでもいいですし、使用中なら見学だけでも良いので・・・」
「かしこまりました。ただ今、魔王軍第三部隊が使用しているので・・・行ってみないとわかりかねますが・・・」
「ありがとうございます。見学だけでも全然大丈夫ですので。」
「では準備ができましたら訓練場にご案内いたします」
魔王軍第三部隊か、どれぐらい強いのだろう?めちゃくちゃ興味がある。
魔王軍と名がついているってことは奇襲後に魔王様と共に現れた精鋭部隊だと思う。
何があるかわからないのでしっかりと装備を整える、暗殺者の衣、雷鳴の剣、よし大丈夫。
準備が終わるとエヴァさんの後について移動する、昨日みたいな気の抜き方はしない、いつでも戦えるように気を引き締めておく。
俺たちは一度城を出て、すぐ見えるところにローマのコロッセオを思わせる巨大な建築物があった、これが訓練場だろう。
訓練場に入り通路を抜けていくとそこは観客席、眼下に広がっているのは野球場並みの広さの闘技場となっていてそこで訓練する50人ほどの女性たち?
遠いのではっきりとはわからないが、たぶんここで訓練しているのはほとんど女性じゃないだろうか?
「エヴァさん。全員女性に見えるのですが・・・女性だけの部隊なのですか?」
「はい。第三部隊はサキュバスだけの部隊になります。主に偵察、索敵、潜入などを得意とする精鋭部隊です。ここで訓練している者の多くが城でメイドも兼ねています。私も有事の際はこの部隊の一員として戦闘に参加いたします。」
訓練もちょっと変わっているというか、いやどちらかというと普通といったほうがいいのか。
全員人族と変わらない状態、わかりやすく言うと角、翼、尻尾を隠した状態で、平民が着ているような服装で格闘している、なんでだ?
俺が不思議そうに見ていることに気がついたのだろう、エヴァさんが教えてくれる。
「今日の訓練は人族に擬態した状態での魔法を使わない格闘術の訓練ですね。潜入なども任務に含まれますので人族に襲われた場合、魔族だと正体がばれずに逃走、対処できるようにするためです。正体がばれてしまったら任務の続行は難しくなりますから。」
そういうことか、町中で魔族だとばれた状態で襲ってきた連中が逃走でもしたら、町娘に抵抗されたってのとは比べ物にならないレベルで町中で警戒されるからな。
それにしても強いな、格闘術だけなら一般的な人族のCランク冒険者ぐらいはあるのではないだろうか。
そこら辺の強盗や盗賊まがいの連中ではまず勝てないと思う。
「ナイン様も参加されますか?」
「いえ。たぶん全然話にならないぐらいボコボコにされそうなので遠慮しておきます。」
「そのようなことはないと思いますが・・・」
まあ確かに強いけど・・・まだ俺の方が強いんじゃないかと思う。
サキュバスの単純な膂力は人族とそう変わらない。
俺の肉体は十才の子供とは言え中身は一般的な社会人だったのだ、訓練とはいえ何の恨みもない女性をぶん殴るなんてこと自体がハードルが高い。
この世界では男女に強さの差は存在しない、魔力が肉体に影響を及ぼすので同じだけ鍛えれば同じように強くなるのだ。
そこに男女の差はなく個人としての差しかない。
「俺はこのまま見学していてもいいでしょうか?」
「はい。大丈夫です。」
俺はそのまま観戦席に座るとぼーっと眺める、ここは空も見えるし外なのでとても気分がいい、このまま日向ぼっこしてても良いぐらいだ。
エヴァさんも隣に座って訓練を見ている、たぶんもしもの時のために傍にいてくれているのだろう、メイドの仕事はないのかな?俺が邪魔しちゃっているとかないよな。
それにしても、このコロッセオもどきは何かのイベントに使われたりするのかな。
今座っているところは一般観客席だが、上の方や観客席の中央部分にはVIP用なのか広いスペースが設けられている。
「この訓練場は訓練以外でも使うのですか?」
「主に訓練でしか使われませんが、稀に軍団長を決める決闘やそのお披露目の式典などはここで行われます。」
軍団長を決める決闘なんてものがあるのか・・・さすが魔族、力というのは求められるんだな。
確か人族だと力よりも指揮能力の高さ、ぶっちゃけると貴族のコネって言ってたな。
雑談しつつ今まで聞けなかったことを聞いてみる。
「答えられる範囲でかまわないのですが・・・・ロータスさんというのはどんな人なのですか?」
「ロータス様ですか?そういえばロータス様とお会いしたのですよね?」
「はい。いきなり殺気を向けられて死ぬかと思いました。」
エヴァさんがクスクスと笑う。
可愛いのだけど・・・こっちは笑い事じゃすまない経験だったんだよ。
今思いだしても肝が冷える。
「ロータス様は15年ほど前に一般兵士からその強さで一気に精鋭部隊に入り、魔王様の目にとまって魔王様直属の唯一人の側近と言われております。」
「幹部とは違うのですか?」
「幹部といえば幹部といえるのでしょうが、基本的には魔王様の近衛騎士というところですね。」
「まぁあの強さならそれも納得できます。俺では推し量ることができないような、いうなれば魔王様や勇者に匹敵するような異質な感じがしました。」
俺はちょっと探りを入れてみる。
俺の中では、魔王や勇者に類する存在なのではないかと思ったのだ。
「ロータス様に関してはわからないことのほうが多いのです。誰もフルプレートの下の顔を見たことがありません。滅亡した魔族の生き残りではないかなど噂程度のことしかわからないのです。」
ダメか・・・たぶん魔王様なら何か知っているのだろう、俺が聞いて答えてくれるようなものではないのだろうが、ただ何か対策は考えておきたい。
戦い方も聞いてみたけど、剣と魔法のレベルが高いってことしかわからないそうだ。
逆に言うとそれで十分戦えてしまうほどの強者と考えておこう。
何かユニークスキルを持っていると考えておいた方がいい、そして種族特有の能力もあるだろう。
「それにしても・・・ナイン様はここでおしゃべりしているだけでいいのでしょうか?訓練がしたかったのですよね?」
「できるならしたかったというか、部屋に閉じこもっているのも嫌だったというかそんな感じなので、特にこれがしたいって言うわけではないんです。外に出て話したり訓練を見学さてもらっているだけで楽しいですから」
さて、話し込んでいるうちに訓練内容は変わっていた。
今度は魔法や武器を使っての実戦訓練だ、サキュバスたちは元の姿となり、空を飛んだりしながら魔法で牽制、攻撃、近づいて攻撃。
有翼種ならではの空中戦など多彩な戦い方を繰り広げる。
俺も魔法で空を飛べないかな・・・なんて考えながら見ていると、魔法が飛んできた。
わざとこっちに向けて撃ってきたように見える。
スッとエヴァさんが俺との斜線上に入ってこようとする、俺はそれを制して・・・。
「大丈夫ですよ、シールド」
防御用の時空魔法を使って攻撃を逸らす。
シールドは強度はそれほどないが角度をつけて逸らしてあげれば十分防御として役に立つし、回避するまでの一瞬の時間を稼ぐこともできる優秀な魔法だ。
逸れた攻撃は斜め上に向かって観客席の上段部分に着弾した。
ほとんど跡が残ってないから威力は最小限のものだったんだろう。
一人のサキュバスさんがこちらに向かって飛んでくる。
これは絡まれているのかな。
俺の目の前で滞空するサキュバスさん、すぐにエヴァさんが問い詰める。
「どういうつもりですかクリス?この方は魔王様のお客様ですよ!」
クリスさんは俺を見つめながら視線を外さなかった。
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