第3話ざわめく森3

 どれぐらい時間がたっただろうか、俺はものすごくリラックスしていた。


 ここは魔王城にある地下牢だ、四方を石壁で囲まれた空間、出入りできるのは鉄製の武骨な扉のみ。


 人工勇者の試験体として生活していたときに使っていた俺の部屋にそっくりなのだ。


 ベッドがあってイスとテーブル、ここにないのは勉強用の魔法書だけだ・・・あっ、あと鍵の有無も。


 いや、逆に魔王城の牢屋とそっくりな空間が自室だったことに軽くショックを受けるが、それもまた風情がある・・・と思う。


「子供、出ていいぞ」


 ガチャリと扉が開き、先ほど見たようなフルプレートの魔族さんが声をかけてくる。


「俺の容疑は晴れたと思っていいのでしょうか?」


「ああ。魔王様がお呼びだ。装備はそこの籠に入っている」


 牢屋を出てすぐに籠が置いてあり俺の荷物が入っている。


 無くなっているものはないな、異世界テンプレだと半分ぐらいお金を抜かれていると思うんだけど・・・まぁお金持ってないからな俺は。


「案内しよう。迷子にならないようについてこい。」


 そういうとフルプレートさんは歩いて行く、見失わないように俺は後ろをついていく。


 牢屋を出て会話もなく延々と歩き城の上へ上へと昇っていくと、長い廊下の先に装飾が施された大きな扉が見えてくる。


「俺はここまでだ。これ以上先は幹部以外は立ち入ることができん。少し待っていればメイドが案内してくれるだろう」


「ありがとうございます。ここでメイドさんが来るまでおとなしく待っています。」


 信用されているのかわからないがそのままフルプレートさんは回れ右して歩いて去っていく・・・えっ?ここで一人で待つの?


 なんてことを思っていると音を立てて大きな扉が開き、小さい影が飛び出して俺の目の前でピタッと止まる。


「久しぶりナイン!病気は治ったの?」


「久しぶりだね。まだ治ってないんだけど魔王様に教えてほしいことがあってきたんだ。リルは元気にしてた?」


 大きな瞳を輝かせながらそう俺に声をかけてきたのがリル。


 赤いドレスを纏い、燃えるような赤い髪に赤い目、頭に小さな角を二つ持つ美少女だ、年齢は十一才の女の子で俺の一つ上、身長もちょっとだけ彼女の方が高い。


 彼女は魔族の中でも魔王種と言われている種族でそのまま次期魔王の一人ということになる。


 彼女が世界に認知されたことで英雄召喚が可能になったんじゃないかと言われている。


 歴史的に見ても世界に魔王は一人だけの存在とされていて、魔王が存在している限り魔王種は生まれないとされていたが、ここでイレギュラーが発生した。


 リルという魔王種が生まれたのだ。


 リルは魔王様の直接の娘で父親は不明、魔王様以外は誰も知らないということだ。


 魔王種は女性しか生まれず魔王様も女性だ、年齢はわからないがかなりの長寿らしい。


 正直俺はこの子のことを何も知らない。


 覚醒した後にいろいろ話しかけられた気がするが、心が折れていて何を話したかも何を話されたかも覚えていない。


 いろいろ気にかけてくれたのはわかっていたけど・・・。


「うん。私は元気にしてたけど・・・城から出れなくてつまらない。お母様と話が終わったら遊ぼうよ!」


「わかった。話が終わったらね」


「本当!?じゃあおとなしく待ってるから早く終わらせてね」


 俺の手を取ってニコニコしながら扉をくぐってずんずん歩いていく・・・あれ?メイドさんは?


「ちょっと待って。メイドさんが来てくれるはずなんだけど」


「メイドさんは来ないよ?ナインが来たっていうから私が変わりに迎えに来たの。」


 それならいいか、リルが一緒なら問題ないだろうし。


 俺たちはこの二か月何をしていただの話をしながら謁見の間にたどり着いた。


 リルが謁見の間の扉を開けると広く豪華な部屋が広がっている。


 見覚えがある、ここで覚醒した俺は初めてリルと魔王様に会ったのだ。


 周囲を見ていた視線を真っ直ぐ前に向けると、いかにもな玉座って感じのイスに一人の女性が座っている。


「お母さん!連れてきたよ」


「ありがとうリル。久しいなナイン。数か月ぶりじゃないか。体調はどうだ?」


 凛とした優し気な声で問いかけられる、魔王様だ。


 リルと同じ赤髪、赤目、髪の毛は腰のあたりまでの長さでぴったりとした赤黒いドレスを着て、頭には大きい曲がった角が二本生えている。


 胸は大きく、腰は細い、どこかのグラビアモデルのような体形で二十代前半にしか見えない。


 リルが大人になったらこうなるんだろうなと予想できるほどの絶世の美女だ。


 正直、めちゃくちゃタイプです。


 俺が謁見の間に入ると、リルは入らないのかそのまま扉を閉めてしまった・・・俺一人ですかそうですか。


「お久しぶりです魔王様。その節はありがとうございました。おかげさまで何とか生活できております。お礼のあいさつが遅れたことを心より謝罪いたします」


 慣れない敬語でできる限り丁寧に言葉を返す・・・。


 ふと思いだしたのだ。人外と言われる勇者を瞬殺したのがこの目の前にいる魔王だと。



 当時、船旅をおえ魔王領に到着してすぐに陣地を作った俺たちアース大陸同盟軍は各国の軍の指揮のもと侵攻作戦を始めるための準備に入っていた。


 それと同時に魔族の奇襲にあったのだ、時刻は夕方に差し掛かる手前で陣地の一部に魔法が撃ち込まれた。


 警戒はしていたので混乱は少なく、各国に分かれて迎撃を行い勇者の活躍もあって優勢に戦っていた。


 そこに現れたのが魔王軍の精鋭を連れた魔王だった。


 魔王軍の参戦によりアース大陸同盟軍の戦線はすぐに崩壊。


 勇者が魔王との一騎打ちで現状を打破しようとしたがあえなく敗北し、同盟軍の士気はガタ落ちで敗走することになったのだ。


 勇者とは獣人を超える身体能力、エルフや魔族を超える魔力量、人族以上の成長率を誇り、必ず何かしらのユニークスキルをもって召喚される、魔王と対になる存在。


 当時の勇者カズヤ・ササキもユニークスキルを持っていた、『絶対回避』知覚した攻撃に対して必ず回避するというスキルだ。


 正直これだけだと大したことがないように俺は思っていたが、勇者と合わせると手がつけられない強さになった。


 一度、俺を含めた人工勇者試験体五人で模擬戦を行ったことがあるのだが誰一人として攻撃を当てることができなかった、勇者対人工勇者五人でだ。


 どんなに体勢を崩してもどれだけの弾幕をはろうと、回避不可能なタイミングで攻撃を仕掛けようと全て回避されるのだ。


 物理法則なんてものがこの世界にあるならそれを全て無視するのが勇者。


 その勇者を一騎打ちで倒したのがこの魔王だ。


 まだ覚えている、とても簡単に見えた。


 斬りかかってくる超スピードの勇者の攻撃を躱した魔王様は、自分ごと勇者を強固な結界で包みこむと、魔王様だけ結界の外に出て結界内に魔法を撃ちこむ、それだけだった。


 普通の結界では勇者を少しでも閉じ込めることなんてできないはずなのだ。


 勇者を閉じ込めるほどの結界を貼り、結界を狭めながらそれと並行して超級以上の魔法を結界内に連続でたたき込む。


 俺には何の魔法かわからなかった。


 結界の中でいくつもの魔法があれ狂い勇者をズタズタに引き裂いて、それでも結界は壊れることなく存在し、静かになった時には体中が引き裂かれた勇者の遺体がそこに存在するだけだった・・・。



 それを思いだした俺は急激に体温が下がる思いがした。


 冷汗が止まらない・・・当時は自我が薄く何も思わなかったし覚醒した後は茫然自失でそんなことを考える暇もなかった。


 今更ながらに考える、気軽にきていい場所では無かったのだと。


 何も考えず森を抜けようとする方が楽なことだったのではないかと・・・。


 だがきてしまったのはもうどうしようもない、開き直ってできる限りのことをしよう。


 一度は助けてくれたのだからほんの少しの失態で敵対されることはないと自分に暗示をかけて。


「ふむ・・・どうした?そんな硬くならなくてもいいぞ。気まぐれとはいえ一度助けて住むところも面倒を見た。そんな相手をとって食おうとは思わんよ。」


 魔王様は片肘をつき詰まらなそうな口調で問いかけてくる。


「ありがとうございます魔王様。今日ここを訪れたのは魔王様に教えてほしいことがあったからです」


 俺は溜まった息をゆっくり吐きながら落ち着くように言葉をだす、何とか大丈夫そうだ。


「許す。申してみよ」


 魔王様の許可が下りたので、俺はこの二か月間やっていたこと、人の街に行きたいこと、地理がわからず困っていることをかいつまんで話した。


「そういうことか・・・地理に関しては地図を貸そう、返すのはいつでも構わん。私がお忍びで行くときは飛んでいくので人族が歩いて森を抜けるのにどれぐらいかかるかは私にもわからん、すまないな、大して役に立てず・・・」


「いえ、お気になさらず。地図を貸していただけるだけで助かります。」


「まだ魔力器や魔力回路は回復してはいないのだろ?継続して深羅の森を拠点として使うがいい。指輪を貸してくれるか?機能を追加しよう。少し時間がかかるかもしれぬので城にとどまり、ついでにリルの相手をしてくれると助かる」


「わかりました。」


 俺は指輪を魔王様に渡すと謁見の間を後にする、とどまれと言われて断れるわけないよね。


 正直なところ帰ってしまいたいが指輪がない以上帰ることはできないし、城から出るだけでもかなり危険だ。


 謁見の間の外ではリルが待っていた。


「終わったの?じゃあ一緒にあそぼ!」


「うん。とりあえず指輪を魔王様に渡してあるからそれが返ってくるまでは遊べるよ」


「まずは城を案内してあげる。庭に綺麗な花が咲いてるの!」


 ニコニコしながら俺の手を取って並んで歩いていく。


 魔王城で子供二人が手をつないで歩いてるってどんなシチュエーションなんだ?

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