第5話 もうすぐ騎士学校親善試合!

 がちゃん!と音を立てて置かれたティーカップに俺はびくんと肩を震わせた。

授業が休講の休日。疲労で昼まで寝ていた俺は、遅い朝食をとっていた。

焼き立てのパンに自家製木苺ジャム、ビスケットと紅茶。タッパーに入った昨日の晩御飯の残りで済ませていた俺からすれば、お洒落過ぎる朝食だ。木苺のジャムは甘さ控え目で口にすると香りがひろがり、何個でもパンを頬張ってしまう。

鬼の形相のグライドがティーカップを置いたのは、クッキーにもジャムを付けようと手を伸ばした時だった。


「グ、グライド?」


 びくびくとグライドの顔を覗き込めば、キッと睨まれた。こめかみに浮かんだ青筋は、気のせいではないだろう。


「いま、なんと、言いました?」


「え、だから、僕は隊長の座をグライドに譲るって」


バンッ!


「ひぇっ」


「その前です。副会長に喧嘩を売ったって言いましたよね?」


「な、成り行きで…」


バンッ!


「これは僕の喧嘩だから、親衛隊の皆に迷惑かけられないし……だから辞めようかなって」


「辞めようが辞めまいが、副会長に喧嘩を売った時点で大迷惑です」


「ごもっともです」


「以前から貴方は、確かに馬鹿で高飛車で陰険で我が儘で自信家でしたけど、ここまで馬鹿で阿保で短絡的な思考の持ち主とは思いませんでした」


 ティグリス、すんごい言われようだぞ。馬鹿二回言ったし。

やっぱりグライド俺のこと嫌ってるだろ。


「聞いてるんですか!?」


「は、はい♡」


 短絡的な思考の持ち主でスミマセン。

俺も何であんな事言っちゃったのかって物凄い後悔したんだぞ? あの後、就寝前のトイレに入ったあたりで!


「しかも、副会長に喧嘩を売る人がありますか!会長の親衛隊が副会長に喧嘩……頭痛で貴方をなぶり殺したいです」


「ごめんってば」


「だいたい、俺に隊長譲るですって?そんな事したら誰が貴方を守るんですか!?」


「え……えーと、セフレ君達、とか?」


 いるか知らないけど。


「……え」


「……ん?」


 何、その反応。あれ、ティグリスってばこんな顔していないの? 親衛隊長といえば淫乱ちゃんって相場が決まってそうなもんだけど。

こんなとこでボロ出すなんて、マズったなぁ〜。


「聞いてません」


「言ってないもん」


「誰ですか?」


「なんで言わなきゃいけないの?」 


「そいつが本当に隊長を守れるか調査します」


「……」


 まずい、まずい、まずい…!

適当に、なんか適当な名前を言わなきゃっ

えーとえーとえーと


「早く」


「あぅ、エドガー?」


「あのトサカ頭ですか?」


「じゃ、じゃなくて! ロイ…ロイド!」


「あの百貫デブですか?」


 おい、なんで百貫デブが騎士学校にいるんだよ。運動量より多く食べてんのか?


「本当にいるんですか?」


「あぅあぅ、………ダ、ダなんだっけ」


「はい?」


「あ! ダグラス!! そう、ダグラス!」


「……ッ!?」


 確かそんな名前聞いた気がする。最近。


「………ッまたか」


「また?」


「いえ、なんでもないです。

ダグラスですか、へぇ、ダグラスねぇ。

ですが、それなら尚更除隊は認められませんね」


「え! なんで!?」


「なんでもです!」


「だってそれじゃあ皆に迷惑が」


「多少の弊害はあるでしょうが、会長と副会長はもともと仲が悪いですし表立って親衛隊に嫌がらせ行為はしてこないと思いますよ」


「そういうものなの?」


「原因が平民野郎ですし、アイツの為に親衛隊を粛清はしないでしょ。各方面の親衛隊を刺激し兼ねない」


「はぁ…」


「隊長は辞めさせませんからね!

溜まった仕事も早く片付けて下さい!」


……もしかしてコイツ、隊長の仕事をやりたくないだけでは?


※※


「親善試合?」


「はい、再来月に控えた騎士学校親善試合の班分けを決めなきゃいけないんですぅ♡」


「俺はこれから大事な用事があるから、お前が適当に考えておけ」


「はぁ〜い♡」


 大事な用事とは平民君に一方的に会いに行くことだが、下手に会長に班分けをされるよりもこちらで全部決めた方が楽なのでどうぞご自由にという気持ちで返事をする。

本当に俺が会長ラブの親衛隊長なら、面と向かって好きな奴に会いに行くからと仕事を押し付けられたら嫉妬で狂っていたかもしれない。

きぃーーッなんなの!? あの平民!?

許さないだからぁ!!的な。


「用が無いなら下がれ」


「失礼しましたぁ〜♡」


 俺は会長の部屋から退出し、肩をぐるぐると回した。あの人も根は悪い人ではないのだが、恋は判断能力を下げさせるというか、優先順位が全て平民君になってしまっていて頂けない。

 まあ、会長は会長で大変だとは思う。

性格は悪いが顔良し家柄よし、それなのに男で身分差がある奴を好きになって、その上生徒会全員がライバル。平民君からは見向きもされないなんて……人生は上手くいかないものだ。


「さーてと、書類整理するかぁー」


 この親善試合は、この国の王族も観に来る王族公認の一大イベント。

近隣の騎士学校が複数集まり、選抜された生徒が数日間かけて試合いをするトーナメント戦だ。そして、その前にあるのが我が校内での選抜トーナメント戦である。親善試合に参加する9名の生徒をこれで決めるのだ。

 その為、実力を均等に各リーグに振り分けなければいけないというわけである。

この選抜トーナメントは、全生徒参加……つまりお察しの通り何百という生徒の情報を整理しなければならないわけだ。

考えただけでも、げぇーである。


 流石の俺もパソコンのないこの世界で一人でリストなんて作れるわけもない。俺の優秀な親衛隊メンバーと一緒に分担して処理をするつもりだ。


「くっそ面倒くせぇけどな!」


ぶにゅっ


 足の裏に懐かしい感触。

どことなくデジャブを感じつつ、俺は恐る恐る下を見た。


「またテメェか!?」


「げっ」


 何時ぞやのウンコ、じゃない不良君が足の下でメンチを切っている。

因みに選抜トーナメントは全生徒参加なので、もちろん不良君も出場しなければならい。

万が一俺と対戦しても困るので、名前位は聞いておこう。別リーグに配置しちゃる。

職権濫用、職権濫用。


「すみませぇん、僕ぅ考え事しててぇ。あのぅ大丈夫ですかぁ〜? えーと……」


「ジェラルドだ! ばぁか」


 馬鹿っていう方が馬鹿なんですよ。

あーもー嫌だー不良やだー。なんで騎士学校で不良なんかやってんだよー。


「ジェラルドさん、すみませんでした。

今度何かお詫びの品を送りますねぇ♡」


「詫びだぁ?」


「はい♡」


「……別に物なんていらねー」


「えっ…あ、そうですかぁ?」


 いらないなら送らねーけど。不良君も俺なんかから物貰っても困るか。


「礼なら……よっ!」


「ふぁっ!?」


 突然くるんと回転させられて、俺は不良君に抱きすくめられた。首に腕を巻かれ身動きを封じられる。

 え、え、このまま首絞められて腹パン?

ちょッ! 油断した!! 油断したぁ!! 暴力反対!!!!


「身体で払ってくれよ、淫乱親衛隊長サマ?」


「ひぇ?」


 不良君が耳元で囁くと同時に空いた左手が俺の服の中に滑り込む。指の冷たさに背筋が震える。彼の指は俺の右乳首に到達するとそのまま乳首をクリクリと捏ねくり回した。


 え? 嘘…そっち!? マジで!!?


「……んッ……」


「淫乱」


 緩急をつけて弄られ、時折爪で引っ掻かれる。尻に当たる生暖かい硬さに俺の頭はパニックに陥った。


「青姦がお望みか?」


「……ッ!」


 嘘、やだやだやだ、望んでないから!?

俺は両目に涙を溜めながら必死に首を左右に振った。


「いい表情すんじゃねぇか」


 最低だ! だ、誰かに助けを求めないと!!

誰もいない!

魔法? 魔法でコイツを!

あ、あれ……なんで魔法が発動しないんだ!?


「な……魔法が……」

「効かねぇよ、そういう体質なんだ」


 なにソレ!? なにそのチート!? 絶対絶命じゃん!!!!


「観念して、大人しくヤラれな」


 ぎゃーーーーっ!!??

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