第4話 喧嘩上等
土の匂い、草の匂い、お日様の匂い。
子供の頃、幼馴染で親友の亮(りょう)と一緒に馳けた田舎道と同じ優しい匂いだ。
さわさわと風が吹く度に季節の変わり目を感じることが出来た。きっと俺は大人になってもお爺ちゃんになっても同じように季節の変わり目を楽しむもんだと思っていた。
随分、遠くに来ちゃったなぁ…亮のやつ、元気かなぁ?
「泣いているの?」
うっすらと瞼を開くと、不安そうにこちらを覗き込む平民君の姿があった。
こくりと小さく頷くとほっと安心した表情を見せる。情けない顔で破顔する平民君に昔飼っていた雑種犬のぽん太を思い出して、ついつい俺も微笑をこぼした。
体を起こした拍子にぽろりと涙がシーツに落ちる。柄にもなく夢で泣いたみたいだ。
いったいどんな夢を見ていたんだろう?
「ティグリスさん、ずっと高熱でうなされていたんだよ? 俺、心配で心配で…」
「それは、どうも…」
蚊の鳴くような声で辛うじて答える。
回復魔法を自分にかけたのに、なぜ高熱が出たんだろう? あのネバネバに毒でもあったのか?
「レイスの毒かとも思ったんだけど。
先生が言うには魔力がオーバーヒートしたんだって」
「魔力…」
ティグリスの魔力か。まあ、魔法の扱いに慣れていない俺が雑に使えばそうなるか。次からはもう少し慎重にしなければ。
ところで、普通に会話していたがここは何処だ?
俺が寝かされている天井付きのベッドをはじめ、部屋全体が高価な物ばかりで埋め尽くされている。特待生入学した平民君の部屋とも思えない。
「ここは?」
「あ! ごめんね。ここは副会長の部屋だよ。
倒れたティグリスさんを俺の提案でここに運ばせてもらったんだ」
へぇ、副会長。副会長の部屋ぁ…へぇ。
ナニしてくれちゃってんの!!?
つーか、このベッドって副会長がいつも誰かひっかけてナニしてるベッドですよね!?
お前を好いている副会長のナニしてるベッドに俺を寝かせて、甲斐甲斐しく看病してたって!? 殺す気!? お前俺をこの機に乗じて殺す気ですか!?副会長からも副会長親衛隊からも殺されるわ!
「あっは♡ありがとぅ……でも、余計なお世話。早く僕の副隊長呼んでくれない?」
俺は苛つきも隠さず、絶対零度の微笑みを平民君に向ける。さっさとグライド呼んで、この場を去らねば。
「……怒った? でも、副会長の部屋が一番近かったし安全だと思ったから提案したんだ。
弱ったティグリスさんをあのまま他の誰かに渡したくなかったから」
あの場に平民君もいたのか、気付かなかった。
平民君が俺の手を両手で包むようにして握る。想像よりも大きくてガサついた掌に妙に男らしさを感じてドキリと心臓が跳ねた。
生徒会を虜にしているという噂は伊達ではない。
「平民が気安く僕に触らないでよっ」
だがしかし、残念ながら俺に男の趣味はない。こんな手を握り合っている場面を副会長に見られたら大変なので、さっさと手を離したまえ。
「平民じゃなくて、ダグラスって名前」
ぎしりとベッドが軋む音が部屋に響いた。いつの間にか俺との距離を詰めるようにして、平民君がベッドに片膝を乗り上げている。
雰囲気がいつもと違う彼にどう反応すればいいか迷っていると、彼の指が俺の下唇をゆっくりとなぞった。
「ちょッ!?」
「ダグラスだよ」
「なっ…なっ…!」
「ダグラス」
なんじゃコイツはーーー!!?
完全な雄顔で俺に迫るコイツは誰だ?
「へ、平民が調子に…!」
バンッ
「って」
あ、突き飛ばしちゃった。
ティグリスのキャラ的にはありだけど、暴力はいけない。
俺は謝ろうと口を開いた。
「貴様! ダグラスに何をしている!?」
「副会長!」
謝罪の言葉は怒りを含んだ声に遮られてしまった。副会長はつかつかと俺達に近づくと、今度は俺を力一杯突き飛ばした。
「わっ……!」
「ダグラスがどうしてもというから貴様を私の部屋に寝かせたというのに、恩を仇で返すとは!やはり、最低だなっ」
「副会長やめて…ティグリスさんは!」
「所詮は低俗な淫乱か。制裁は免れないと思え!」
「副会長!!」
仮にも病み上がりの俺に一切手加減なし。
タイミング悪く俺がダグラスを突き飛ばした瞬間だけを目撃したらしい。
まあ、俺も悪かったがここまで言われる筋合いはないけどな。
ティグリスにこの身体を返す時の為にもできるだけ彼等との関係を悪化させないようにしていたが、こうも一方的に悪者扱いされては流石の俺もムカつく。
「制裁ですかぁ〜? へぇ〜、どうするんですかぁ? いっつも会長の影に隠れて、親衛隊に守って貰っている副会長様が僕に勝てるとでもぉ?♡」
「なんだと?」
「副会長に制裁されるほどぉ、僕弱くないんで♡ぜぇんぜん恐くないでーす」
「貴様! 口を慎め!!」
「ティ、ティグリスさんっ…あんまり挑発すると本当に制裁されちゃいますよ!?」
喧嘩上等。
そもそも俺が挑発しようがしまいが、平民君にご執心の副会長は制裁を加えてきただろう。親衛隊の裏情報で何人もの生徒がそれで退学になっているのを知っている。
なら、真っ向から喧嘩を売った方がよほどマシだ。相手も正面から向かってくる。
これを機に僕は隊長に相応しくないとか言って、親衛隊を辞めよう。親衛隊の仲間を巻き込むわけにもいかないし、グライドもいるから大丈夫だろう。
「受けて立ちますよぉ♡」
捨て台詞をはいて、俺は熱でヨロヨロの体にムチ打ちながら副会長の部屋を出たのだった。
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