短編【パーティー追放中に吸血鬼に襲われる話】

八木耳木兎(やぎ みみずく)

短編【パーティー追放中に吸血鬼に襲われる話】

「お前はパーティー追放だ、ゲッコー」



  一瞬、言葉の意味を飲み込めなかった。



「な、何を言ってるんだ……?」



  ここは夜も更けだした、とある町はずれの酒場。

  勇者パーティーの冒険者である俺、ゲッコーは、パーティーのリーダーたる【勇者】・カルロスに言葉の意味を問いただした。



「言葉の通りだ。お前を俺たちパーティーのメンバーとして、これ以上認めることはできない」

「で……でも、三年間、このパーティーの戦士として頑張ってきたつもりだ。追放なんてあんまりじゃないか」

 そういう俺を、カルロスは蝿か何かを見るような目で見てきた。



「自分のレベルとみんなのレベルを見比べてから言ったらどうだ? ゲッコーよ」

 カルロスにそういわれた俺は、思わず押し黙ってしまった。




 確かに俺は、三年間冒険者としてパーティーに所属しておきながら、レベル30―――初心者に少し毛が生えた程度のレベルのまま、いくら経験値を獲得してもレベルアップも、新スキルの獲得もできていない。

 俺以外の4人のメンバーは、レベル120代にまで達しているのにも関わらずだ。




「お前はとっくに足手まといなんだよ。そんなやつをパーティーに入れておけるか」

 カルロスの指摘に、俺は何一つ言い返すことができなかった。



 カルロスの非情な言葉に応じて、パーティメンバーの【戦士】、ダニーが鼻で笑っているのが聞こえた。

 そうだ、俺には認めたくなかっただけでわかっていたのだ。

 弱小メンバーの俺は、パーティーのメンバーからものけ者扱いされているって。



「で、でも、今いきなり追放っていうのはあんまり……」

「だからお前はもう役立たずだっつってんだろォ!」

 そう言うとダニーは、手に持っていたジョッキのエール酒を俺の頭にぶちまけた。




「さっさと失せろっつーの!!! ギャハハハハハハハ!!!!」

「く……くそっ!! みんなして俺を馬鹿にしやがって……!! おめぇら許さねェ!!」

 言葉を語り終えるのと、体が動き出すのは、ほぼ同時だった。



 他の客もいる中でみっともない。どうせ返り討ちにされる方がオチだ。

 バカにされたことへの怒りが、それらの合理的な判断をすべて突き崩した。



 気が付いたら自分を侮辱の上嘲笑ったダニーに向けて、俺は持っていた剣を抜いて斬りかかっていた。

 彼の肩から噴き出した血で、ようやく自分が何をやったかを理解した。



「どうやら体で覚えさせるしかねェようだな……」

 自分でも、ヤバいことをしたと思った。

 ダニーの頭には血管が浮き出ていて、今にも俺を殴り殺しそうな表情だ。

 しかし、なめられたままでは終わらせられない。例えズタズタにされたとしても、彼らにもう一太刀浴びせて、こいつらに一泡吹かせてから出ていきたかった。




 ―――しかしその時、突然は起こった。




「キシャアアアアアアアアアアア!!!!!」

 一瞬、俺たちはが何の音か気づかなかった。

「ギャアアアアアアアア!!!!」

 気が付くと、俺に攻撃しようとしていたはずのダニーが、血まみれになって苦しみながら悲鳴を上げていた。



 彼を襲撃していたのは、店員だった。

 いや、その店員は、もはや店員―――いや、人間ですらなかった。

 彼の目は急に血走り、口の中の歯は鋭い牙となり、指の爪は鋭いかぎ爪となり、完全に凶暴な肉食獣と化した姿となって、ダニーの血の吹き出した肩に噛みついていたのだ。



 しかし、それは惨劇の序章に過ぎなかった。

 ダニーが血まみれになったことで、酒場中に血の匂いが充満した。

 その血の匂いに反応した店員たちが、あれよあれよという間に姿かたちをバケモノの姿へと変化させ始めたのだ。



 人間の血の匂いに反応したバケモノが、人間たちが数多くいる場所ですることは何か?

 その答えは、直後の惨状でいとも簡単に示されることになった。




「「キシャアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!!!」」

「う……うわあああああああああああ!!!!!!」


 バケモノたちは、その禍々しい爪と牙で、冒険者という冒険者の肉体を切り裂き、刺し尽くし、噛み付いた。



 あらゆるテーブルで冒険者たちの悲鳴が響き渡り、冒険者たちの血しぶきが舞い、冒険者たちの斬り飛ばされた首が舞う。



 少し大人なムードが人気で、この夜もにぎわっていたはずの酒場は、一瞬の間に死屍累々、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。



「何なんだ……何なんだこの状況は……一体どうなってんだよ……!!!」

「……そういえば聞いたことがある。人間の冒険者たちを誘い出して餌食にする、恐怖の吸血鬼たちの酒場……!!」

 あまりの異常事態に正気を失いそうなカルロスの横で、パーティーメンバーの【魔法使い】、ケイトが、恐るべき伝説を口にした。

 どうやら俺たちは知らぬ間に、バケモノたちのディナーの食材にされていたらしい。



 とりあえず逃げる場所を探そうとしたが、俺がそうするより先にカルロスは駆けだしていた。

「おい……ダニー!! しっかりしろ! しっかりしてくれ!!」

 かつての仲間を救おうとして、ダニーのところへと駆けよるカルロス。

 彼にとっては残酷な事実だが、彼の瞳には最早生気があるようには見えなかった。



 ―――そう思ったが、その肉体はカルロスの言葉に反応を返した。

 しかしその肉体は、最早ダニーのものではなかった。



「グルアアアアア!!!」

「ダ、ダニー!? や、やめろおおおおお!!!!!」

 ダニー、いや、が、店員と同じバケモノとなって襲い掛かってきた。




 数秒間の必死の取っ組み合いの後、なんとかカルロスは怪物と化した仲間を振り払い、それがせめてもの供養であるかのように胸に手持ちの剣を突き立てて絶命させた。

 かつての仲間を自らの手で葬った彼の目からは、一筋の涙が流れていた。



「こっちよ、早く逃げてみんな!」

 ケイトがいつの間にか見つけた秘密の通路へと誘っているのを見て、俺とカルロス、そして【僧侶】のグロリアはそこへ逃げ込むことになった。

 単なる個室への道かと思われていた通路は先に下り階段があり、そこへ行ったかと思うと急に大きな宿の一部屋ほどもある広い空間にたどり着いた。



 どうやらこの通路は、地下室の倉庫へと通じていたようだ。

 とりあえずの逃げ場を見つけて安心したが、実質袋の鼠だ。



 酒場で先ほどまで響き渡っていた阿鼻叫喚の声は、やがて徐々に小さくなったかと思うと、すぐに聞こえなくなった。

 どうやら生き残ったのは、俺たちだけらしい。



 扉のすぐ先から、吸血鬼たちの複数のうめき声が聞こえてくる。

 このままこちらに籠っていても、吸血鬼たちに扉をぶち破って侵入されることは想像に難くない。




「出るに出られなくなってしまったな……」

 そう言ったカルロスの表情は、こんな酒場に入ったことの責任感からか、より厳しいものになっていた。



「ただ酒場にいただけなのに、こんな状況になっちまうなんて思わなかったよ……」

「はい、まさか仲間だったダニーさんが化け物になって、カルロス様に殺されてしまうなんて……」

「それだけじゃない」

 何かの覚悟が決まったかのような顔で、カルロスは俺たちに腕を見せた。

 バケモノの噛み跡が、その腕には深く刻まれていた。




「……実は、噛まれたんだ。ダニーに」

「う、嘘ですよね……カルロス様……?」

 噛まれた跡を目の当たりにしたグロリアの顔は、絶望に染まり切っていた。

 誰の目にもわかってたが、彼女はカルロスに惚れ込んでいた。




「万が一の時は、この中の誰かに俺を殺してほしい」

「ダ、ダメです……そんなこと言わないで……」

「噛まれたダニーは、奴らと同じバケモノになっちまった。俺もいつあいつみたいになるかわからない」

 カルロスのその表情には、悲痛な覚悟が現れていた。




「その前に、もう少しあがいてみるのも手かもよ」

 そう言ってケイトが俺たちに手渡してきたのは、両手銃、ボウガン、手投げ弾などの武器の数々だった。

 どうやら吸血鬼たちの中に収集家がいて、【餌】の武器を倉庫に保管していたらしい。

 決して軽いとは言えない重量の銃器や少しの衝撃で暴発する火器を、平然と俺たちに手渡した。

 このような状況下でも決して動じないところが、ケイトの良さだった。



「もちろんあがけるだけあがいてみるさ……だが今、約束してくれ。俺が怪物になった時は、お前たちに俺を始末してほしい。いいな?ケイト」

「……仕方ないね」

「グロリアも」

「……はい……」

「声が小さいぞ」

「は、はい……! やります……!!」




 そう言ってカルロスは、怪物たちの迫っている扉のドアを開けた。

 パーティーを追放された俺には、一言もかけることなく。




◆   ◆   ◆




 倉庫にあったボウガンや手りゅう弾などで通路上の吸血鬼たちをまとめて血祭りにあげた俺たちは、元居た酒場に舞い戻って吸血鬼たちとの殺し合いを始めた。



 カルロスが持ち前の剣とボウガンで、ケイトが魔法攻撃で、そして俺が微力ながら剣と弓矢で、一体一体地道に吸血鬼たちを抹殺していく。



 これといった攻撃魔法を持たないグロリアは、襲い掛かる吸血鬼を前になんとかボウガンを構えて見せた。

「こっ……来ないで!!」

 恐怖の中でかろうじて放った彼女のボウガンの一擲で、一体の吸血鬼が頭を貫かれて倒れた。



「や、やりました!! 私にもやれたんですよ!! カルロス様!!」

 そう言って、自分の前に立っていたカルロスの背中に喜びの頃場を賭けるグロリア。

 その言葉に反応したのか、カルロスも振り向いた。


 しかし。


「グルルルル……!!!!」

 彼の目は血走り、口からは獣のような牙が生えていた。

 彼女の前にいた勇者・カルロスは、もはやカルロスではなかったのだ。




「イ……イヤアアアアアアァァァ!!!」

 思い人が完全に人外と化してしまった現実に、グロリアはただただ恐怖の叫び声をあげることしかできなかった。

「グオオオオオオオオ!!!!!」

 完全に正気を失ってしまったグロリアが、約束を守る――目の前の怪物と化したカルロスを殺すことは、望むべくもなかった。




 隙だらけとなったグロリアの体を、カルロス―――いや、かつては、果実を貪るように齧り付いた。




「ケイト……」

 噛みつかれて血まみれになっているグロリアは、最後の力を振り絞るようにケイトに声をかけた。


「殺してください。 カルロス様と、一緒に……」

「……わかった。さよなら」


 手に持っていた手投げ弾と、自身の炎属性の魔法で大爆発を起こし、ケイトはグロリアごと、吸血鬼と化したかつての勇者を焼き殺した。

 一見いつも通り冷静に見えたケイトは、唇を血が出るほどにぐっと噛んで、感情を抑え込んでいた。




 こうして残る相手――いや、獲物は、俺、しがない冒険者のゲッコーと、魔法使いのケイト、ただ二人だけになってしまった。

「まさか、ボクとキミが残るだなんてね。キミは無能な割に、悪運は強いんだね」

「そこまで減らず口を叩けるなら上出来だ。二人だけでも、生きてこの場を出るぞ!」

 俺たち二人と、死んだカルロス、グロリアとで、それなりの数を倒したとは思っていたが、それでも三十体以上に及んでいる。ただでさえ敵の数も多いうえに、俺たちの体力も、疲労と緊張で鈍ってきた。


 それでも、諦めるわけにはいかない。

 あがけるだけあがいてやりたい。

 このまま嬲り殺されてたまるか!


 その感情と共に、俺たちは怪物たちに斬りかかろうとした。


 その時だった。



―――キラーン。

《新スキル:吸血鬼殺しダークスレイヤー



 絶体絶命の状況下でなお生きたいという本能がそうさせたのか、それとも単なる偶然か。

 俺は突然、新しいスキルに覚醒した。

 能力の詳細まで確かめる暇はなかったが、この状況を打開できるということは直観で理解できた。



 俺が手にしていた剣が、宝石のように発光しだした。



 ええいままよ!とばかりに、俺が一体のゾンビをその光の剣で切りかかる。

「ギシャアアアアアアア!!!!!!」

 すると、たちまち吸血鬼たちは苦悶の声を上げながら、焼け死ぬように煙を立てて消滅していった。




「よし、やれる!」

 俺は自分にもたらされたスキルと光の剣のパワーに確信に近い感覚を覚えて、吸血鬼たちに斬りかかっていった。




 そこからの吸血鬼退治は、面白い位にスムーズに進んだ。

 回転斬りなどの複数に攻撃を与えやすい技を使って吸血鬼たちをあっさり倒していく感覚は、まるで紙人形をまとめて切り裂いているようだった。

 見るからに弱そうな吸血鬼は、俺の体に触れるだけで消滅していった。


 加えてこちらの息が切れたところで、ケイトがタイミングよく魔法攻撃を撃ってくれた。


 やがて俺たちは、すべての吸血鬼を消滅させることに成功していた。



◆  ◆  ◆


 死屍累々となった酒場を後にして、俺たちは夜明け前の町はずれに出ることになった。

 返り血に塗れた俺たちにとって、外の空気はあまりにも心地よく感じられた。




「で? これからどうするの?」

 先ほどまでのすべてが嘘であったかのような静寂の中で、ケイトは俺に問いかけた。

「……俺に言われてもな。もうパーティーを追放されてしまった身だし、ケイトを連れていく資格があるとは思えない」

「なら聞いてほしいんだけどさ。魔法使いってさ、近接に弱いんだよね。詠唱に時間かかるし」

 絶望の中で、命を共にした経験がそう感じさせたのだろうか。

 そう語る彼女は、肌も服も返り血でドロドロにもかかわらず、昨日とは比べ物にならないくらい魅力的に見えた。




「足手まとい君でも、時間稼ぎくらいはできるでしょ? まして吸血鬼殺しなら、ね」

「……仕方ないな」

 そう言って俺たちはほほ笑み合うと、同じ方向へと歩み出した。

 目を覆うくらいに眩しい朝日が、俺たちの歩む道のその先で輝いていた。



 俺たちは、今日という日を忘れない。



 絶望の深淵でこそ、人々は希望を見出さなければならないという真実を教えてくれた、その惨劇の日のことを―――

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