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私は、たまに考える。
ヒーローものなんかの小説や映画に出てくる悪役たちは、自分たちのことをどう認識しているのだろう。
物語はたいてい主人公サイドから描かれるから、彼らの本心を私たちは知ることができない。彼らは、自分たちが悪であることについてどう考え、感じているのだろう。ここでいう悪役とは、いわゆる犯罪者とは違う。モノを盗んだり、人を傷つけたり殺したりする犯罪者は、犯罪という行為を行った者のことだ。対して悪役は、悪という概念を体現する存在だ。
じゃあ、悪ってなんだ?
「大丈夫よ、フェリシア」
その女の子は満面の笑みを浮かべて、私の手を握り締めた。
「あなたは、これくらいのことでへこたれないわ。だって、あなたは私が認めた、ただひとりのライバルですもの」
なんだ、こいつ。
このお花畑の脳みそ、かち割ってやろうか――と私は本気で思った。
フローラ・パッションフルーツはそんな私の考えに一切気付くそぶりを見せず、ぺらぺらと能天気にほかの攻略男性キャラの話をしている。
確かに、この晩さん会の場面はゲームにあった。細かなセリフまでは覚えてないけど、フローラが婚約を破棄されたフェリシアにかける言葉の選択肢は三つ。
「励ます」「慰める」「心配する」
いっそのこと、ここぞとばかりにこれまでの仕返しで罵詈雑言を浴びせてくれた方がまだいい。でも、フローラはそんなことはしない。だって、彼女は主人公だから。それにしても、フローラがこれほどムカつく女の子だったとは。ダメだ。私はこの子を好きになれない。この子を、このきらきらと輝いている存在を、闇に葬りたい。
いつの間にか私から離れて、何人もの攻略男性キャラに囲まれているフローラを見ている私の視線の先に、ひとりの男がいた。攻略男性キャラたちより、ふた回りくらい年上だけど、知的で上品な顔立ちのその男と、私の視線とが交錯した。
「いててて」
うめき声をあげながら、私はベッドから起きあがった。体のいろんなところが痛い。月の光が無人の部屋を照らしている。ベッドから出て、ハンガーに掛かっているガウンを羽織り、私は部屋を出た。
廊下にも月の光が満ちていた。少し進むと、白いワンピースを着た少女が窓辺にもたれて立っているのに気が付いた。少女は私を見て、言った。
「フェリシア・レーズンカカオね」
私は無言で彼女を見た。こんな子、ゲームに出てきたっけ。思い出せない。
「忠告しておいてあげる。あいつ、同じ女の子は二度と抱かないよ」少女はワンピースのすそを持って、ひらひらと動かした。「父親から攻めようとしたんでしょうけど、たぶん無駄。あと、社交界では周知の事実だから、スキャンダルにもならないよ」
少女の言葉を無視して、私は彼女の前を通り過ぎた。
「あなたが何をやっても、最後はかならずフローラが勝つ」
ちらっと横目で見た少女の瞳は悲しそうだった。
「かならずね」
そこから私はいろんなことを画策し、そしてことごとく失敗した。そのたびごとにフローラは私に話しかけた。相変わらず、「励ます」「慰める」「心配する」、そのいずれかの内容で。フローラからそうやって話しかけられるたびに、私は意地になって、フローラを陥れようとするのだった。負けるとわかっていても。
結局、私は自分で仕掛けた罠にはまり、命を落とす。
最後まで私は、悪というものを理解することはできなかった。自分が悪だとは最後まで思えなかったし、自分の行動を改めようとする気にはなれなかった。ただ、ひとつ言えることは、フローラという存在がなければ、私はあんなことをしなかっただろう、ということだ。フローラがいるから、私はこうなった。
「大丈夫よ、フェリシア」
最後に聞いたのは、やっぱりそんなフローラのセリフだった。
ふざけんな。
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