第70話 運は吸われていますん!
前回のあらすじ マリアにアルゼンチンバックブリーカーを、ベリアからは顔の穴という穴に酒を流し込まれる拷問を受けているヒデトを見てナルシスがガクブルしている。
「ヒデトうるさい!」
「ガボボボ、ボレ!?ガボボ」
ベリアとマリアに拷問を受けて叫び声をあげる。それを見ている周りの連中は大笑い。大騒ぎをしている俺達に犬耳給仕さんがキレた。
人獣族の声は騒いでいる俺達の声よりもでかく、全員固まってしまった。
「あーあ、怒られちゃった」とか「ここらへんでお開きか」とお開きなムードとなった。
「怒られちゃいましたね。反省です」
「騒ぎ過ぎましたわね」
「ガボボボガボガボ」
残りの酒を一気に俺の口に流し込むベリア。アルゼンチンバックブリーカーはまだ解除されていない。
「ゲフッゲフッ」と咳き込んでいると、肩を怒らせた犬耳給仕さんが手にモップとバケツと雑巾を持ってきて肩に担がれて咳き込んだ俺に「はい!」と差し出す。
勿論俺は受け取れないので代わりにベリアが受け取った。
「おら!しっかり掃除せんかい!!」
「………」
「返事はどうした!床に這いつくばる様に掃除するんだよ!あぁん!!」
「………」
「なんだぁその目は?舐められるくらいまで綺麗にすんのが常識だろ!!あぁあん!!」
「あんたもやるんだよ!!」
通りすがりの給仕さんにパコっと頭を叩かれた。
「ええぇえぇ!?拷問にあってただけなのに!?」
「当たり前でしょ?どうせヒデトがなんかやったんでしょ?」
「いや、だからって……」
肩をポンポンと叩かれたので振り向くと満遍の笑みを浮かべたベリア。
「舐めてくれるんですよね?」と雑巾を渡してくる。
「這いつくばるんでしたわね?」とマリアが俺の頭を掴み無理矢理床まで顔面が下ろされる。
「『舐めろ』とは言ってねーし、這いつくばる『様に』だ!イタイイタイ、俺の顔面で床を拭くな!!」
「よっこらしょ」と這いつくばされた俺の上に杯を片手に腰を下ろすメティス。
「喋ってないでさっさと床を舐めなさいよ」
「床、舐めー!?」
「いいから掃除しなさいって」
「重いんだよ」
「誰が?誰が重いの??」
「イテッ、頭を叩くな!軽いから、軽すぎて逆に重いって言っちゃっただけだから!頭を叩くな!?」
ヒデト型人間椅子は床の掃除機能も搭載されている。ル○バだってこうはいかない高機能型○ンバ!!って誰がルン○やねん!!
誤解のないように断っておくが、別に女王様に座っていただいて頭をパシパシされながら床を這いつくばる様に掃除をし、尚且つ仕上げとして我が舌を使って床を綺麗に舐め上げないと逝けない、みたいな性癖は持ち合わせていない。勿論、運剣の呪いのせいでくっついておかないといけないので背中に座ったメティスを放置しているだけだ。
そんな事情を知らない周りの人達からはどういう風に見えているのかは想像に難くない。
「あーやっぱりそういう?」みたいなニヤニヤクスクスされている気がする。解せん。
「なんで俺まで掃除しなくちゃいけないんだ」と掃除を終えてブツブツ呪詛を唱えていると「お疲れ。はい、これはお店から」と犬耳給仕さんが酒の入った杯を俺にだけ置いて去っていった。
トゥクンッ……。え?俺にだけ?もしかしてこれワンチャンあるんじゃね?犬耳給仕さんだけに?
今面白い事言ったからね?笑ってくれても良いのよ??
「うっわ」
「勝手に人の心を読むなよ」
「今のは心を読めなくても何を考えているか分かりましたよ。うっわ」
「わざわざ『うっわ』って言わなくても良いんだぞ?」
「給仕さんは可愛いから仕方ないですわね。……あ、うっわ」
「今『あ』って言ったよね?今の『あ』は忘れてた時の『あ』だよね?『うっわ』は別に言わなくても良いんだからね?」
「『お店から』って予防線引かれているのは理解しているか?」
「し、しーっ」とメティスとベリアがナルシスに「言っちゃダメ!」と言っているような気がするが、きっと気のせいだ。
「それ照れてるだけだから!みんながいるから自分からって言うとアレになっちゃうから、素直になれないだけだから!」
「「「「うっわ」」」」
「なんだよ?」
「「「「いや別になにも」」」」
マリアまで可哀想なモノを見る目をしている……。
「そもそもお前がそこにいるからなんか騒がしい事になったんだぞ?責任取ってどっか行け。野に帰れ、海に帰れ、川に帰れ。そして卵いっぱい付けて帰って来い」
「ちょっと!私の酒ヅル勝手に放逐して一稼ぎしようとしないでくれる?」
「酒ヅルって言っちゃったよ。せめて金ヅルって言ってやれよ?」
「それではどちらも変わらなくないですか?」
「んん?んー『金払ってくれる人』でいっか?」
「そうですね」
「ハッハッハ」と一緒になってナルシスも笑っている。
「なんでお前も一緒になって笑ってんだよ?」
「メティスさんと一緒にいられるなら役職なんぞなんでも構わん」
「酒ヅルは役職だったのか……?」
「ズッキー、酒ヅルって役職も知らないの?ベリア、教えてやんなさい」
「私の親戚の叔父さんも『酒ヅル』と呼ばれてましたね」
「叔父さんんんん!!それ虐められてたんじゃないの!?!?」
結局どんな役職だよ?
「酒ヅル!」とメティスが言うと「はい!」とナルシスが元気に返事をする。
「ちょっと良い声で返事してんじゃねーよ……」
「珍しくヒデトがドン引きしていますわね」
「いや、本人が良いなら良いんだろうけどさ……」
メティスは気を良くしたらしくヨシヨシとナルシスの頭を撫でてやるとナルシスの目ん玉が完全にハートマークになり「イヤッフー!」と良くわからない奇声をあげている。ないはずの尻尾を全力で振っているのが見える気さえする。
「おかわり欲しいな〜」
「こっちに同じ物をおかわり!!」
「を、人数分お願ーい」
と、俺たちの分までちゃっかり注文してくれるあたりメティスはメティスだ。
なんか普通にナルシスを交えて楽しく?飲んでいるが、呑気に酒を飲んでいる状況ではない。こうしている間にも俺から運は吸われ続けている。
メティスに耳を貸せと手招きする。
「(運剣の話がしたいんだけど)」
「すれば良いじゃない?」
「(これがここにあるのがバレたらまずいんだろ?)」
「え?ダメなの??」
「(ダメに決まってんだろ?なんでお前そんなお気楽なんだよ??本当ならお前がもっと考えなくっちゃいけない事なんじゃないのか??)」
「え?そうなの??」
「チッ」
思わず舌打ちをしてしまった。メティスは「何よ?」と反抗的だ。それはこっちのセリフだ。
「(こいつのせいで戦争が起きたり起きなかったりぃぃぃぃい!」
「あー、そういう事ね」
「(ほんっと、頼むぜ神様よー)」
親指と人差し指で輪っかを作り来迎印のポーズを決め徳の高そうな顔をするメティス。
「神様」と呼ばれた事に調子に乗ってしまったのだろう。
「皮肉だわ!そのポーズお前の宗教の奴じゃないだろ?しかもそもそもそれは神様じゃないだろ!?」
「ありがたいかな〜と思って」とメティスは言う。仮にも神族なのに……。
「エロス様に向かって『奴』なんて言ってもいいの?」
「っく……奴……さん?」
「んー?なーにー?聞こえなかったわよー、ねー?」
「ええ、自分にも聞こえなかったですね」
メティスとナルシスはニヤニヤしている。
「奴(やっこ)さん……」
「え?なになに??」
「くっ、そのポーズ……は、エロス……さんのじゃないと思うんですけどもっ!」
「はーい、良く言えまちたねー偉かったでちゅねー、パチパチ」
「大変良くできまちたー、パチパチ」
まるで小さい子を褒めるような言い方。
「改心したんでしょ?信心なさい、ホーッホッホッホ」
くっそー。メティスの言う「改心」とはナルシスにフルボッコにされた俺はエロスに対しての態度を改めさせられたのだ。なので改心「した」のではなく、改心を「暴力で無理矢理させられた」が正しい。
とは言っても、ナルシスから「せめて敬称を付けろ」と言われ、グウの音も出ないくらいにフルボッコにされて負けてしまった手前、突っぱねるのもなんだかなぁと。しかし、どうしても「様」付けは抵抗があるので及第点として「さん」付けで勘弁して欲しいと進言したところ、あっさり了承を頂いた。
「さん」付けで良いんだ?と思わずナルシスに尋ねてしまったのだが「そんなになってまで頑なに拒否するんだ、お前にも譲れない何かがエロス様に対してあるのだろう?」と、当然の様に許容するナルシス。「お、おぅ」と俺が戸惑っているとメティスはクスクス笑っていた。
お前だって性に大らかなエロスの使徒。イ○ポの恨みは親を○された恨みよりも深く重い事だと分かっているだろ?と事情を知ればナルシスも納得してくれるだろうとは思う。決して俺の器が小さいからではない。絶対に。
「(それに今こうしている間にも俺の運が吸われている訳だろ?早く対策しなくちゃダメだろ?)」
「少しくらい良くない?」
「(良くねーんだわ!)」
「んー、大丈夫吸われてなさそう」
「(適当な事を言うな!)」
「だって今お酒飲んでるし」
「(私よりもお酒の方が大事なの!?)」
「何言ってんのよ?」
「ハァ〜」とため息を吐いてメティスは不思議そうな顔で俺の顔を覗き込み少しだけ考えたような素振りを見せて大きく頷いた。
「当たり前でしょ?」
「ですよね!!なんでちょっと考えるフリしたの!?そんな事絶対にない……けど、ひょっとして?って思っちゃった俺のトキメキを返して!?」
「分かってて聞いた癖に〜」
「うん、分かってて聞いたけども」
メティスはペロッとハニカミウィンクを一つ。
「か〜わ〜い〜い〜!」
「うっせーよ!話に入ってくんじゃねーよ!!ナルシスは誤魔化せても俺は誤魔化せねーぞ!」
「自分も話に混ぜてくれ。さっきからヒソヒソと感じが悪いぞ」
「混ぜれないからヒソヒソしてんだわ!」
俺とメティスは先ほどからずーっと手を繋いでいる。そして反対側にはナルシスが座っている。真隣でコソコソと耳打ちされれば気分は悪いだろう。まぁ、知った事ではない。
因みにヒソヒソと耳打ちしているのは俺だけでメティスは普通の声の大きさで話している。なので余計に話が気になるのだろう。まぁ、知った事ではない。大事な事なので(ry
「今から俺らで大事な話があるんだよ!」
「二人でか?」
「パーティでだよ!つか、二人でもパーティーでもどっちでも良いだろ!?」
「そこは重要だろ?メティスさんと大事な話があるとなれば、貴様に決闘を申し込まなくてはならなくなる」
「まだ殴り足りねーのかよ!?」
口の前に手を広げ「あーそうだったー」と挑発してくるナルシス。
「だからもうそれは良いんだって!お前もうどっか行けよ!!それとも本当にボッチなのか!!?」
「そう邪険にするな。貴様と自分の仲ではないか?」
「あー、もうそういう事を言うと……」
「ヒデトさんとナルシスさんはどんな関係なんですか?」
「ほらー!ベリアが喜んじゃうだろー!!」
「なんだかんだズッキーも楽しそうじゃない?」
「楽しいとか楽しくないとかって話じゃねーだろ!?」
こうしている間にも俺の運は無駄に吸われている。
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