第68話 殴り合ってなんかいますん!


ギルドの酒場、いつもの席に戻ってきた。


「今日も一日お疲れーカンパーイ!」

「カンパーイ!」「カンパーイ!!」「カンパーイ!!!」「……」

「なーによーズッキーってばお腹でも痛いの?うぇ〜いカンパーイ!」

「『うぇ〜いカンパーイ!』じゃねーよ!?なんでこいつがここにいるんだよ!?」


ナルシスがちゃっかりメティスの隣に座って乾杯に参加している。


「ん、何かおかしいか?」

「おかしいだろ!人様をボッコボコにしておいて何事もなかったかのように一緒に酒飲んでんじゃねーよ!!」

「はっはっは、何を小さい事を言っている。ぶっ飛ばすぞ?」

「ぶっ飛ばされたからお前と一緒に飲みたくねーんだよ!?」


「これは一本取られましたね」とベリアが突っ込むと「ワッハッハッハ」とみんなで笑っている。俺はちっとも笑えない。


「ヒデトの器の小ささは今に始まったことではないですわ」

「そうね」「ですね」「そうだそうだ!」

「なぜ貴様が同意の声をあげているのだ?」

「オレ!オマエ!キライ!!」

「ほんっと尻の穴の小さい男ね」

「尻!?も、もう一度!!」

「ん?ケツノアナ?」

「はぅぅぅ!!も、も、も、もういち……」

「おかわりしてんじゃねーよ!!お前そんなキャラだったか?気持ち悪い」


ナルシスはメティスの隠語?にメロメロだ。思春期かな?


「メティスさんのお美しいお口から『ケツノア……』」

「尻の穴けつのあなうっせーんだよ!何回ケツノアナ言わせんだよ!!」

「貴様には求めていない」

「わあってるわ!!」

「殴り合ったのならもう友達じゃない?お互いの健闘を讃えあって〜的な?夕陽に向かってバンザイ!的な?」

「夕陽に向うなら走っとけ!バンザイしちゃってどうすんだよ?それと一方的に殴られただけ!殴り合ってねーから!?」

「あー、そうだったー!」


ペロッとハニカミウィンクを一つ。多分わざとだ。


「手加減はちゃんとしたぞ?」

「そう言う話じゃねーんだよ。一方的に殴られてただけなのに何を健闘し合えっつーんだよ?」

「ムム?ゴホンッ、貴様の顔は中々に殴りやすかったぞ。まるで上質な絹のように軽やかだった」

「そうそう、あの時の右ストレートが絶妙に手が抜かれてて殴られてんだか撫でられてんだか分かんなかったぜー、とはならんだろうが!『殴りやすい顔』ってアホか!『上質な絹』ってなんだ?俺の顔面お肌がきめ細やかだって言ってくれてんのか!?」

「お互いの健闘を讃え合わなければと思ったのだが……」

「気を遣わせちまったな!ありがとよ!!」


メティスは「うんうん」と頷き目尻に涙を浮かべている。


「お前なんか『イイハナシダナー』風にしようとしてるみたいだけど、何一つ良い話になってないからな?こいつ俺を殴った話しかしてねーからな」

「友情芽生えてなかった?お礼言ってたし」


コクコク、と頷くナルシス。


「皮肉だよ!」と言うとナルシスは「なんだってー!?」と声を上げた。

皮肉はある程度の親密度とかコミュ力がないと伝わらない事がある。


「だから殴り合ってないどころか一方的に殴ってちぎって投げ飛ばされただけなんだぞ?憎しみこそ沸いちゃいないが、俺はこいつが嫌いだ」

「本人目の前にしてそんな事を言うか?」

「逆にあんだけ人の事を殴っておいてなんで俺に受け入れられると思ったんだよ?」

「それは貴様が向かってきたから……」

「はいでた!いいか?よく聞けよ!女の子が夜中、一人夜道を歩いていました。そこは治安の悪い下町です。悪漢に襲われてしまいました。さて、悪いのは誰でしょうか?」

「うむ。女の子が夜中に一人で出歩いたら危ないだろ?」

「ハァ〜、この犯罪者予備軍が。ベリア!どうだ?」


「私ですか?」と急に話を振られ吃驚するもベリアは即答する。


「確かにその女の子の行為は危険ですけど、一番悪いのは襲った人なのではないのでしょうか?」

「それだ!そこの犯罪者予備軍!リピート!!」

「確かにその女の……」

「重要なところだけを抜粋して言いたまえ!」

「…………一番悪いのは襲った人」


「なんだよ、分かってんじゃねーかよ」とご褒美に食いかけの野菜スティックをナルシスにくれてやる。


「確かに俺は向かって行った。そして殴られた。だがなぜ殴られた方が殴った方よりも悪く言われなくてはならないのか?」

「貴様が殴り掛かってくるから……」

「何を聞いていた!?暴力を振るった奴が一番悪いに決まっているだろう!この潜在的犯罪者が!!」

「お、おぅ」

「認めたな!潜在的犯罪者ぁ!!」

「ちょっと待て、その理論でいくと自分も先ほどマリアにやられたぞ?」


ナルシスはどうやらマリアに投げ飛ばされ肩の関節を外された事を言っているようだ。


「マリアはただお前に向かって行っただけだ。お前がプレッシャーに負けて突き飛ばそうとしたから投げ飛ばされただけだろ?」


「なぁ?」とマリアに振ってやる。


「ヒデトに『街中で喧嘩をする時は先に手を出させろ。そうすれば色々と後で面倒がなくなる』と教えていただきましたわ」

「『正当防衛』仕込んでんじゃないわよ」

「さすがヒデトさんですね。悪知恵が働く」


「悪知恵」ではなく「ずる賢い」と言ってくれ。……あれ?どちらにしろ褒められてない?


「ちょっと待て!俺は一発も殴ってないぞ!?迫ってくるから押しのけようとしたが、それもかわされたんだ!!」


マリアは掌を口に当て「あらー?」みたいな顔をしている。


「マリア、言ってやれ!」

「なんですの?」

「肩を掠ってったってな」

「……さすがズッキー……」

「……さすがヒデトさん……」


「ここをチッと掠ってたんですわ」と言うマリアを尻目にメティスとベリアは俺にジト目を向けあまりにあまりなアレに絶賛しすぎて絶句している。そんな目で見るなよ?照れちゃうだろ?


「お前はこのうら若き乙女(推定身長180cm推定体重80kg)に襲いかかった犯罪者だ!!」

「犯罪者……。そうか俺は潜在的犯罪者で犯罪者予備軍どころか犯罪者だったのか……」


ナルシスは頭を抱え己の罪を認め悔いている。


「フハーハッハッハ!お前の罪は生きている事だ!!反省しろ!!」


勝ち名乗りをあげ第2R「舌戦」は俺の圧勝で終わった。


「拳では勝てないですものね……」

「拳でやられたらならば拳でやり返せ。ですわ」


ベリアとマリアの二人は呆れている。


「ほんっっっっとに器のちっさい男ね〜。ナルシスはマリアにやられたことなんて全っ然気にしてないのに、ね?」

「……あ、当たり前じゃないですか」

「うん、多分だけど気にしてたね。今ちょっと考えてから返事したもんね?」

「そ、そんな些事をいつまでもき、気になどしておらん」

「ふーん、なんか言いたい事がありそうだけど。ま、お前が良いなら別に良いんだけどな」


ニヤニヤして挑発してやる。ナルシスは「ムググ」と唸っている。

腕っ節では絶対勝てないが口でなら負ける気がしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る