第67話 吸っていますん!


正義の味方は勿論マリアだ。

「待ってました!」と声をあげそうになったが、なんとか声を上げず「実際受けたダメージよりも大袈裟にやられた風」を装いマリアへ助けを求めるように手を向ける。

俺が虫の息でいるのを見たマリアは、いつものお嬢様モードではなく、オラついたマリアだ。

マリアは跪き俺を抱き抱えると声をあげる。


「おい!大丈夫かヒデト!?メティスがいて何やってんだ!!」

「私!?」


俺は散々拷問を受けた後のような風を装って出来るだけ弱々しい声で「アウアウアー」と口をパクパクさせた。


「ヒデトの顔が酷い事に……、誰がやった!!?」


「いや別に顔は……」と言おうとしたら「ブフーッ」とメティスが噴き出した。マリアがメティスの方を向くと後ろを向いて「ご、ごめんなさい、ブフー」と肩を震わせ笑いを堪えていた。

今倒れているのはナルシスに投げ飛ばされただけであって顔の傷や腫れはメティスが治してくれたはずなのだが?……はて?もしかしたら飛ばされた時に顔から地面に突っ込んだのかもしれない。そういえば顔から逝った気がしてきた。きっとそうだ、なんて酷い奴だ。


「こんな顔に……」と悔しそうに俺の顔を撫で回し「あいつか?あいつがお前をやったのか!?」とナルシスにビシッと指を差すマリア。

弱々しく「アウアウアー」と頷いてみせる。


「そこのお前!おまえがヒデトをやったんか!?あぁん!!」

「えっと…、確かにやったのは自分だが……」

「お前がヒデトをあんな顔にしたのか!?あぁん!!」


「いや顔の事はもう良いだろ!?」思わず突っ込んでしまった。


抱き抱えていた俺をペイっとうっちゃってヅカヅカとナルシスに詰め寄って行ってしまう。


「ヒデトが何したってんだよ!あぁん!!」


マリアがイケメン過ぎて俺が女だったら絶対に惚れている。……いや、マリアは女な訳で俺が男だから惚れても良いのか?


「こいつは滅茶苦茶喧嘩が弱いんだぞ!?自分から喧嘩を売れる奴じゃねーんだ!!」


メティスと二人で終わった空気でいたナルシスは、いきなり現れたマリアの怒気に充てられて「いや?え?」とタジタジだ。


「フフフ、マリアの奴め。俺の事をよく分かってんじゃねーか。……何だよ?何か言いたい事があるなら言えよ?」

「マリアに悪気がないからタチが悪いのよね。ズッキーが良いならそれで良いんじゃない?」


メティスはため息を吐いて呆れている。


「こんな所で寝転んでいたら風邪を引きますよ?」

「おーベリア。きっとここを通って帰ってくると信じてた」

「なんの話ですか?」


ベリアとマリアは二人で出かけていた。行き先は分かっていたので帰りに通りかかるであろう空き地へナルシスを誘導しておいた訳だが、もっと早く帰ってくると思っていたのに思いの外二人の帰りが遅かったのでしこたま殴られてしまった。




マリアが無遠慮にナルシスと間合いを詰めるので、ナルシスは殴りかかって良いものか決めかね、詰め寄ってきたマリアを両手で突き放そうとする。その両手をスルッと交わし逆一本背負いで投げ飛ばし、そのままグイッと腕ひしぎ十字固めで関節を極める。


「何だこれは!?イダダダダダダダッ」

「おいヒデト!ポキッと逝っとくか?なぁヒデトぉ!!」


止めてあげたいけどナルシスに投げ飛ばされてから視界がドロッドロになっていてよく聞こえない。何せ顔から投げ落とされたのだ。イケメンフェイスが重傷に違いない。

「コキッ」と小気味良い音が響き「ぎゃあぁぁあぁああぁぁぁっ!」と叫び声が響く。

「アーメン」と心の中でナルシスの冥福を祈っておく。

ああ見えてマリアはちゃんと手加減が出来るゴリラなので、骨を折らずに肩の関節を外しているだけで肩を入れればヒールをすればすぐ治る。


「俺に折るか確認する気遣いが出来るならヒールしてってくれれば良かったのにな」

「フフフ、マリアさんらしいじゃないですか」


マリアの職業のモンクはアコライトの上位職である為、基本支援は一通り使える。使えるからと言って使ってくれる訳ではないようだが……。

ベリアが手を貸してくれたので「ヨッコラセ」と立ち上がり手を離す。

「ズッキー気付いてた?」と、トコトコとメティスがやってきて何気なく恋人繋ぎをする。

その手をベリアが眉間に皺を寄せ「んんんんん?」と首を捻って凝視している。


「だよな?やっぱりこれ俺以外からも吸ってるよな?」

「……吸われてるわね」

「手を離すと無差別になんか集めてるよな?」

「うん、多分吸ってる。吸われるのは持ち主だけのはずだから、そんな仕様じゃないはずなんだけど……。何でだろ?」

「ちょっと責任者ぁ!説明を求めるぞ!!」


これはフォーチューンソードを与えたエロスに言っているのだが、当たり前のように返事はない。

先程ギルドの酒場にて、椅子が壊れたり机が壊れたり熱々のスープが飛んできたりするアンラッキーに見舞われた他、なぜか周りがざわついていた。勿論俺を見てざわついていた訳ではなく、皆が小さい不幸に見舞われていたのだ。小銭をばら撒いたり、立て掛けてあった武器が倒れて足を挟んだり、コップの取っ手が取れたり、シャワーを浴びた後う○こがしたくなったり、注文をしたいのに給仕さんに気付かれなかったり、ルーカスに彼女が出来なかったり等々。


フォーチューンソードを目を凝らして見た時はオーラが全体に漂っていた。

しかし、メティスと手を繋いでからフォーチューンソードを見ると、自分からオーラが流れているように見えた。

あまり気にもしていなかったのだが、ゲージの回復量を見た時に、机と椅子を壊して熱々スープを被っただけにしてはゲージの回復量が多くない?と、なんとなく違和感を感じていた。たったそれだけの不幸で3%もゲージが回復しているなら100%なんてすぐじゃん?そしてやはりというかなんというか、人気のない空き地でナルシスと対峙しメティスから手を離すと明らかにナルシスからも紫っぽいオーラが流れてくるように見えた。そこで確信した訳だ「あれ?これ無差別に人から運吸ってね?」と。

あの周辺にいた人全てに小さい不幸を起こし運を吸っていたとするならば回復量が多いのも納得だ。


「メティスに触ってても少しなんだが吸われてる気がしたんだよな……。ほら、今もなんかうっすら出てない?これ」

「ん〜、あっホントだ。私といるのに少し吸ってる」

「『あっホントだ』じゃねーよ!?やっぱ常に吸われんのかよ!?」

「ホント、そんな仕様じゃないはずなんだけどね?」

「それにしてもあいつにくるアンラッキーが遅かったのはなんでだ?もっと早く何かが起きても良さそうなもんじゃないか?」

「ズッキーが思う存分苦しんでからじゃないと嫌だったんじゃないの?」

「嫌だったって何がだよ?運剣が俺を痛い目に合わせたかったの?……なんでだよ!?」

「ウンケン?」

「フォーん〜ん何ちゃらって長いし、神器?だからあまり人前で言わない方が良いんだろ?」

「『幸運剣』で『ウンケン』ね」

「……運剣な?」

「ウンケン」

「なんかイントネーションが……」

「あのお!」


ベリアが急に大きな声を上げた。


「当然のように話を進めていますけど、なんでそんな恋人みたいに繋がってるんですか?」

「恋人みたいに『繋がっている』だなんてはしたないわよベリア」

「あんな、ベリアだからって何を言っても笑って聞いてあげられる訳じゃないぞ?まぁね、ヤーキーモーチならしょうがないけど」

「何を訳の分からない事を言っているんですか?ヒデトさんは馬鹿になってしまわれれたんですか?もしかしてもう死んだ方が良いのではないですか?」


ひどい。


「おーい、こいつどうすんだー?殴っとくかー?」


マリアがナルシスを引き摺って戻ってきた。


「あー、なんかそいつも被害者っぽいんだよな」

「被害者?」


ナルシスは肩の関節を外され「ムグググググ」と唸っている


メティスがナルシスの肩をヒールで治してやるとマリアに向かってファイティングポーズをとった。「お、やる気か?」と邪悪な笑みを浮かべ嬉しそうにしている。ナルシスは闘争のポーズをとってはいたが明らかにマリアにビビっている。


「待て待て。お前も俺をフルボッコにしたんだし、これでチャラって事で良いだろ?」

「あたしは別に構わねーけどなー」

「お前も挑発すんな!っでもやり返してくれてありがとう!」

「う、うん///」

「違うでしょ、そういう時は……」


メティスがマリアにゴニョゴニョと耳打ちをしている。


「そうでしたわっ!……ゴホンッ。あー、あーあー。べ、別にヒデトの為にやったんじゃないんだからねっ!」

「お、おぅ」

「ヒデトの反応が微妙ですわよ!話が違いますわ!?」

「いいえ、あれはオチたわ。完オチね。ベリア、どう思う?」

「あれは絶対落ちましたね。私が言うんですから間違いないです」

「落ちたんですの?じゃあワタクシの勝利ですわね?」


この場合の「オチた」は、マリアのツンデレに俺がキュンとした?って事で良いのかな?マリアの中では「締め落とす」とかそういう感じなのだろう。


「おいメティス!あんまりマリアに変な事教えんなよ!!」

「そこで『もうとっくにオチてんよ(キラーン)』とか言えないの?」

「だからモテないんですよ」

「おい!」

「ちょっと待ってください!こっちの話が終わってませんよ?」

「あー、もうお前らはなんなんだ!!」


ナルシスの存在をすっかり忘れていた。

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