第65話 喧嘩はいけますん!
前回のあらすじ 初めてみる神官服の冒険者にいきなり怒られた。
「ほらー怒られたー」
どうも相手が呪いの元凶(エロス)の話となると、いつもの寛大さが失われてしまう。
ツカツカと俺とメティスのいるいつもの隅のテーブルへやってくる神官服の男。
「別にエロスの悪口を言った覚えはないんだけどな」
「さまだ」
「……?サマダー?」
「エロス『様』だ!なんなんだ貴様は!?」
宗教の問題は揉めると面倒だ。ここは逃げるが勝ち。
「ああ、ごめんごめん。もう言わない」
「貴様!舐めているのか!?」
俺にどうしろと?
敬称を付けないだけでこんなに怒るられるんか?カルシウムが足りていないのではないか?(悪態も吐いている)
しかしここは、街の外、道中でも貧民街の下町でもない、ギルドの酒場だ。
いきなり刃傷沙汰になるような事もない安全なギルドの酒場。
「ナメテナイヨー。エロスサマバンザーイ」
「分かった。貴様は喧嘩を売っているのだな?」
「この子ね、ギルドの酒場で人の目があるもんだから調子に乗ってちょっとイキっちゃってるだけなの。悪気はないのよ?」
「『中学デビュー、イキリ方失敗』みたいに言うな」
「私から怒っておくからゴメンネゴメンネー」
神官服の男が急に固まってしまった。メティスが固まった神官服の男に近づいて顔の前で手をヒラヒラさせたりして「おーい」と声を掛けるが返事がない。
「……ッハ!なんてお美しいお方!?」
「ん、ありがと」
「私?」とかないんだな……。
「お名前はなんとおっしゃるのでしょうか?これは失礼致しました。私は『ナルシス』と申します。今は冒険者をやっています。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「メティスよ。よろしくね」
お互い左胸の前で拳を握る。エロス教徒の挨拶らしい。
「よろしくお願い致します。まるでエロス様が現世に降臨されたかのようなお美しさ。お会い出来て恐悦至極にございます」
「エロス様のお美しさは私なんかでは足元にも及びません。恐れ多い」
エロスに例えられ満更でもなさそうだ。口調まで若干変わってる。
エロスは基本的に男性として表現される事が多いのだが、エロス本人曰く「そこに愛と性があればなんでも良いのよ」という事なので、見る人によっては赤子から老人まで同性でもなんでもござれ、心の中に現れた理想の愛と性の象徴を神と崇めるのならそれがエロスだ!というおおらかな宗派である。
さすがエロスに敬称を付けないだけで(悪態も吐いてた)怒るくらい信心深いエロス教徒だ。メティスを見てエロスを連想出来るとは、凄いのを通り越して、通り越すとなんだろ?
「んん?なぜお手を?」
ナルシスが俺とメティスが手を繋いでいる事に気付いた。
「なぁメティス。これ呪いが漏れてないか?今までこんな絡まれ方した事ないぞ?」
「大きな声でエロス様の悪態を吐けば絡まれるに決まってるでしょ?馬鹿なの?」
「そっかー、今後気を付けるわ」
「質問に答えろ!なぜ手を繋いでいる!?」
なんなら恋人繋ぎでガッチリホールドしている。
困ったぞ。「なぜって恋人だから」って言ってやりたい気がしないでもないけど、例え冗談であったとしても「メティスと恋人」とか言いたくない。かといってフォーチューンソードの事も言えないし……。
あ、そうか!
「お前には関係ないだろ?」
これなら余計な事を言わずに、相手が勝手に想像を掻き巡らせてくれる。
俺は眉をハの字にちょっとイケメンな顔をして半歩踏み出しメティスを庇うように前に立つ。テーマは「悪者に絡まれたカップル」だ。
「なんだと?どういう事だ?」
後ろ手にして繋いでいる手をメティスが振り回す。繋いだ手をフリフリして仲の良い恋人アピールかな?今はそういうシーンではないのだが、しかしナルシスは俺とメティスの思惑通り「ムググ」と奥歯を噛み締め悔しがっている。
もう一度言ってやるか、フフフ。
「お前には関けイデデデッ!」
手をフリフリされるもしっかり恋人繋ぎでロックしていたら器用にハンマーロックのような関節を極められてしまった。
「いてーって、何してんだよ!?」
「このままズッキーと一緒にいたら絶対に私も巻き込まれるでしょ?離して」
どうやら手を離して欲しかったらしい。
「『巻き込まれる』は俺のセリフだ!お前が持ってきた物が原因だろうが!!」
「そうよ!だから私は嫌!無理!って言ったのにズッキーが私を組み伏せて無理矢理奪ったんじゃない!」
「だからお前はそういう紛らわしい言い方をするな!『組み伏せて』なんて言葉そうそう使わねーぞ!?確かに組み伏せたかもしれないけどっ」
「無理矢理組み伏せただと!?」
「ほら!どーすんだよ、変な誤解されただろ!」
「しかもこともあろうに嫌がる相手を、……奪ったのかっ!?」
「だからそういう事じゃねーんだよ!思わせぶりな態度で誘っておいて土壇場になって嫌とか無理とか言われてもさ!もうや止められない止まらないやめる訳にはいかないだろう!?」
「そうか、そういう事か」
「おお、分かってくれたか」
話せば分かる奴で助かった。危うく何かの犯罪者にされるところだった。
冤罪ダメ絶対!
「無理矢理手篭めにしておいて、あくまで誘ったのはメティスさんの方だと?自分は悪くないと言うのかこの外道がぁ!!」
「なんでそうなるんだよ!!」
「今のはズッキーの言い方が悪いわよ」
「やっぱり?」
「確信犯なの?」
「メティスがそういう言い方するから乗っからずにはいられなかった。反省はしていないって、良いからそろそろ腕を離してくれないかな?」
「じゃあ手も離す?」
「離したらハードラックと踊り狂っちまうだろうが!?」
「まさかメティスさん!その男に付き纏われているのですか!?」
メティスが俺とナルシスを交互に見てちょっと考えた後に「ええ、実は……」と顔を伏せおずおずと答える。
「この腐れ外道が!」
「お前の目はフジツボか!?」
「フジツボ!?節穴じゃなくてか!?」
ちなみにフジツボは画像検索をすると連コラみたいになってて苦手な人は絶対にしてはダメだぞ。
「腕極められてるの見えてるか?見えてないならフジツボでも節穴でも同じようなもんだろ?」
「だからと言って付き纏いがないとは限らないだろう?」
「限るだろ!?DVされてるのは俺の方だぞ!?メティス!人の腕ぇ捻り上げておいてよくそんな事言えるな!?!?」
「貴様!!その手を離さんとその腕切り落とすぞ!!表へ出ろ!!」
「お前もこの状態を見てよくそんな事言えるな!?……ちょ、お前外に出ようとするなイデデデっ」
「腕を切られたら困るでしょ?」
「腕を離せば良いんだよ!」
「離してくれるの?」
「腕は離さないけど手は離すよってあれ?手は離しちゃいけないけど腕を離すとどうなるの?……痛えって!!」
ハンマーロック状態のまま引っ張られるので逆らえない。
「ヒーデートーさん!何を騒いでいるんですか?」
受付さんが騒ぐ俺たちの不穏な空気を読み取って様子を見にきてくれたようだ。だがしかしハンマーロック状態の俺に状況の説明を求めるか?
「どこをどう見れば俺に聞く事になるんですか!?なんでもかんでも俺のせいですか!?」
「そうよ、ズッキーが息吸って吐いてるからオゾン層に穴が空くのよ」
「俺の息はフロンガスなの?」
「ナルシスさんも何をやっているんですか?」
「メティスさんがストーカーに付き纏われているようなのでお助けしようとしただけです」
「誰がストーカーだ!!?」
「とりあえずメティスさん、ヒデトさんを離してあげて下さい」
受付さんに言われてやっと腕を解放された。
しれっとメティスが繋いだ手まで離そうとしたが、ガッチリ握って恋人繋ぎを離さない。
そのしっかりと握った恋人繋ぎを受付さんがチラッとナルシスに目配せした。
「ヒデトさんがストーカーだったら恋人繋ぎなんてしませんよ」
「こっ、ここここ恋人なんですかっ!?」
「ちげーよ!」「人聞きの悪い」
「『人聞きの悪い』って酷くね?」
「ね?息ぴったりでしょ?」
「こんな冗談の通じなさそうな奴にそんな事言ったら面倒臭くなるでしょ」
「誰が冗談通じなさそうな奴だ!!」
「なんにせよ、喧嘩はダメですよ!」と受付さんは注意して戻っていった。
「なんか気に障ったのなら謝るよ。ごめんよ?必要とあらば土下座をするのも吝かではないのだが、俺が土下座をするとメティスも地面に座らせないといけなくなるからまた今度な」
しっかりと繋がった手を前に出す。
「ズッキー、一応言っておくけどそれは多分煽ってるわね」
「え?謝ってるじゃん??」
俺としてはこんなギルドの酒場で、ましてや受付さんの目の前で喧嘩なんかする気はない。下手に出ておく事によりこちらは喧嘩なんかする気ないアピールのつもりだったのだが?
「ナチュラルに喧嘩を売るから友達が出来ないのよ」
「大きなお世話だ」
だが、ナルシスを見ると先ほどよりもずーっと悔しそうに奥歯を噛み締めて「ムググググググ」と唸っている。受付さんの手前我慢しているのだろうか?
本当に煽ったつもりはないのだが。どうしたものか。
「手を繋いでいるのも、……ちょっとなんだ?あー、宗教的なあれでだな。あーアレなんていうんだっけ?こうやってないと『めっ!』って怒られるやつ」
「戒律?」
「それそれ、戒律なんだ。今は勘弁してくれ」
宗教上のせいにしておけば大体の事は融通される。
「そんな戒律あってたまるか!私には分かります!無理矢理なんですね?恐れなくても大丈夫、私が付いています!!」
なんだかだんだんムカついてきたぞ。どうせメティスの前で格好付けたいだけだろ?
むしろ女の気を引きたい時にオラつくのは逆効果だぞ?ソースはルーカス。ベリアにドン引きされていた。
その事を教えてやる謂れもないので、こいつは見たところ神官だ。さすがに喧嘩になっても負けないだろう。
「分かった分かった。とりあえず外で話をしようか」
「ズッキー、多分それフラグよ?」
冒険者は舐められてはダメだ。珍しくやる気だっていうのに水を差さないで欲しい。
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