第9話 今日の出来事話ますん!


その日はいつも通り始まった。

馬小屋で起床し、メティスと一緒にギルドの酒場で朝食を食べてアルバイトの現場へ「行ってきまーす」と出発する俺。メティスは酒が抜けていないのか俺に興味がないのか、ひらひら後ろ手に降って机に突っ伏している。「行ってらっしゃい」というよりも「さっさと行け」にしか見えないのも割といつも通りだ。

メティスはカウンター席でいつものこじk……、ではなくて、いつもの冒険に出発する冒険者達に祈祷を行っていた。


祈祷のお礼に貰った酒をチビチビ飲りつつ、冒険者達は勿論、酒場の従業員や常連、ギルドの受付さん達と雑談をしながら募集待ちをするいつもの通り日常である。

俺には塩対応なのだが、いつも明るくニコニコしているメティスはすっかり酒場のマスコットキャラ的に愛されている。

お昼になってお客さんが増える時間には、いつもの壁際の隅の席に移動して、昼食を済ませ、そのまま席でお昼寝をしている。


……こいつ本当に良い暮らししてやがるな。生活がニートってよりも猫のそれなんだよなぁ……。


昼過ぎになりお店の客もすっかり出払った頃、慌ただしく冒険者パーティが入って来た。


「こいつ猛毒貰っちまって、万能薬ないか!?」

「万能薬は用意していませんが」

「なんでも良いから猛毒を治せるものをくれ!!」

「猛毒ですと教会へ」

「教会じゃ治せなかったからこっちに来たんだよ!」


この街の周辺にいるはずのない凶悪なモンスター「サイドワインダー」に襲われ猛毒を喰らいながらも、命からがら逃げてきたのだという。

猛毒はアンチポイズン(毒治療魔法)、グリーンポーション(解毒薬)では治すことができない。

キュアー(状態異常回復魔法)、万能薬(状態異常回復薬)でなくては治せないので急いで街に戻ってきたのだが、時間が経ち過ぎて毒が全身に回ってしまい、教会にいるプリーストのキュアーでは治す事ができなかった。なので、冒険者ギルドに猛毒を治す薬がないかと担ぎ込まれたのである。

キュアーで治らないとなると、万能薬でも治せるか怪しいものだが、試さずにはいられないのだろう。だが、猛毒を持っている様な魔物がいない初心者の街と言われる 「ブレイド」では在庫を確保していない。金の針(石化回復道具)と違って、長期間おいておくと薬自体が悪くなってしまうので在庫を確保しないのだという。


だが、エリクサーならば治す事が出来るかもしれないが、高額すぎて一介の冒険者が買える様な物ではない。

いつ命を落とすか分からない冒険者は基本的に借金ができないのである。

冒険者達は八つ当たりする様に職員に怒声を浴びせるが、人命がかかっているからといってエリクサーはおいそれと渡す事ができない希少かつレア物だ。

人の命よりも金は重い。世界が変わっても真理は変わらない。世知辛い世の中でしょう。


猛毒を受けた冒険者の顔色はもう、緑色になっていて、先ほどまで痙攣していた体も止まっているしまっていてもう呼吸が止まっている様な状態で一刻を争う状況。

冒険者とギルド職員が言い争いをしている中、騒ぎで起こされたメティスがトコトコと現れた。


「何騒いでるの?煩いんだけど、……ん?キュアー‼︎」


すると、ゾンビの様な顔色をしていた冒険者の顔がみるみる赤みを帯びて、弱々しくはあるが呼吸を始めた。その姿を見て満足げに頷いたメティスは「ねえ、そこのあなた。ブルーストーンちょうだい」と、猛毒を貰った冒険者の介護をしていたプリーストから石を受け取った。


「サンクチュアリ‼︎」


媒体を使いその範囲に入っただけで、傷や怪我を治す聖域を作り出す上級魔法を唱えた。サンクチュアリの光に揉めていた冒険者、ギルド職員一堂が何事かと振り向くと、教会プリーストですら治せなかった猛毒が解毒されている様子。

傷だらけで逃げてきた冒険者達の傷まで、みるみる治っていくではないか。


冒険者ギルドに関わる者はメティスがハイプリーストである事は知っている。

だが、ハイノービスを連れ、ギルドの仕事も満足にこなす事もできず毎日朝から酔っ払っているハイプリーストなんて本当にハイプリーストなのか?魔法も使えるかどうか怪しいもんだ、というのがメティスを知る人達の評価であった。

なので、ハイプリーストのメティスがいつもの場所にいる事は全員認知はしていたにも関わらず、誰も声を掛けなかった。

飲んだくれポンコツハイプリーストが、教会のプリースト達が解除できなかった、瀕死状態からの猛毒を癒し、上級魔法サンクチュアリまで使ってしまったのである。


奇跡を起こした当のメティスはというと、回復した者達を見て満足げに頷いて、大欠伸をしながら定位置の壁際の隅にトコトコと戻って眠ってしまったではないか。

ありがとう、と泣きながら駆け寄り謝礼を言う冒険者達に「うるさーい!…zzz」と一喝した。

その場にいた一堂が大爆笑し、そのお礼に豪華な食事をと、お代を置いていったのだと言う。


というのが今日の出来事らしい。


気付けばご相伴に預かりに集まった者達が、今日の出来事を聞いて、ヒューヒューと喝采をあげている。

メティスは「困った人を助けるのは当たり前よ!」と、聞いた風な名台詞をドヤ顔で言い放ち、ご満悦のご様子である。



なんか盛り上がっているしあえて突っ込みはしないが、これを話して聞かせてくれたのはほとんどが受付さんだ。

多分だけど、メティスは酔っぱらって寝惚けていただけでほとんど覚えていないのだろう。

夢現の中でも人を助けたのは賞賛に値するのだろうが、俺の口からは調子にのるので絶対に言わないでおこうと思う。

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