第586話 合成獣の弱点!?
優に百キロは超える体重を誇るロキではあるが、その重をまるで感じさせなように軽やかな足取りで、音もなく左右にステップを踏みながら疾風の如き素早さでキマイラへと迫る。
「キシャアアアアアアアアアアアアアァァァ!!」
迫りくるロキを見て、危機を察した尾の蛇が口から毒液を放射状に吐き出すが、その時には既にロキの姿は蛇の視界から消え失せていた。
「シャッ!?」
尾の蛇慌ててぐるりと周囲を見渡すが、素早く動く黒い狼の姿は視界の隅にちらと映るだけで、完全に捉えることができない。
「シャシャッ!」
これはただ事ではないと察した尾の蛇が、どうにかしてロキを捕えようと必死に目を走らせる。
「わふっ……」
ロキは忙しなく動く尾の蛇の視界かが逃れるためか、円を描くようにキマイラの周囲を動き回る。
だが、尾の蛇の視界から逃れても山羊とライオンの四つの目はしっかりと黒い狼の姿を捉えており、それがわかっているからか、ロキも相手の隙を伺うように動き回るだけで、無理に攻めようとはしない。
時折ライオンの前脚がピクリと反応し、山羊の角が仄かに黄色く光ったりするが、ロキを捉えるまでには至らないのか、攻撃に移るようなことはなかった。
激しく動き回るロキと悠然と構えるキマイラの牽制合戦は、硬直状態に陥るかと思われたが、
「キシャアアアアアアアアアアアアアァァァ!!」
唯一、牽制合戦に参加できていない尾の蛇が、不満を露わにするように激しく動きながら叫び出す。
口から激しく毒液を吐き、まるで「俺にも見せろ!」と謂わんばかりにライオンの胴体を強く叩いてアピールする。
「…………」
だが、その訴えを無視するようにライオンは、ロキを正面に見据えようと向きを変え続ける。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!」
すると、我慢の限界に達した尾の蛇が尾をピンと伸ばして叫ぶと同時に、
「メ、メエエエエエエェェェ!」
胴の上にある山羊の頭が、激しく首を振りながら大声を上げる。
「――ッ!」
その尋常ではない叫び声に反応したのは、体を統率するライオンだった。
「ガウッ!」
鋭く鳴き声を上げたライオンはクルリと踵を返すと、一目散に逃げ出す。
次の瞬間、キマイラがいた場所にシドが凄い勢いで落ちて来て、盛大に土煙を上げる。
「チッ……外したか」
背後で様子を伺っていたシドはキマイラがロキに気を取られている隙を突き、視界の外から一気に勝負を決めようとしたが、他の二匹より視界が高い位置にある山羊の目にはシドが映っていたようで、後少しのところで回避されてしまったのだった。
「まあいい、次は決める」
何事もなかったかのように立ち上がったシドは顔に付いた土を払うと、颯爽と隣に並んだロキに笑いかける。
「ロキ、アドバイスありがとな」
「わん!」
ロキは「どういたしまして」と嬉しそうに吠えると、シドの顔に嬉しそうに頬擦りする。
シドは手を伸ばしてロキの顎の下を優しく撫でてやりながら、一連のやり取りが理解できていない様子の老人に話しかける。
「どうやらお前の自慢のキマイラとやらの弱点が露呈したようだな」
「な、なんじゃと」
「わからないのか?」
シドはニヤリと笑いながらこちらの様子を伺っているキマイラを指差す。
「あの獣、それぞれが自我を持っているようだが、意志疎通は甘いようだな」
「……それの何処に問題が?」
「問題は大アリさ。戦闘ではパーティの意志疎通が命運を分けると言っても過言ではないからな。その弱さが露呈した以上、もうこいつはあたしたちの敵じゃないさ」
「わんわん!」
シドの言葉に、ロキが「そうだ」と続くように吠える。
「……フッ、何を言うかと思えば」
シドの言葉に異論があるのか、老人は余裕の笑みを崩すことなく杖をコツコツとリズムカルに叩きながら話す。
「互いの意志疎通? そんなもの必要ありませんよ」
「へぇ……じゃあ、あんたは何が必要だと言うんだ?」
「必要なのは絶対的な統率者です」
シドの問いに、老人は淀みなく答える。
「上に立つ者が完璧な作戦を立て、下の者がそれを完璧にこなす。これだけで十分です。そして、キマイラを統率するライオンは、そこら辺の獣とは器が違うのです」
「……あたしからすればただの大きな猫にしか見えねえけどな」
「フッ、これだから学のない者は困ります」
老人はシドのことを嘲笑するように大袈裟に肩を竦めると、コツン、と杖を強く叩いてキマイラに向かって叫ぶ。
「さあ、キマイラよ。遊びは終わりです。百獣の王たる力と知恵を遺憾なく発揮し、そこのメス共を駆逐して差し上げなさい」
「ガオオオオオオオオオオオオオオオォォン!!」
老人の声に応えるようにライオンは一声鳴くと、悠然とした足取りで前へと出る。
さっきまで揉めていた様子の山羊と尾の蛇も、ライオンの一声で正気に戻ったのか、六つの目でシドたちを見据えながら主の声を待つように臨戦態勢を取る。
「ヘッ、上等だぜ」
迫りくるキマイラを前に、シドは拳を打ち鳴らして構えながらロキに向かって叫ぶ。
「ロキ、今度はあたしたちが本物の絆の力って奴を見せてやろうぜ!」
「わんわん!」
声に応えるように鳴くロキを見て、シドはしかと頷くと、
「いくぞ!」
かけ声を上げて、黒い狼と一緒にキマイラに向けて突撃していった。
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