第585話 家族が従属か

「うく……い、一体何が……」


 何かの攻撃を受けたシドは、苦悶の表情を浮かべながら顔を上げて周囲の状況を確認する。


「まさか……何処かに罠の類が仕込まれていたのか?」

「いえいえ、そんな卑怯な真似、するわけありませんよ」


 これまでの自分の行いをすっかり棚に上げ、老人は大きく肩を揺らしながら笑う。


「それよりいいのですかな?」

「…………何がだ?」

「あなたのいる場所、そこは既にキマイラの射程圏内ですよ?」

「えっ?」


 シドが驚きの声を上げると同時に、彼女の視界の隅で何かがキラリと光るのが見える。



 ハッ、としてそちらに目を向けると、キマイラの胴から不自然な形で生えている山羊の角が激しい稲光を発生させているのが見えた。


「なっ、ななっ……」

「メエエエエエエェェェ!」


 次の瞬間、山羊が嘶きを上げながら角に溜めたエネルギーをシドに向けて放つ。


「あっ…………」


 ただの飾りだと思っていた山羊の頭が見せた思いもよらぬ攻撃に、シドは回避することも忘れてその場に呆然と佇む。

 漆黒の闇を切り裂きながら進む雷鳴は、そのままシドの体を貫くかと思われた。



 だが、


「アオオオオオオオオォォン!!」


 シドの危機を察したロキが黒い風となって駆け抜け、すんでのところで彼女の体を咥えて雷の射線から逃れる。


 シドを救出したロキは、円形の壁を駆けてキマイラから距離を取り、安全な場所まで退避しところで口を開けて彼女の体を地面に下ろしてやる。


「わふっ、わんわん!」

「あ、ああ……すまない、助かった」


 シドの安否を気遣って舐めてくるロキの頭を撫でながら、シドは悠然と振り返ってこちらを見ているキマイラを睨む。


「あいつ、一体どれだけの攻撃パターンがあるんだよ……それに魔法だなんて冗談じゃねえぞ」


 これまで幾度となく戦いの経験を積んできたシドであったが、実際に魔法を使う相手に戦闘をしたことはなかった。


 それは、この世界において魔法は特別な才能がある者しか施行することができないからだ。


 一説によると魔法そのものを使う才能は誰でも持ち合わせているのだが、それを使うための専用の回路を繋ぐ術を得ていないから使えないという話もある。


 そして、その回路を繋ぐ術を指南してくれるのが、この世界の種族の中で唯一、一族全員が魔法を施行することができるエルフと言われている。



「こうなったらソラだけじゃなく、あたしも魔法を教えてもらおうかな……」


 今回の旅の最大の目的はソラの魔法習得だが、シドもチャンスがあれば自分も魔法の一つでも覚えたいと思った。


 そして、その為にもまずは目の前の合成獣をどうにかしなければならなかった。


「蛇が毒液を吐き、山羊が魔法を使うとなると、メインの顔のライオンは一体何をするんだ?」

「わふっ、わんわん!」


 シドの呟きに、何かに気付いたのか、ロキが彼女の服の襟を引っ張って何かを訴えてきたが、


「……………………何言ってるかわからねぇ」


 その内容とまでとなると、シドの読解力では到底無理な話だった。


「キュ~ン……」


 自分の話が全く通じていないことに、ロキは肩を落として目に見えて落ち込む。



 わかりやすい態度を見せるロキを見て、シドは苦笑しながら巨大狼の頭を撫でる。


「ロキはよくあたしの気持ちを汲んでくれるのに、あたしはコーイチやミーファと違って言葉が理解できなくて悪かったな」

「……クゥ」

「気にするなって……ところか? フッ、お前は本当に気の利く狼だな」


 ロキの大きな顔を抱き寄せ、そのもふもふの毛皮に顔を埋めたい衝動に駆られたが、シドはグッと堪えてゆらゆらと蛇の尻尾を揺らしているキマイラを見ながら話しかける。


「生憎とあたしはロキの考えはわからない。だけど、あたしは他の誰よりもロキの動きに対応することができる」

「わふっ?」

「あのキマイラについて何か気付いたのなら、言葉じゃなくて動きで教えてくれ。どんな無茶な動きでも、あたしは付いていってみせるからよ」

「わん!」


 シドの言葉に、ロキは「わかった」と言うように元気に吠えて飛び跳ねるように前へと出る。



「おやおや、ペットを前に出して飼い主は安全な場所で高みの見物ですか?」


 ロキの背後に陣取るシドを見て、安全な位置で状況を見守る老人が呆れたように声をかけてくる。


「同時に攻めて来れば、万が一にも私のキマイラに勝てたかもしれないのに、自分の命を助けてくれた狼を盾にして、高みの見物のつもりですか?」

「ハッ、言ってろ!」


 老人の挑発に、シドは動じることなく獰猛に笑ってみせる。


「それとこれだけは言っておくが、ロキはペットじゃない。大切な家族だ」

「フッ、そうやってペットのことを家族という輩はよくいますが、私からしたら愚の骨頂ですね」


 老人はやれやれ、と大袈裟に肩を竦めてみせながら呆れたように笑う。


「主人と飼い主、その絶対的な関係があってこそ本当の信頼関係が生まれるのです。それなのにわざわざ獣と同じ立ち位置に下りるなど、正気の沙汰とは思えませんね」

「うるせぇよ。お前の勝手な理想をあたしたちに押し付けんじゃねぇ!」


 シドは老人の言葉を振り払うように手を振る。


「あたしたちにはあたしたちなりの戦い方があるんだよ。まあ、見てろ。お前の自慢のペット、ぐちゃぐちゃに叩き潰してやるからよ」

「わんわん!」


 シドの言葉に続いて「そうだ、そうだ」と言うように鳴いたロキは、前脚をかいて気合を入れると、首だけ後ろを振り返って彼女に向かって元気に吠える。


「わふっ、わんわん!」

「ああ、好きに暴れろ。サポートは任せろ」


 ロキの意図を察したシドが力強く頷くと、


「わん!」


 ロキは「行きます!」とシドに声をかけて、左右にステップを踏みながら前へと出た。

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