第587話 最強の獣
キマイラに向かって駆けながら、シドはロキに向かって吠える。
「ロキ、かき乱すぞ!」
「わん!」
それだけでシドの意図を察したロキは「任せて」と一声吠えて左右に別れる。
「ガウッ!?」
シドたちが分かれたのを見て、キマイラの中心であるライオンがどちらに的を絞るべきか迷って思わず急停止する。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
すると、先程ロキに散々弄ばれた尾の蛇が、雪辱を果たそうと右に出た黒い狼に向かって顔を伸ばす。
「アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォン!!」
それを受けて、ロキは尾の蛇の挑発に乗るように遠吠えをしながら大きく跳んで上空からキマイラへと襲いかかる。
「シャアアアアアァァァ!」
ロキが逃げ場のない空中に飛んだのを見て、尾の蛇はチャンスと見て自身の体を無理矢理伸ばして山羊の顔と並べると、大きく口を開いて毒液を吐こうとする。
「おりゃあああああああぁぁ!」
だが、そこへ左へと回ったシドが、蛇の所為で出来た死角から回り込み、尾の蛇を山羊の頭ごと蹴り飛ばす。
意識が完全にロキの方に向いていたキマイラは、シドの蹴りを受けて体制を崩す。
「わんっ!」
さらにそこへ空中から落ちてきたロキが追撃を仕掛けようとするが、
「ガウッ!」
そこは唯一攻撃を受けなかったライオンが地を大きく蹴ってロキの追撃だけはどうにか回避する。
そのまま地面を転がるように回避したキマイラが体制を立て直すと、胴の上から飛び出した形が災いしてか、山羊の片目が潰れ頭から赤い血が流れていた。
「メ、メエエエエエエェェェ!」
思わぬ形で怪我をした山羊の頭は、抗議の声を上げながら尾の蛇へと叫ぶ。
「シャッ! シャッ!」
だが、尾の蛇はその抗議の声に全く耳を貸す様子を見せず、早く攻撃を知ろと謂わんばかりに胴をビシビシ、と叩いてライオンを急かしていた。
「ええい、何をしているのです!」
いきなり仲間割れを始めたキマイラを見て、怒りを露わにした老人が杖を振り回しながら怒鳴る。
「そんな見え見えの陽動に引っ掛かるとは何事です! 実力はあなたの方が上なのですから、冷静に対処すれば問題ないはずです!」
「ガウ!」
老人の怒声に、全体をまとめるライオンが静かに鳴き声を上げる。
「メエ……」
「シャッ……」
その一声で、いがみ合っていた山羊の頭と尾の蛇は揃って黙る
平静を取り戻した様子のキマイラを見て、老人は満足したように大きく頷く。
「そうです……いつものように立ち回れば、あなたたちは無敵です。まずは一人ずつ、丁寧に処理していきなさい」
「ガウッ!」
老人の言葉にライオンは「心得た」と鋭く鳴きながら一歩前へと出る。
再び左右に別れたシドとロキ、どちらを狙うかを決めるために首を巡らせるが、
「シャッ! シャッ!」
ロキに恨みを持つ尾の蛇は、黒い狼を狙うべきだと主張し、
「メエエエエエエェェェ!」
シドに蹴り飛ばされた山羊の頭は、人間の女の方を狙うべきだと主張する。
「…………ガウゥ」
それぞれがバラバラの主張をするので、ライオンは人間であったら頭を抱えていただろうな苦しそうな鳴き声を上げた。
「さて、そろそろ決めようか」
目論見通りそれぞれが仲違いを始め、適度にダメージを与えて戦力を削ることに成功したと見たシドは、自然体で立って大きく息を吸う。
「……フンッ!」
シドは気合のかけ声を上げて力を解放する。
髪留めが吹き飛び、全身の筋肉が倍以上にバンプアップしながら白い体毛が全身を覆う。
指先から鋭く長い爪が伸び、犬歯が牙のように発達したかと思うと鼻が伸び、見目麗しい女性の顔から狼の顔へと変貌を遂げる。
「な、何ですと……」
人から、
「ま、まさかあなたは獣人王の……」
「そうだよ。あたしはシド、獣人王の血を継ぐ次の王になる者だ!」
自信の素性を明かしたシドは、鋭く長くなった爪を研ぎながら構える。
「クッ、まさか獣人王の力っを持つ者とは思いませんでしたが……」
シドの本当の姿を見ても冷静さを失わなかった老人は、迷いを断ち切るように大きく手を振りながら叫ぶ。
「だからといって、あなたたちが最強なのは変わりません。先に獣人王の娘から倒してしまいなさい。これは命令です!」
「ガウッ!」
「メエェ!」
「シャッ!」
老人の言葉にキマイラたちはいがみ合いを止め、真っ直ぐシドを見据えて構える。
「ヘッ、いいぜ。相手になってやるよ!」
長くなった犬歯を剥き出しにして笑ったシドは、地を蹴って前へと飛び出す。
ドン、という激しい音と土煙を上げながら飛び出したシドは、キマイラを惑わすように左右にステップを踏む。
「ガウッ……」
ロキから続くその行動に、ライオンはシドの着地際を狙おうと姿勢を低くしてタイミングを計ろうとする。
だが、
「キシャアアアアァァァ……」
「――ッ!?」
次の瞬間、尾の蛇の断末魔の悲鳴が聞こえ、ライオンは驚いて背後を振り返る。
そこにはシドに注意が向いた隙を突き、片目を失った山羊の頭の死角から一気に近付いて尾の蛇を噛み切ったロキの姿が見えた。
「メエエエエエエェェェ!」
いがみ合っていたとはいえ、体の一部を失ったことに山羊の頭が怒りに任せてロキに向かって魔法を放とうと角に力を溜める。
「ハッ、よそ見するとは随分と余裕だな」
しかし、今度は自分から意識が逸れたのを確認して一気に距離を詰めたシドが、キマイラの胴の上に取り付き、山羊の頭の体との接合部分をしっかりと掴む。
「今のあたしなら、これぐらいは余裕だぜ!」
そう言いながらシドは、力任せに山羊の頭を引っ張る。
人間の時と比べ、膂力が跳ねあがっているシドの力に引っ張られた山羊の頭は、ブチブチと破滅的な音を響かせ、大量の血を吹き出しながら裂け始める。
「メエエエエエエェェ……」
「ガウゥ!」
尾の蛇に続いて、山羊の頭まで失うわけにはいかないと、ライオンの頭が上に乗るシドに対処しようと動こうとするが、
「ガルルルル!」
そこに再び距離を詰めてきたロキが現れ、ライオンの目を鋭い爪で切り裂く。
「ガオオオオオオオオオオオオオオオォォン!」
眼を失ったライオンは、怒り狂いながら前脚を無茶苦茶に振り回すが、その時にはロキは既に安全圏に脱出しており、さらなる追撃を仕掛けるために姿勢を低くして構える。
それを見たシドは、ニヤリと笑いながらロキに向かって叫ぶ。
「ナイスだロキ、そのまま決めちまえ!」
「や、やめろ! やめてくれ!」
絶体絶命となったキマイラを見て、老人が狂ったように叫ぶ。
だが、そんなことはお構いなしと山羊の頭を引き抜いたシドは、ライオンの胴を蹴って脱出しながらロキに指示を出す。
「ロキ、お前が最強だってあたしに示してみせろ!」
「わん!」
シドからの叱咤激励を受けたロキは、目を失い、山羊の頭と尾の蛇を失って各所から血を吹き出しているキマイラへと接敵すると、
「アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォン!」
遠吠えを上げながらその首筋へと噛み付き、そのままライオンの首の骨をへし折ってみせた。
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