第573話 姉の目にも涙

 手に入れた鍵で門扉の扉を開けたシドたちは、音を聞いて駆けつけてきた男たちを迎え撃つ。


「左に四、右に二だ。ロキ、あたしたちは左に行くぞ」

「わん!」


 暗がりの中でも夜目の利くシドとロキが、先行して四人の男たちへと襲いかかる。


「えっ、何だ!?」

「何処から現れ……ぎゃ、ぎゃああああああっ!」

「ヒッ……どうしてガルムがここに、助けてえええええええぇぇ!」


 暗闇から疾風の如く現れたシドたちの猛攻に、完全に油断していた男たちは碌に武器を手にする間もなく打ちのめされていく。


「す、凄い……」


 四人の男たちが面白いように倒されていくのを見て、ラドロは呆気にとられたように立ち尽くす。


「ププッ!」


 動こうとしないラドロに、うどんが「早く行こ!」と言いながら彼の足をペシペシ、と前脚で叩く。


「……えっ? あっ、うん……僕たちも行こう」

「プッ」


 まさかウサギに急かされるとは思わなかったラドロは、困惑したように走り出す。



 ラドロが走り出したのを確認したうどんは、トトト……と武器を手にして周囲を警戒している二人の男たちへと突撃していく。


「あっ、危ないよ」


 いくら何でもただのウサギが、武装したごろつきに適うはずがない。そう判断したラドロは、慌てたように追いかける。


 だが、小さな茶色い影を追いかけるラドロの目に飛び込んできたのは、想像を超えた変化だった。

 うどんの耳が左右に開いたかと思うと、頭部を覆うように薄い刃が展開する。


「えっ……」


 突然の変化に驚くラドロを尻目に、うどんは大きく沈み込んで力をため込むと、一発の弾丸となって一気に飛び出す。



 風を切り裂きながら地面と水平に飛んだうどんは、あらぬ方向を向いている男の側面から襲いかかると、すれ違い様に頭を振って男の首筋を切り裂く。


「…………えっ? わ、わああああああああああああああああぁぁ!」


 うどんにぱっくりと首を切られた男は、噴水のように血が吹き出したところでようやく自分が切られたことに気付き、慌てて傷口を押さえるが、血を流し過ぎた所為でもうそこまでの力が残っていなかったのか、男はゆっくりと崩れ落ちるように倒れる。


「……よし、こうなったら僕も」


 空中でクルクルと華麗に回転して着地してみせたうどんを見て、自分もやらねばと思ったラドロは両拳をぶつけて気合を入れると、残っている一人に突撃する。


「――っ、誰だ!」


 そこでようやくラドロの存在に気付いた男が、ラドロへと剣を向ける。


「ここが誰の家か……こんなことして、どうなるかわかっているのか!?」

「当然!」


 男の問いかけに、ラドロは速度を落とすことなく突撃する。


「ヒッ……く、来るな!」


 鬼人オーガとしての力を解放し、身長が二メートルを超えているラドロの突撃に恐怖した男は、追い払うように闇雲に剣を振るう。


 完全に正気を失った様子の男に、ラドロは避ける素振りすらみせず、そのまま正面からぶつかっていく。


「……ふっ!」


 息を鋭く吐き、目を凝らしながらラドロは男が振っている剣の腹を手の平で弾く。

 その衝撃で男が持つ剣があっさりと真っ二つに折れる。


「えっ?」

「フン!」


 愕然として自分の俺か手にしていた剣の折れた先を探す男の顔を、ラドロは容赦なく殴り飛ばす。

 鬼人オーガの膂力で殴り飛ばされた男は、地面を二度、三度とバウンドしながら吹き飛ぶと、そのまま動かなくなった。



「うわっ、えぐ……」


 人としてはあり得ない吹き飛び方をする男を見て、シドは苦笑を漏らしながら周囲を見る。



「――っ、だ、誰か!」


 シドの視界の隅に、異変に気付いた見張りの一人が屋敷の中に慌てて逃げ込むのが見えた。


「……チッ、めんどくせぇな」


 すぐに援軍が来るのだろうが、少しでも時間を稼げたと判断したシドは、倒した男を放り捨てているロキに声をかける。



「ロキ、ミーファたちは何処にいるかわかるか?」

「わん!」


 シドの言葉にロキは「任さて」というように一鳴きすると、屋敷に駆け寄って顔を上げてスンスン、と鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。


「わふっ!」


 すぐさま何かに気付いたロキは、弾けたように駆け出し、二階にある一つの部屋のしたまで行くと、


「アオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォン!!」


 夜の闇を吹き飛ばすような遠吠えを響かせる。



 すると、ロキのすぐ上の部屋の窓がガタガタと揺れ出し高と思うと、勢いよく開かれ、中から小さな顔がひょっこりと現れる。


「ミーファ!」


 その顔が探していた愛しい妹であることに気付いたシドは、大きく両手を広げながらミーファに向かって叫ぶ。


「あたしが受け止める。飛び降りるんだ!」

「うん!」


 こっくりと大きく頷いたミーファは、窓の縁の上に立ち上がると、そのまま宙へと身を躍らせる。


「……いい子だ」


 素直に言うことを聞いたミーファを見て、シドは微笑を浮かべながら地を蹴って大きく跳ぶと、そのまま空中で小さな体を抱きとめる。



 そのまま音もなく華麗に着地したシドは、腕の中にある熱を感じるようにしっかりと抱き締め、頬擦りしながら感極まったように声を絞り出す。


「ミーファ…………よかった」

「うみゅう、シドおねーちゃん……ふぇ……ふぇええええええええぇぇん」


 普段はシドに冷たい態度を取ることが多いミーファも、彼女からの深い愛情を感じ取ったのか、姉の胸に顔を埋めながら声を上げて泣き出す。


「ミーファ……もう会えないかと思った。よかった……本当によかった」

「うええええええええええぇぇぇん…………ごめんなさあああああぁぁい!」

「いいんだ。ミーファが無事だったらそれでいいんだ……」


 泣きじゃくるミーファの頭を撫でながら、シドもほろりと涙を零す。


「……わん」

「ププゥ……」


 姉妹の感動の再会を邪魔しないようにと、ロキとうどんはやや遠巻きに見ていたが、それに気付いたシドが一匹と一羽に優しく声をかける。


「ロキ……うどんも……おいで」

「わん!」

「プッ!」


 その言葉にロキたちは弾けたように飛び出すと、しゃがんでくれたシドが抱えるミーファに突撃していく。


「わわっ、ロキ、うどんも……うん、ミーファもうれしいよ」


 会えてよかったと喜びを爆発させる一匹と一羽に、ミーファも両手でそれぞれの頭を撫でながら嬉しそうに頬擦りをしていった。

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