第572話 それぞれの立場から

「シドさん、来てくれたのですね」


 現れたのがシドだと知り、ラドロは上げていた手を下ろして警戒態勢を解く。


「まさか、本当に来てくださるとは思いませんでした」

「何言ってんだ。別にあたしは、お前のために来たんじゃねぇよ」


 シドは蠅を追い払うように手を振ると、月明かりを受けて不気味佇むグリードの屋敷を睨みながら話す。


「あたしは自分の大切な家族を、家族と共に取り戻しに来ただけだ。それ以上でも、以下でもねぇよ」

「そうですか……それで、その家族の方は?」

「何、すぐに来るよ。今は入口の鍵を探すために別行動を取っているだけだ」


 尤も、その鍵は既に手に入れたんだけどな。と言ってシドは手にした鍵を指でくるくると弄ぶ。



「それより気になるのは、お前の方だよ。噂には聞いたことあったが、まさか本物の鬼人オーガに会えるとは思わなかったぞ……その角、本物か? 痛くないのか?」

「別に隠していたわけじゃないです……ただ、覚えていなかっただけです。それとこの角は、骨なので神経は通ってないので痛くはないです……触ってみますか?」

「あ、ああ……じゃあ、ちょっとだけ」


 膝を付いて頭を差し出すラドロの額から生えた角を、シドは恐る恐る手を伸ばして触る。


「あっ……なるほど、こいつは確かに骨だな」

「はい、といっても普段は生えていないんです。戦闘態勢に入ると、体が大きくなって生えてくるんです」

「はぁ~、なるほど……不思議なもんだな」


 どうして角が生えてくるのかラドロ自身もわかっていないという説明に、シドは興味深げに剥き出しの角を撫でる。



 そうして暫くの撫で続けラドロの角を十分に堪能したシドは、手を離して話を本題に戻す。


「悪い、話が逸れたな。それで、隠していたんじゃなくて、覚えていないってのは?」

「あっ、はい、実はですね……」


 ラドロは自分の頭部をトントン、と指で叩きながら、グリードに投与された薬によって記憶を失っていたことをシドに話す。



「何だって!? それじゃあ、コーイチの様子がおかしかったのも?」

「はい、僕と同じ薬を投与された可能性が高いです」

「そうか……じゃあ、どうすればその効果が切れて記憶が戻るんだ?」

「それは……わかりません」


 シドの期待に応えられないことに、ラドロは申し訳なさそうに肩を落とす。


「ですが、何か大きな衝撃を受ければ……その人の感情が大きく動くような何かがあれば、記憶は戻る可能性はあります……僕がそうでしたから」

「そ、そうか……」


 その言葉でシドの脳裏に浮かんだのは、グランドの街にある下水道内で浩一を初めて結ばれるかもしれなかったあの日だった。



 あの時はソラの容体が急変したこともあって約束を最後まで果たすことができなかったが、あの日の約束を果たすことができれば、きっと浩一は記憶を取り戻すであろうとシドは考える。


「……シドさん?」

「――っ!? な、なんでもねぇよ!」

「そ、そうですか……」


 顔を真っ赤にして怒りを露わにするシドの気迫に圧されながらも、ラドロは周囲を気にするようにキョロキョロと辺りを見渡しながら話す。


「それで、できれば早く中に入りたいのですが、シドさんのお仲間は……」

「あ、ああ、もうそろそろ来る頃だと思うのだが……ああ、来たぜ」

「えっ、何処ですか?」


 ラドロはシドが指差す方向に目を凝らして先を見て見るが、それらしい人影は見当たらなかった。



 その代わりに、何やら四足歩行の獣がのしのしと歩いてくるのが見え、ラドロはまさかといった様子でシドに尋ねる。


「シドさんの仲間って……もしかして……」

「何だよ。変か?」


 唖然とするラドロに、シドはのっそりと現れたロキの頭を撫で、背中に乗るうどんを抱く。


「こいつ等には、ロキとうどんっていう立派な名前があるんだ。それにコーイチとミーファは、こいつ等と当たり前のように話せるんだよ……嘘じゃねぇぜ」

「わふっ」

「ププゥ」


 シドの言葉を肯定するように、ロキとうどんが揃って鳴き声を上げ、シドに寄り添うように身を寄せる。



 仲睦まじい様子の一人と一匹、一羽の様子を見て、ラドロは納得したように静かに頷く。


「いえ、信じますよ。獣人王の……王家の血筋の方なら、動物と話せても不思議じゃありませんから」

「……知っていたのか?」

「いえ、知りませんよ。ただ、動物たちと意思疎通が取れるのは、獣人の中でも王族に連なる者だけなのは有名ですからね」

「そうか……」


 特に意識をしていたわけではないが、こんなノルン城から遠く離れた地にも王族の力が知れ渡っていることを、浩一とミーファの力がいかに特別な力であることを知り、その力を持つことができなかったシドはうどんの背を撫でながらひっそりと嘆息する。



「わんわん」

「プッ……」


 それは僅かな変化であったが、その辺かにすぐさま気付いたロキとうどんは「元気出して」と励ましの言葉をかけながらスリスリと身を寄せる。


「……フッ」


 何を言っているのかわからずとも、ロキたちが励ましてくれていることに気付いたシドは、苦笑を漏らしながら顔を上げる。


「悪い、ちょっと考えごとしてたわ」

「いえ、お気になさらずに、それより……行けますか?」

「ああ、勿論だ。こいつ等も早く行きたくウズウズしているからな。そう言うお前こそ、ちゃんと戦えるんだろうな? ここから先は、相手もやる気で来るぞ」

「大丈夫です。もし、僕が足を引っ張るようなことがあれば、容赦なく見捨てていただいて構いませんので」

「上等」


 シドは手の中の鍵の束をジャラリと鳴らしながら、犬歯を剥き出しにして獰猛に笑う。


「さて、じゃあ鬼と一緒に化けガエル退治といきますか」

「わんわん」

「ププッ!」

「化けガエル退治……」


 シドの物言いに、ラドロは一瞬だけ呆気にとられたような顔をするが、


「……いいですね、それ。あの化けガエルに一泡吹かせてやりましょう」


 グリードを形容する表現方法として的確過ぎるフレーズに、堪らず笑みを零しながら頷いてみせた。

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