第574話 鎖に繋がれた姉弟

「…………シドさん、よかったですね」


 再会を喜ぶシドたちを見て、ラドロは安堵の溜息を吐く。


 二階の窓から容赦なく飛び降りろと命令するシドに対し、全くの躊躇なく飛び降りるミーファを見て、二人の関係が強い信頼で結ばれているのだとラドロは理解する。


「さて、僕も少しは働かないと……」


 今はシドたちに代わって周囲を警戒しなければなと思ったラドロは、首を巡らせて辺りを見渡す。

 そうして何気なくミーファが飛び降りてきた窓を見たラドロは、


「――っ!?」


 窓際に立つ人物を見て、小さく息を飲む。



 そこには驚いた顔でこちらを見る今の自分と同じ肌の色を持つ女性、ネロがいた。


 口を両手で覆い、ボロボロと涙を零すネロを見てラドロは頷きながら小さな声で呟く。


「ただいま……姉さん」


 実際に声が聞こえたとは思えないが、ネロは溢れ出る涙を拭うのも忘れて何度も頷く。


 ラドロの額に生えた角を見て、それだけで全てを察したのだろう。


 堪らずその場に泣き崩れるネロを見て、ラドロは早く彼女の下へ駆け寄りたい衝動に駆られる。

 だが、それはまだ叶わない。


 自分たちはシドたちとは違い、まだ鎖に繋がれたままなのだから……



「後、少しだから、待ってて」

「おっ、何だ。あそこにいるのは酒場にいた黒い姉ちゃんじゃねぇか」


 ラドロが決意の言葉を口にすると同時に、彼の視線に気付いたのか、シドが近くまでやって来て話しかけてくる。


「どうして泣いているんだ? あの姉ちゃん、もしかしてお前の知り合いか?」

「あの人はネロ……僕の姉さんなんだ」

「姉? そういや確かにどことなく、お前と雰囲気が似ているな」


 ラドロとネロの顔を見比べたシドは、窓際で泣いているネロに話しかける。


「おい、あんた。助けてやるから今すぐ飛び降りろよ」

「おねーちゃん、ミーファといっしょににげよ」


 シドの続いて、ネロに世話をしてもらっていたミーファが彼女に声をかける。


「だいじょーぶだよ。ロキがちゃんとうけとめてくれるよ」

「わん!」

「ねっ? まかせろってさ」


 ミーファがロキの言葉を通訳してネロを手招きするが、ネロは静かに首を振るだけで動こうとしない。


「……おねーちゃんどうしたの? どこかいたいの?」


 ネロの様子に何か違和感を覚えたミーファは、彼女に向かって必死に問いかける。


「ミーファ、おねーちゃんのおかげでシドおねーちゃんとあえたよ。おねーちゃんもミーファみたいに、だいじなひとにあえたのに、どうしてうれしくないの? ねえ、ミーファといっしょにきて、いつもみたいにわらって……ね?」

「ミーファちゃん……ありがとう」


 必死にネロを説得しようとするミーファに、隣にしゃがんで彼女と目線を合わせたラドロが話しかける。


「でも、ダメなんだ。姉さんはこのまま屋敷を出るわけにはいかないんだ」

「どーして?」

「それはね……」


 そう言いながら、ラドロは自分の首にかかっている小さなロケットペンダントを取り出す。


 水滴のような形をしたペンダントを開くと、中にはサラサラと極小の粒が流れる砂時計が入っていた。


「きれい」


 初めて見る砂時計に、ミーファは目を奪われたようにキラキラと瞳を輝かせながらラドロに尋ねる。


「すっごくキラキラ……これ、な~に?」

「これはね、砂時計っていうんだ。そして、僕たち姉弟の命の残り時間を示しているんだ」

「……えっ?」


 驚き固まるミーファに、ラドロは「驚かせてゴメンね」とミーファの頭を撫でて立ち上がると、シドに自分たちの置かれた状況を話す。


「実は、僕と姉さんはグリードに逆らえないように、毒を投与されているんです」

「毒? それって大丈夫なのか?」

「はい、毒の発症を抑える薬を定期的に飲めば、死ぬことはありません。ただ……」

「その砂時計がなくなるまでに薬を飲まなければ死ぬ、ということか?」


 その質問に、ラドロはゆっくりと頷く。


「抑制剤は毎日、朝食と共に一日分だけ与えられます。今日の分は既に飲んでいるので、今すぐに死ぬということはありませんが、明日の朝に追加の薬を飲まなければ、徐々に弱っていき、昼前になる頃には僕たちは死ぬでしょう」

「……その抑制剤は何処にあるのかわかるのか?」

「わかりません。ただ、普段飲んでいる抑制剤を手に入れたところで、根本的な解決にはなりません」

「そうだな……」


 抑制剤を飲んだところで、体に毒が残っている限り、ラドロたちが自由を手に入れることはできない。


「だから僕は今日、体内にある毒を完全に抜く解毒薬を手に入れます。それだけの覚悟をもって。ここまで来ました」

「そうか……」


 ラドロの真意を聞いたシドは、窓際で寂しそうに佇むネロをちらと見た後、彼女を親指で示しながら尋ねる。


「ところで、お前の姉さんも鬼人オーガなんだろ? 一緒に戦えたりしないのか?」

「いえ、姉さんは……その、鬼人だからといって誰もが戦えるわけじゃないんです」

「そうか……まあ、そんな力があれば、あの人もお前みたいに記憶を奪われただろうからな」


 大体の状況を理解したシドは、おとがいに手を当ててどうするか考える。

 ミーファの安全を確保することはできたので、ここでミーファには安全な場所に退避してもらうつもりであった。


 問題は、ミーファの護衛に誰が付いていくか、だ。


「シドおねーちゃん……」


 するとミーファがシドの手を引きながら話す。


「ミーファ、このままおねーちゃんとおわかれするの、やだよ」

「……そうだな。このままじゃ、寝覚めが悪いよな」


 シドはミーファを安心させるように大きく頷いてみせると、ラドロに向き直ってある提案をする。


「なあ、やっぱりお前の姉さん、今ここでこの屋敷を出るべきだ」

「えっ、何を言っているんですか。もし、僕が解毒薬を手に入れることができなかったら、僕だけじゃなく姉さんまで……」

「だからよ、そうならないように、あたしたちが手伝ってやるよ」


 焦燥感を漂わせるラドロに、シドは快活に笑いながら話す。


「本当はここにいるロキとうどんに、ミーファを宿まで送ってもらうつもりだった。だが、そこをあんたの姉さんがミーファを宿に送ってくれるなら、護衛はうどんだけですむ。つまり、ロキは戦力として残すことができるんだ」

「……それって、僕の協力をしてくれるってことですか?」

「そういうことだ」


 シドはミーファを抱き抱え、彼女の頭を愛おしいそうに撫でながら話す。


「どうやらウチの妹が、お前の姉さんに随分と世話になったみたいだからな。その分の借りぐらいは返させてくれ。何、中にいるコーイチも力を貸してくれれば、あのカエルから解毒薬を朝までに手に入れることも不可能じゃないさ」


 そう言ってシドはラドロに向かってウインクしながら「どうする?」と再度尋ねる。


「僕は……」


 その問いに、ラドロはシドと窓でこちらを見ているネロを何度も見比べ、どうするか思案した後、


「…………わかりました。お願いします」


 覚悟を決めてシドに向かって頭を下げる。


「僕たちの命、シドさんに預けます。だからどうか、僕と姉さんを助けてください」

「ああ、任せな。獣人王の娘として、必ずやお前たち姉弟を助けてみせるよ」


 シドは大船に乗ったつもりで任せなと、自分の胸を強くドン、と叩いて頷いてみせた。

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