第571話 呪われた種族

 浩一がネロから装備品を受け取っている頃、シドと別れたラドロは、グリードの屋敷の前までやって来ていた。


 足を引きずるようにして歩くラドロの顔には、何者かに殴られたような痕がいくつもあり、鼻は折れ、頬は通常の倍以上にまで膨れ上がっていた。


 目は虚ろで、顔には一切の覇気は感じられず、腕をだらりと下げて歩く様はまるで生ける屍リビングデッドのようで、普段のラドロを知る者からすれば考えられないほどの豹変ぶりであった。



 既に満身創痍といった様子のラドロは、怪我をした顔を気にかける様子もなく、ゆっくりとした足取りで屋敷の入口である巨大な門扉へと歩み寄る。


「ん? おい、止まれ!」


 すると、扉の前で警備にしていた二人組の男の一人がラドロの存在に気付き、腰に吊るした剣に手をかけながら声をかける。


「こんな時間にグリード様の屋敷に何の用………………だ?」


 だが、そこで男は現れた人物の正体に気付き、顔をしかめる。


「お前…………ラドロか?」

「何だって?」


 その言葉に、もう一人の男も驚いたようにラドロへと駆け寄る。


「ほ、本当だ。どうしたんだよ、お前……傷だらけじゃないか」

「一体誰にやられたんだ? というより、今まで何処にいたんだ?」

「そうだぜ、お前は今、自分の部屋で寝ているはずじゃないのか?」

「なるほど……」


 男たちの言葉に、ラドロは腫れ上がって倍ぐらいに膨らんだ顔を上げる。


「普段の僕は、そうやって何も知らされずに眠らされているんだね? 屋敷の中で、店の女の子たちが酷い目に遭っているというのに」

「なっ、お前……」

「僕はね……もう、知ってるんだよ?」


 ラドロは自分の口の中に指を突っ込むと、折れた歯を抜きながらニヤリと笑う。


「実はさっきまで、僕に恨みを持つという人たちに会ってきたんだ。そして、顔を犠牲にすることで、その理由を聞いてきたんだ」



 そうして彼等から聞かされた言葉は、ラドロにとってこれまでの常識が覆るとんでもない話であった。


「僕に恨みを持つ人はね? 皆、家族を失っているんだ……いや、正確には失っているかどうかもわからない。ただ、ある日突然にいなくなって、もう二度と会えないんだ」


 そして、そんな行方不明になっている者たちに共通することが、行方不明になる前にラドロの店で働いていたということだった。


「たまにジェシカちゃんのように奇跡的に生き延びる子もいるけど、そういう子は壊れてまともに喋ることもできないから、屋敷での出来事がバレることはないというわけだ」


 いや、正確にはこれだけの行為がバレていないということは絶対にない。


 だが、グリードが持つ金という力と、彼に賛同する権力者たちがいる限り、連中の悪事が世間に露呈することはないだけだ。



「だからね、僕が一連の悪事を終わらせるんだ。無自覚とはいえ悪事の一端を担っていた責任を果たすんだ」

「そうかよ……」


 ラドロの話を聞いた門番の男は、腰に手を伸ばして無造作から剣を引き抜くと、


「ならお前は用済みだ。死ね!」


 容赦なく主の息子に向かって剣を振り下ろした。



 武器らしい武器はおろか、警戒する素振りすら見せていないラドロは、そのまま男の剣で真っ二つにされるかと思われた。


 だが次の瞬間、男が振り下ろした剣が硬質な何かにぶつかったような甲高い音を響かせたかと思うと、刃が半ばから折れて宙を舞う。


「な、何だと!?」

「…………どうしてグリードが、僕なんかを養子にしたか知ってるかい?」


 折れた剣を見て驚愕する男に、ラドロは傷一つついていない腕を擦りながら話す。


「実はね……僕は人間じゃないんだ」

「……はぁ?」

「本来なら世間とは触れ合わず、ひっそりと暮らしているはずだったんだ」


 そう呟くラドロの目が赤く光り、全身が激しく痙攣する。


 全身の血管がボコボコと視認できるほど脈動し、腕が、足が、胴が次々とバンプアップして倍以上に膨れ上がる。


「だけどある日、何も知らなかった僕は遊びに出た先で人買いに攫われ、グリードに買われて薬漬けにされて記憶を奪われたんだ」


 肌の色が褐色に変わり、額が割れて血が吹き出したかと思うと、割れ目から骨が付き出し、まるで角のように天を貫く。


「僕が息子として育てられたのは、いざという時に奴を守る戦力となるからだよ」


 ラドロは落下してきた剣を受け止めると、両手で掴んであっさりと二つに折ってみせる。


「……聞いたことないかい? イクスパニアに五種いる人ならざる者の中で、強過ぎるが故に忌み嫌われた呪われた種族を……」

「呪われた種族……」

「そう、隠れ里に潜み、俗世と切り離された世界にいるが、武を極めようとする者を、さらなる高みに導くという鬼人オーガと呼ばれる種族を」

「鬼人って……そんなまさか…………」

「そのまさかだよ」


 ラドロはゆっくりと腕を振り上げると、呆然と佇む門番の男を容赦なく殴り飛ばす。


「ぶべっ!?」


 ラドロに殴られた男は、まるで馬車に跳ね飛ばされたかのように吹き飛び、そのまま巨大な鉄製の門扉へと激突し、グシャ、と何かが潰れたような音を立てて盛大に脳の中身をぶちまけながら絶命する。



「……ああ、流石にこれで門を壊すのは無理か」


 あわよくば今の衝撃で門扉を壊そうとしていたラドロは、残っているもう一人へと目を向ける。


「ヒ、ヒイイィィ、バ、バケモノオオオオオォォ!!」


 ラドロに睨まれたもう一人の門番は、手にしていた槍を放り捨て、泡を喰ったかのように逃げ出す。


「……逃がさないよ」


 この剣の関係者を、一人残らず始末するつもりだったラドロは、逃げる男に向かって追撃を仕掛けようとする。



 だが、


「せりゃっ!」


 その前に横から人影が高速で現れ、逃げる男の首を蹴り飛ばして壁に叩き付ける。

 そのままぐったりと動かなくなった男へ近づいた人影は、手を伸ばして懐をゴソゴソと検めたかと思うと、


「おっ、あったあった。よかったぜ、こっちの奴が持っててくれてよ」


 ジャラジャラと音を立てる鍵の束を拾った人影は、そのままラドロへと近付きながら気安く声をかける。


「よう、お前、また随分と雰囲気が変わったな。もう、ちっともコーイチと似てないな」


 そう言って現れた人影、シドはラドロに向けて犬歯を剝き出しにしてニヤリと笑ってみせた。

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