第570話 誅を下す暗殺者

 背後から浩一が動き出したことなど露にも思わない二人の男は、すっかり油断した様子でお喋りに興じながらダラダラと歩を進める。


「ああ、今回はどれだけの女の子が残るかな? つまみ食いされるのは仕方ないけど、壊れされた奴に手を出すのはちょっとな……」

「そうか? 俺は下手に抵抗されるよりいいけどな。大事なのは使えるかどうか、だからな」

「……お前、この仕事に染まり過ぎじゃね?」

「いいだろ別に……この仕事やっていると、家庭を持つなんてそう簡単じゃないのは知ってるだろ?」

「確かにな……俺たち、もう普通の家庭を持つなんて無理だろうな」

「普通の家庭とか、お前まだそんな夢、見ているのか?

「変かな?」

「変じゃないけど……無理だろ」

「だよなぁ……」


 これまで幾度となく仕事と称して、お見合いパーティーで命からがら生き延びた女性を襲ってきた男たちは、既にそこら辺にいる普通の女性では興奮しない身体になっていた。


 自分たちの趣味趣向が、既に嗜虐的なものに染まっていることを重々承知している彼等は、互いに顔を見合わせて肩を竦めて苦笑する。


「ま、まあ、いいや……とっとと言われた仕事をこなして、たっぷり楽しもうぜ」


 自分たちの間に変な空気が流れたのを察した男のうちの一人が、照れを隠すように一人で先行する。



 そのまま通路の角を曲がり、通路の半分まで駆けたところで首だけ振り返って背後を見る。


「…………あれ?」


 だが、後ろから付いてくるはずの相方が付いてこないことに、男は不審に思って足を止める。


「おい、何やってんだ。早く来いよ」


 普段あまりしないプライベートな話をしてしまったから、気恥ずかしくなってしまったのだろうか?

 だとしても、こんなこと程度で職務放棄のような真似をされるのは困る。

 自分たちの仕事は、何と言っても信用が大事なのだ。


 誰もができて当然と思われる仕事であればあるほど、当たり前にこなすことができなければ、自分たちの立場などあっという間になくなってしまう。


「……ったく、あの馬鹿」


 一体何をやっているかはわからないが、二人一組で行動するのが冒険者の基本である。



 男はそのセオリーに従い、一人で先に行くような真似はせず、相方を迎えに行くために今駆けたばかりの通路を戻る。


 特に警戒することなく、男は曲がり角に無造作に差し掛かる。


「おい、いい加減に……」


 しろ、と言いながら曲がったところで、男の胸に相方が飛び込んでくる。



 倒れてくる相方を「おっと」と言いながら難なく受け止めた男は、


「おいおい、まさか動けなくなるほど酒に酔っていたのか?」


 自分自身もさっきまで随分と酒を飲んでいたことを思い出し、動かない相方の肩をポンポンと叩こうとする。



「――っ!?」


 だが、そこで男は自分の手にぬるりと生暖かい液体の感覚と、幾度となく嗅いだことのある臭いを察した男は、慌てて相方の体をひっくり返す。

 すると、驚愕の表情で固まる相方の首に、横一文字に切り裂かれた痕があり、ボコボコと泡を立てながら血が吹き出して来ていた。


「い、一体何が……」


 突然の死を迎えた相方を見て、男は混乱する頭を必死に動かして状況を理解しようとする。


 そこで思考停止状態に陥らなかったことが、男にとって功を奏す。


 視界の隅に僅かに動く影が見えた瞬間、男は相方の体を投げ捨てて後方へ大きく跳ぶ。

 その瞬間、男がいた場所に光る何かが走り、彼の胸が薄く引き裂かれて血飛沫が舞う。


「――っ、だ、誰だ!」


 間一髪で致命傷を避けた男は、痛む胸を押さえながら腰から自分の獲物であるナイフを引き抜いて構える。


 男の前には、黒いフードを被った人影が幽鬼のようにゆらりと立っていた。


 フードで顔は見えないが、右手に血の滴るナイフを握っているのを見て、男は相方を殺したのが目の前に立つこの者であることに気付く。

 この者が一体何処に潜んでいたのかわからないが、男は油断なく構えながらフードの人物に問いかける。


「お前は誰だ? 自分が何をしているのかわかっているのか?」

「…………」

「こんなことして、この街の裏を牛耳るグリード様に逆らったりして、この先、生きていけると思っているのか?」

「…………」


 男の問いかけに、フードの人物は何も反応も見せず、相変わらず幽鬼のように静かに佇んでいる。



 何を考えているのか全くわからない、それこそ本当にこの世界に生きている者とは思えない不気味さに、男はブルルッ、と身を震わせながらも果敢に前へ出る。


 相方がやられたのは、不意を討たれたからに違いない。無防備に佇むフードの人物を見て、そう判断した男は、前に出て一気に勝負を決めることにする。


「誰だか知らないが、正面からやり合えば……」


 そう思う男の眼前に赤い何かがパッ、と花咲く。

 だが、相方を殺されて冷静さを失っていた男は、その存在に気付くことなくそのまま赤い粉へと突っ込み、


「――っ!? あがっ、な……何だ? 目が……目が!」


 堪え切れないほどの目の痛みに、目の前に敵がいるにも拘らず、堪らずナイフを捨てて目を覆う。

 男は両手で両眼を覆い、痛みから逃れようと苦しみもがく。


 だが、その苦しみは長く続かなかった。


「い、痛い! 何が…………あがっ!?」


 男の苦しむ声が突如として治まったかと思うと、そのまま地面にどう、と倒れる。


 倒れた男の首には、一振りのナイフが突き刺さっていた。


 延髄を貫かれた男は、ビクッ、と一回大きく跳ねたかと思うと、そのまま動かなくなった。




「…………」


 男が完全に動かなくなったのを確認した浩一は、手を伸ばしてゆっくりと延髄に突き刺さったナイフを引き抜く。


 瞬間、傷口から吹き出した血が頬に付着するが、浩一は全く意に介さずに男の衣服で血を丁寧に拭き取り、鞘へとしまう。

 その顔には、記憶を失ってから初めて人を殺したとは思えないほど冷たく、一切の感情の色を失った無機質な顔をしていた。



 浩一は人気のなくなったホールの方へと目を向けると、


「……早く行かなきゃ」


 そう小さく呟くと、ソラたちがいる地下へ向けて音もなく静かに歩きはじめた。

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