第564話 商会の王子

 床が抜けて地下へと落とされたソラたちだったが、その滞空時間は左程長くなかった。


「きゃん!」


 可愛らしい悲鳴を上げながら尻餅を付いたソラは、痛む臀部を擦りながすぐ近くにいたはずのアイシャへと声をかける。


「ア、アイシャさん、大丈夫ですか?」

「ど、どうにか……ソラも怪我はない?」

「大丈夫です。こう見えても体は丈夫ですから」


 アイシャの無事を確認したソラは、天を仰ぎ見て自分たちが落ちて来た床だった場所を見る。

 高さにしておよそ三メートル、落ち方次第では骨折したり、死んでしまったりするのではないかと思われたが、幸いにも落下した地面はこうなることを考慮してか、柔らかいものだった。


「いえ……違う」


 足場が消失したかと思われたが、どうやら部屋の床そのものが落ちたようで、床に触れた感触は先程と変わらないふかふかの絨毯の感触のままだった。


 これなら落下した女性たちは全員無事だろうが、こんなことをする意味がソラには全くわからなかった。



 すると、


「やあ、皆さん。お待たせしたね」


 部屋の入口があった場所にカンテラを手にしたものが現れ、明るい声で女性たちに声をかける。


「私はルーファウスというものだ。父がこの街でちょっとした商会をやっているんだ」

「ルーファウス様ですって!?」

「やだ、それってあのミート商会の?」

「物凄いイケメンって噂の王子様じゃない」


 有名人なのか、ルーファウスと名乗った男の登場に女性たちが色めき立つ。



 そうして我先にとルーファウスへと殺到するかと思われたが、


「キャ、キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 ルーファウスへと駆け寄った女性たちの間から、絹を切り裂くような悲鳴が上がる。


「な、何……」


 もしかして何かよからぬことが起きたのかと、ソラは悲鳴がした方へと目を向けて、


「――っ、イヤッ!?」


 顔を真っ赤にして視線を慌てて逸らすと、両手で顔を覆う。



「ソラッ!」


 ソラの悲鳴を聞いたアイシャが、血相を変えて彼女の肩を掴んで話しかける。


「どうしたの!? 一体何があったの?」

「そ、その……は、はは、ははっ……」

「はは? お母さんのこと?」


 絶対に違うと思いながらもアイシャが尋ねると、ソラは視線を僅かに上げて彼女の顔を見ながら小さな声で呟く。


「その……は……だか…………男の人……」

「はだ……か? 裸だって?」


 ようやくソラが何を言いたいのか理解したアイシャが悲鳴のした方に目を向けると、そこには一糸纏わぬ姿のルーファウスがいた。



 端正な顔立ちのルーファウスを見ながら視線を下に落としていくと、全身くまなく鍛え上げた肉体美と、既に臨戦態勢に入っている男の象徴が目に入った。


「……へ、変態だ」


 いきなり現れたと思ったら、どうして裸で、しかも勃起しているのかわからないアイシャは、ソラの目を覆って少しでもルーファウスから逃れるために距離を取る。




「う~ん、良い声で鳴くね」


 自分の裸を見て悲鳴を上げる女性たちの声を聞いたルーファウスは、悦に浸ったような恍惚の表情を浮かべる。


「さてさて、あの薬を飲んだ子はいるかな?」


 羞恥心というものがないのか、怒張した自身を全く隠す素振りを見せないルーファウスは、室内に入りながらカンテラを掲げて女性たちの様子を見る。


「おっ、いたいた」


 そうして落下した時に背中を強打したのか、弓なりに背中を逸らして悶絶している女性を見つける。



 それは、棚の中にあった酒を発見し、瓶に直接口を付けて煽るように飲んでいた女性だった。


「お、おほっ……い、息が…………あっ、はう…………ふうううううぅぅぅん!!」


 肺を強打して痙攣しているのか、呼吸が上手くできなくて苦しいはずなのに、女性の下腹部からは絶えず液体が吹き出し、地面に水溜まりを作っていく。


「ありゃりゃ……こりゃ飲み過ぎだね」


 苦しみながらも自慰に没頭する女性を見て、ルーファウスは表情を歪めて笑う。



 ルーファウスはカンテラを置いて女性のすぐ横へとしゃがみ込むと、優しく抱き起こして微笑みかける。


「お嬢さん、君は悪い子だね。上の階にあったお酒を無断で飲んだでしょ?」

「は、はひ……ご、ごめんなさいいいいいいいいいいぃぃぃ!」


 謝罪の途中で、女性は嬌声を上げながら大きくのけ反る。

 女性を抱き上げたルーファウスが、流れるような動作で彼女の下腹部を優しく撫でたのだ。


 たったそれだけの行為だけで女性は再び達してしまったのだが、それでもルーファウスに嫌われまいと、残った理性を総動員して笑顔を浮かべる。


「そ、その……ごめんなさい。わ、わらひは……わ、悪い子です」

「そうだね。悪い子だ」


 そう言ってルーファウスは、女性の耳に「ふっ」と息を吹きかける。


「ひいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃん!! ど、どうして? わ、わらひの体……どうなっへふの?」

「フフッ、それはね。君が飲んだお酒が原因だよ」


 呂律が回らなくなっている女性を優しく見下ろしながら、ルーファウスは彼女の身に何が起きているのかを説明する。


「あのお酒には、グリード様特製の媚薬が入っていてね」

「び……びにゃく?」

「そう、媚薬だ。といっても普通の薬じゃない。激しい性欲衝動に駆られるだけじゃなく、あらゆることが快感に代わる特製の媚薬なんだ……そう、例えば」


 ルーファウスは女性を地面に横たわらせると、ゆっくりと手を伸ばして彼女の左手を取って両手で優しく包む。


「こうしてへし折っても、エクスタシーを感じてしまうほどにね」


 そう言って嗜虐的な笑みを浮かべたルーファウスは、包み込んだ女性の指を、あらぬ方向へと思いっきり曲げる。


 次の瞬間、ボキリという骨の折れる嫌な音が辺りに響き渡った。

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