第563話 狂乱のはじまり
浩一がラドロの私室から飛び出した頃、酒場から連れて来られた女性たちは、屋敷内の一室で待機するように命じられていた。
黒服の男から部屋にあるものは好きに使っていいと言われてから随分と経つが、それ以降の音沙汰がないので、女性たちの間に弛緩した空気が流れ始めていた。
「……ねえ、まだなのかな?」
いつまで経っても現れないお見合い相手を待つのに疲れたのか、グリードに向かって最初に手を上げた女性が、室内の椅子にだらしなく足を投げ出しながら近くの仲間へと声をかける。
「もしかして、今日はこのまま王子様が現れないなんてこと、ないよね?」
「それは流石にないでしょ」
「でも、いくらなんでも遅すぎじゃない?」
「そうねぇ……」
これまで緊張から室内で立ち尽くしていた女性たちだったが、一人が気を緩めたことでその空気が伝染したのか、近くの椅子に座ったり、大胆にもベッドにダイブしたり、室内の調度品を次々と物色したりしはじめる。
「あっ……」
すると、重厚な棚の中を物色していたビキニ姿の女性が何かを発見したのか、にんまりと笑いながら見つけたものを掲げる。
「見て見て、これってかなり年代物だよ」
普段から店で酒に触れているからか、それなりに知識のあるビキニ姿の女性は、見つけたボトルに頬擦りしながらうっとりしたように話す。
「このお酒……二階のお客様しか頼んでくれないから、一度も飲んだことなかったんだ」
「え~、流石にそれはマズいんじゃないの?」
「いいのいいの、だってあの男たちが言ってたじゃない。室内のものは好きにしていいって」
憧れの酒を前に理性など吹き飛んだのか、ビキニ姿の女性は慣れた手つきでコルク栓を抜くと、グラスに瓶の中身を次々と注いで女性たちに配っていく。
「ほらほら、こんな高いお酒を飲むなんて機会、一生のうちに一回あるかないかだよ。遠慮なんかしたら勿体ないって」
「そう言われると……」
「確かに……ねぇ」
一生に一度あるかないか。そう言われた女性たちは、グラスに注がれた血のように赤い色の液体をおそるおそる口にする。
「――っ!?」
「ヤバッ、おいしい!」
噂に違わぬ酒の旨味に、酒に口を付けた女性たちは目を見開く。
「凄いよ、このお酒、絶対飲んだ方がいいって」
「ちょっと、おかわりないの?」
全員に配るためにグラスに僅かしか酒が入っていないことに、不満に思った女性たちが他にも酒はないかと室内を無遠慮に物色していく。
「…………やれやれ、皆、呑気だね」
突如として始まった宝探しに、ソラと一緒に遠巻きに見ていたアイシャは呆れたように肩を竦める。
「ちょっと、何カッコつけてんのよ」
宝探しに参加する意思を見せないアイシャに、ビキニ姿の女性が酒を注いだグラスを差し出す。
「ほら、アイシャも一口飲んでみなって。きっと考えが変わるから」
アイシャで酒を渡すのは最期なのか、ビキニ姿の女性は瓶に直接口を付けて豪快に瓶の中身を飲んでいく。
「全く、汚い飲み方するねぇ……」
ビキニ姿の女性の態度に呆れながらも、アイシャも彼女に倣ってグラスに口を付けようとする。
「……ちょっと待ってください」
アイシャがグラスの中身を飲もうとする寸前、ソラが横から手を伸ばして来て彼女の手からグラスを奪い取ると、そのままグラスに顔を近づける。
「ちょっとソラ、あんたにはまだ早いよ」
「わかってます」
止めに入ろうとするアイシャを、ソラは手で制しながらグラスの中を覗き込み、鼻をスンスンと動かす。
「――っ!?」
グラスの中を嗅いだソラは、慌てたようにグラスから顔を放してしかめ面をする。
「…………このお酒、何か入っています」
「何だって!?」
「何かはわかりません……ただ、まるで何かの薬品のような臭いがします……それも、とても嫌な臭いです」
「そ、それって……」
ソラの話を聞いたアイシャは、顔から血の気が引いて青い顔で酒を豪快に煽っているビキニ姿の女性を見る。
「…………ぷはっ、何よ。もう中身なら全部飲んじゃったわよ」
瓶の中身を一気飲みしたビキニ姿の女性は、赤ら顔でアイシャのことを睨む。
完全に酔っぱらっている様子のビキニ姿の女性に、アイシャはおそるおそる手を伸ばしながら話しかける。
「お、お前……大丈夫なのか?」
「あによ……大丈夫に決まって…………」
自分の無事を伝えようとしたビキニ姿の女性の言葉が途中で止まる。
「えっ? あっ、そ、そんな……」
まるで一気に酔いが醒めたかのように顔を青くさせたビキニ姿の女性は、自分の体を抱き、寒さに耐えるようにガタガタと震え出す。
「ちょ、ちょっと……」
容態が急変したビキニ姿の女性に、アイシャが手を伸ばす。
次の瞬間、
「は、はああああああああああああああああああぁぁぁぁん!」
ビキニ姿の女性が、部屋中に響くような嬌声を上げる。
瞬間、彼女の下腹部から液体が勢いよく溢れ出し、足元の絨毯にシミを作っていく。
「ふ……くふぅ…………あ、熱い……体が熱いの」
目に怪しい光を灯したビキニ姿の女性は、自ら着ている衣服を剥ぎ取ると、そのまま自分の体をまさぐり始める。
「ばっ!? あ、あんた、一体何してんのよ!」
「ダメ……こんな人前でこんなこと…………でも、でも手が止まらないの…………」
「――っ!?」
人目も憚らず一糸纏わぬ姿で自らを慰める同僚に、アイシャは混乱しながらもソラにこんな姿を見せるわけにはいかないと、彼女の方へと向き直る。
だが、ソラは心ここにあらずといった様子で、痴態を晒す同僚とは別の方角を見ていた。
「ア、アイシャさん……あれ」
震える声でソラが指差す先を見ると、他の瓶の中身を飲んだ女性たちが、まるで発情したような顔をして自ら……もしくは近しい者と互いに慰め合う姿が見て取れた。
全員、というわけではないが、少なくとも半数がビキニ姿だった女性と同じ境遇に陥っていることに、アイシャは動揺を隠せないでいた。
「い、一体何が……」
全く状況が理解できず、アイシャはソラを抱き寄せながらこれから一体何が起きるのだろうかと身構える。
だが、次に起こった出来事は、彼女たちの予想を超えていた。
「……えっ?」
ガコン、という音がしたと思ったら、突如として自分たちの足場が消失する。
「きゃっ…………」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
当然ながら空を飛ぶことなどできないアイシャたちは、成す術なく奈落の底へと落ちていった。
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