第559話 パーティーへのお誘い

 次々と迫る女性たちにデレデレする浩一を、やきもきした気持ちを抱えながらソラが見ていると、


「ふむ、どうやら既に揃っているようだな」


 喉に何かが引っ掛かっているようなくぐもったような声が聞こえ、全身に煌びやかな宝石を付けた巨漢が現れる。


「ヒッ!?」


 その男を見た途端、ソラは思わず小さな悲鳴を上げてシドの背中に隠れる。

 グリードの姿は、ソラの最も苦手とするあの生き物そっくりだった。


「カ、カエル……」

「ああ、こいつは予想以上だな」


 グリードの姿を見たシドも、冷や汗を垂らしながら警戒するように腰を落とす。

 その瞬間、ソラの悲鳴が聞こえたのか、グリードがちらりとシドたちの方へと視線を向ける。


「「――っ!?」」


 その視線を受けた姉妹は、恐怖で蛇に睨まれた蛙のように硬直するが、


「…………フン」


 グリードはすぐさま興味を失ったかのようにシドたちから視線を外すと、集まった女の子たちに向かって笑顔を浮かべて話しかける。



「やあ、どうも。既に知っている者も何人かいるだろうが、改めて自己紹介しようか。ワシはラドロの父親でグリードというものだ。どうぞよろしく頼む」


 ラドロの父親という声に、グリードの姿を初めて見たと思われる女の子たちの間から、動揺したような声が上がる。


「ハッハッハ、どうやら驚いたようだね」


 だが、グリードは特に気分を害した様子も見せず、でっぷりと太った腹を揺らしながら豪快に笑う。


「ラドロはワシの養子だからな。似ていないのも仕方ないことだよ」


 その説明に、女の子たちから何処か安心したような声が上がる。


「おいおい、いくらなんでもその態度は失礼過ぎないかね?」


 無礼な態度を取る女の子たちに、グリードが苦笑しながら苦言を呈すと、彼女たちの間から「ごめんなさ~い」と軽い調子で返事が来る。



 グリードの本当の姿を知る者からすれば震えあがるような暴挙であったが、巨漢は「ハッハッ」と豪快に笑い飛ばしながら話を続ける。


「実はだね。今日は君たち……と言っても全員ではないが、何人かを我が屋敷に招待したいと思っているんだ」

「それって、もしかして貴族の方たちとお知り合いになれたりするんですか?」

「おや? もう知っている子もいるみたいだね。そうだね。その通りだ」


 大きく頷いたグリードは、両手を広げてこの場にいる全員に聞こえるように大きな声で叫ぶ。


「実はワシの知り合いの何人かが伴侶を探しておってな。よければ君たちの中から相手してやってもいいという子がいたら、立候補して欲しいなと思ってるんだ」

「はいは~い、私、私、立候補します!」


 すると早速、下着姿の女の子が勢いよく手を上げて名乗り出る。


「実は私、ここで働いていたら貴族様とお知り合いになれると聞いて働きはじめたんです!」

「そうかそうか、君みたいな元気な子が手を上げてくれると助かるな」

「あっ、じゃあじゃあ私も……」

「わ、私も立候補します!」


 すると最初の子に続いて、何人かの女の子が挙手する。


「うむ、それでは君たちはこちらに来たまえ」


 グリードが片手を上げると、黒服の男たちが現れて女の子たちを誘導していく。



 だが、それ以上はその気がないのか、それとも遠慮しているのか、追加の立候補は現れない。


「う~む、困ったの。できればもう少し手を上げてくれる子がいてくれると嬉しいんだけどな」

「では、私が何人か見繕いましょう」


 困ったように唸るグリードを見て、黒服姿のネロが現れ、女の子たちの顔を無遠慮に見ながら歩いていく。



「……では、そこのお前、そこのお前…………後は…………」


 どういう基準なのかわからないが、ネロは女の子たちの間を歩いては無作為に肩を叩いていく。


「あ、あの……」


 すると、肩を叩かれた一人の女性が困惑したようにネロに訴える。


「その……実は私、故郷に恋人がいるのですか……」

「だからどうした?」


 訴えを全く意に介した様子も見せず、ネロは切れ長の目で女性を睨みながら淡々を告げる。


「何もすぐに結婚すると決まった訳ではない。それにお前はただの数合わせ要因だ。嫌なら断ればいい……違うか?」

「そ、それでいいのでしたら……」


 ネロの有無を言わせない物言いに、女性は渋々ながら了承する。



 その後も数人の女性に声をかけながら歩いたネロは、最後にシドたちの前へとやって来る。


「な、何だよ……」


 品定めするように眺めてくるネロに、シドはソラを背後に庇いながら睨みつける。


「言っておくが、あたしは選ばれても絶対に行かないからな!」

「安心しろ。お前には用はない」

「ああ、そうかい……って、おい!」


 ネロは吐き捨てるように言うと、シドを押し退けてソラを見やる。


「ふむ……お前なら良さそうだな」

「い、いや……」


 ソラはいやいやとかぶりを振りながら逃げようとするが、ネロは素早く手を伸ばして彼女の腕を掴む。


「言っただろ。ただの人数合わせだ。嫌な断ればいいだけだ。それに……」


 そう言ってネロは、ソラの耳元で何かを囁く。


「……えっ?」


 その言葉を聞いたソラは、大きく目を見開いてネロを見る。

 放心したように固まるソラに、ネロは唇の端を吊り上げてニヤリと笑いながら改めて問う。


「それで、どうする?」

「行きます」

「お、おい、ソラ!」


 急に心変わりしたように行くと言い出したソラに、シドが慌てて止めに入る。


「お前、今から行くところがどんなところかわかって……」

「わかってます」


 ソラは静かに頷くと、シドにだけ聞こえる声で囁く。


「その……どうやら屋敷にミーファがいるようなんです」

「……何だと?」

「そこの方が教えて下さいました。とりあえず、ミーファの無事を確認して、連れて帰りたいと思います」

「そうか、だったら……」


 シドが顔を上げてネロへと目を向けるが、


「お前はいらん。さっきも言っただろう」


 ネロは迫るシドを、押し退けるように突き飛ばして冷たく言い放つ。


「生憎とお前のような礼儀も知らないような女を、好いてくれるような男などいるわけないだろ」

「んなっ!?」


 ネロのあまりの物言いに、シドは絶句したように口をパクパクと開閉させる。


「で、でも、それじゃあ誰がソラを……」


 守るんだ? そう問いかけようとするシドの声に、


「私が行くよ」


 そう言って割って入って来る者がいた。



 シドが声のした方へと目を向けると、


「私だったら、一緒に行くのは問題ないでしょう?」


 これまでの成り行きを見守っていたアイシャが、決意の表情で頷いてみせた。

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