第557話 やっと会えたはずなのに……
目の前に現れた人物を見て、一瞬、現れないと言っていたラドロが来たのかと思ったが、懐かしい匂いを嗅ぎ取った瞬間、ソラの尻尾が彼女の意思をくみ取ってわさわさと激しく揺れ出す。
「コーイチさん……」
本当は今すぐにでも彼の胸の中に飛び込みたいと思うソラであったが、今はその時ではないとグッと堪え、推移を見守ることにする。
「あっ? 何だ。てめぇ…………」
ソラに迫っていた男は、間に入って人物を見てみるみる顔色を変える。
「いや、そんな……どうしてここに」
「どうして? そんなに驚くことですか?」
恐怖を浮かべて後退りする男を見て、浩一は柔和な笑みを浮かべて前へ出る。
「楽しく飲む分には、多少の羽目を外すことはあるでしょうが、私の店の子に手を出すのは感心しませんね」
「い、いや、これはそのだな……」
脂汗を浮かべながら男は助けを求めるように四方を見るが、当然ながらそんな男に手を差し伸べる者などこの場にいない。
浩一はゆっくりと歩みながら貼り付けたような笑顔を男に向けて話す。
「言い訳は結構です。今日のところはお引き取り願えますか?」
「は、はいいぃぃ……し、失礼しました!!」
男は今日の飲み代と思われる金をテーブルに叩きつけるように放ると、一目散に店から退出していった。
「ふぅ……」
「コーイチさん!」
男が立ち去ると同時に、ソラは浩一の背中に思いっきり抱き付く。
この一年ですっかり逞しくなった背中に顔を埋め、思いっきり匂いを嗅ぐと間違いない……慣れ親しんだ彼の匂いだ。
ソラは目から涙を滲ませながら、前を向いたままの浩一へと話しかける。
「よかった。コーイチさんがいなくなって……本当に心配したんですよ」
できればこのまま再会を喜んで、思いっきり抱き締めて欲しい。そう願うソラであったが、どうしてか浩一は前を向いたまま振り返ろうとしない。
「……コーイチさん?」
流石に何かおかしいと思ったソラは、ゆっくりと背中から身を離して浩一の背中を見やる。
自由になった浩一はゆっくりと振り返ると、微笑を浮かべてソラへと話しかける。
「大丈夫だった?」
「えっ? あっ、はい、ありがとう……ございました」
戸惑いながらもソラが礼を言うと、浩一は手を伸ばして彼女のふわふわの頭を撫でる。
「うん、良かった。それじゃあ引き続き、閉店まで頑張って仕事してね?」
「は、はい……」
「期待してるよ」
浩一は再びソラの頭を撫でると、それ以上は彼女に気にかける様子もなく、店内の様子を見て回るために立ち去っていった。
「………………えっ?」
立ち去っていく浩一の背中を見ながら、ソラは彼に撫でられた頭に手を乗せる。
「どう……して?」
間違いなく愛しの彼と再会できたはずなのに、ソラの頭は混乱していた。
あれが浩一なのは間違いない。
匂いも声も、感じる気配もこれまで散々見て来た浩一と同じで、彼が本物であることは間違いないのだが……、
「違う……」
浩一に撫でられた感触は、それだけで安心させてくれるような安らぎはなかった。
それに、直接顔を合わせたのに、話もしたのに、名前すら呼んでもらえなかった。
果たしてあれは、本当に浩一だったのだろうか?
そのまま呆然と立ち尽くしていると、
「ソラちゃん、こっちの注文いい?」
「あっ、はい……」
名前を呼ばれ、ソラは仕事に戻らないと思い直す。
「……今、行きます」
他の女の子たちに親しそうに話している浩一の様子を見ながらも、ソラは断腸の想いで声のした方へ向けて移動する。
もしかしたら、皆の手前、自分だけを特別扱いするわけにはいかないと、わざと素っ気ない態度をしたのかもしれない。
だから営業終了後、じっくりと浩一と話をしよう。
あれから何があったのかじっくり話を聞きたいし、ミーファがどうしているのかも気になる。
浩一の様子から妹に何かあったとは思えないが、一刻も早く会いたい。
そんなことを思いながら、ソラは笑顔で手招きする男たちの下へとパタパタと駆けていった。
「何だって!? コーイチを見つけたって?」
営業時間も後少しとなったところで、アイシャの手伝いをするために二階に行っていたというシドは、ソラから浩一を見たという話を聞いて驚きに目を見開く。
「それで、あいつは一体何処にいるんだ?」
「姉さん、落ち着いて下さい。今はまだ営業中ですよ」
「そんなの後少しだろ? いいじゃねぇか、別にあたしたちがいなくなったところで、たいして問題じゃないだろ?」
「そういうわけにはいきませんよ。例え微力でも、お給料をいただく以上は真面目に仕事しないと」
今すぐにでも浩一の下へと駆け出そうとするシドを、ソラは慌てて止めに入る。
「それなんですが、コーイチさんの様子が少しおかしかったんです」
「おかしかったって何だよ……まさか、あいつに変なことされたのか?」
「そ、そんなことしないです。コーイチさんはいつも通り、私の危機を救って下さいました!」
「じゃあ、いいじゃねぇか。何が不満なんだ?」
「それは……」
シドの質問に、ソラはどう答えていいかわからず言い淀む。
もしかしたらただの勘違いかもしれないのに、姉に余計な不安を与えるようなことを言うべきかどうか迷ったのだ。
「何々、どうかしたの?」
するとそこへ、自分の出番を終え、タオル一枚だけ体に巻き付けたアイシャがやって来る。
「ソラが何かやっちゃったの?」
「あたしと違うから、ソラがそんなヘマするわけないだろ」
「じゃあ、どうしたのさ」
「コーイチを見つけたんだとさ」
「えっ、本当?」
まるで自分のことのように喜ぶアイシャに、ソラは静かに頷く。
「はい、私がお客様に絡まれた時に助けてくれました」
「へぇ……やるじゃん。それで、その噂の彼は何処にいるの?」
「それが……」
ソラは戸惑いながら、浩一がこの店のオーナーとして現れたことを二人に話した。
「えっ、それってマズイんじゃないの?」
ソラの話を聞いたアイシャは、笑顔を引っ込めて真剣な顔になる。
「ラドロ様の立場として来たってことは、来ないはずのラドロ様が店に来たのと同じじゃない」
「あっ……」
その一言で、ソラはラドロから聞いたお見合いパーティーの話を思い出す。
「ど、どうしましょう……」
「どうするも何も……」
相談を受けたアイシャが、どうにかソラだけでも逃げられないかと考えていると、
「お前たち、今日はこの後、大事な話があるから店が終わってもすぐに帰るなよ」
黒服に身を包んだ女性が現れ、ソラたちに容赦ない一言を告げて去っていった。
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