第555話 色々と足りないな制服

 結局、ソラの熱意に圧し負ける形で、シドはラドロが経営する酒場で働くことになった。


「う~、何だかスースーするな」


 異常に丈の短いスカートの裾を気にしながら、シドは姿見で自分の格好を確認する。



 酒場で働くための制服は何種類かあり、シドはその中で最も露出が少ないと思われる、ひらひらのフリルが沢山ついたメイド服をチョイスした。


 しかし、そうは言っても足を少しでも高く振り上たらスカートの中身が露わになってしまうのは気になるし、上も水着同然と思われる布面積しかなく、上から覗く谷間は少しでもバランスを崩せばあっという間に零れ落ちて中身が露わになりそうで、何とも心許ない。


 普段からへそを出す格好をしているのでそっちは気にならないが、全体的にフリルが沢山ついているのも気に食わないし、何のために付けているかわからないヘッドセットも、耳に引っ掛かってどうにも好きになれなかった。



「へ~、シドが着ると可愛い、というより凛々しいわね」


 姿見の前で渋面を作っているシドに、背後から裸エプロン同然のアイシャが近寄って来て背後から彼女の体に覆いかぶさるように抱き付く。


「それに、体を鍛えているからか、こうして抱き付くととっても安心するわね」


 そう言いながら、アイシャはシドのうっすら割れている腹筋へと手を這わす。


「フフッ、素敵なお腹……女の私でも惚れちゃいそうな見事な体ね?」

「おい、やめろ! あたしは女同士でベタベタする趣味はねぇ!」


 シドは手を振ってアイシャの手から逃れると、両手を抱きながら犬歯を剥き出しにして威嚇する。


「……冗談よ」


 顔を真っ赤にして怒るシドを見て、アイシャは降参したように両手を上げて苦笑する。


「もう、ちょっとしたコミュニケーションじゃない。そんなんじゃ、男の子にモテないわよ」

「べ、別に男なんかにモテなくても構わないし……」

「コーイチ君がいるから?」

「――っ!?」

「フフッ、シドってば本当にわかりやすくて可愛い」


 真っ赤になったかと思うと弾けたように顔を上げるシドを見て、アイシャはケラケラと大口を開けて笑う。



 その一言ですっかりアイシャに乗せられてしまったと気付いたシドは、恨めし気に彼女を睨みながら不貞腐れたように言う。


「……必要な金が揃ったらこんな仕事、すぐにでも辞めてやる」

「もう、そんなに怒らないでよ」


 流石にからかい過ぎたと思ったのか、アイシャは何度も頭を下げて謝罪する。


「でも、そんなにシドに想われているコーイチ君って、余程いい男なのね」

「……それはどうだろうな」

「えっ?」

「あいつ、朝はちっとも起きられないし、ちょっと隙を見せたらすぐにエロい目であたしのことを見るし、他にも冒険者なのにちっとも強くないし……」


 一度口を開けば、次々と浩一に対する不満が出てくる。

 だが、そんな浩一に対する文句を言いながらも、シソの口元には笑顔が浮かんでいた。



 その後も次々と文句を言うシドであったが、アイシャは苦笑しながら彼女に向かって優しく問いかける。


「でも、そんな彼のこと、好きなんでしょ?」

「ああ、好きだよ」


 シドは自棄になったかのように大きく頷くと、赤い顔で真意を告げる。


「あいつは確かにダメなところはいっぱいあるけど、いざという時はとってもカッコイイんだよ。命を懸けてあたしたちを守ってくれるし、どんな困難も乗り越えていくんだ」

「へぇ……」


 誇るように、真っ直ぐ目を見ながら語りかけてくるシドを見て、アイシャは眩しいものを見るように双眸を細める。


「それはまるで、私にとってのラドロ様みたいなものかな?」

「……いや、全然違うわ。コーイチとあんな男を一緒にすんじゃねぇよ」

「ちょっと、そこは否定する場面じゃないでしょ!」


 真顔でラドロとの類似性を否定するシドに、アイシャは堪らず抗議の声を上げる。


「ハッ、知ったことじゃないね」


 だが、シドは鼻で笑うと腕を組んで不敵に笑ってみせる。


「あいつはコーイチと顔こそ似ているが、中身は断然コーイチの方が勝ってるからな」

「それはちょっと聞き捨てならないわね」


 一方的に断じるシドに対し、ラドロに救われた身であるアイシャとしては黙ってはいられなかった。


「ちょっと、どちらの男が優れているか、話し合う必要がありそうね」

「ヘッ、望むところだ」


 血気盛んなシドとしては、売られた喧嘩は買う気満々だった。



 そのまま二人による論争が始まるかと思われたが、


「あ、あの、姉さん、アイシャさん……ちょっといいですか?」


 シドと同じメイド服を選んで着替えていたはずのソラが、遅れてやって来て二人に助けを求めてくる。


「その……用意していただいた着替えなんですが、ちょっと小さくて……」

「あら、そうなの?」


 今にも泣きそうなソラを見て、アイシャがすぐさま彼女へと駆け寄る。


「ソラにぴったりのサイズだと思ったけど、何処が小さかったの?」

「そ、その…………」


 顔を赤面させたソラは、申し訳なさそうに胸元へと視線を落として話す。


「胸が……布が余ってしまって全然止められないんです」


 そう言ってソラが手をどけようとすると、胸の布がストン、と地面に落ちそうになって彼女は慌てて手で支える。


「すみません、私の成長が未熟なばかりに……」

「あらあら、そんな泣きそうな顔しないの」


 アイシャはソラの顔を優しく撫でると、彼女の背中に回って胸部の布を摘む。


「心配しなくても、ちゃんと体に合わせて詰めてあげるわ。大丈夫、ソラも充分過ぎるくらい可愛いから」

「あ、ありがとうございます」



 アイシャは手早くどれぐらい布を詰めるかを考えながら、二人に向かって話しかける。


「そういえば、二人にはまだ接客の仕方について教えてなかったわね」

「何だよ。そんなの別に適当でいいだろ」

「ダメよそんなの、ちゃんとしてくれないと皆に迷惑がかかるもの」


 ぶっきらぼうに応えるシドに、二人より年上であるアイシャはぴしゃりと言ってのける。


「これから開店までまだ時間があるから、二人にはこの店の接客の基本をしっかり覚えてもらうわ。いいわね?」

「は、はい、頑張ります」

「チッ、めんどくせーな」

「シド……」


 舌打ちをするシドに、アイシャが本気で怒ったように真剣な表情で睨む。


「そんな態度、絶対にお客様の前で見せたらダメよ……いい?」

「…………わかったよ」

「よろしい」


 渋々ながら頷いたシドを見てアイシャは満足そうに頷くと、二人に店の接客方法を事細かに指導していった。

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