第554話 おいしい話には裏がある?
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
このまま雰囲気に流されて酒場で働かされそうな気配を察したシドは、顔の前で手を激しく振ってアイシャたちの言葉を遮る。
「お前の言う職場って、あ、あのあのあの……ハレンチな酒場のことだろう?」
「まあ、ハレンチなのは否定しないけど、そうよ?」
「そうよって……あたしたちに裸になって踊れっていうのか?」
「まさか、そんなこと言うわけないでしょ」
青い顔をするシドに、アイシャがケラケラと笑いながら否定する。
「少なくとも本人が脱ぐのを嫌がってるのに、無理矢理脱げなんて言わないわよ。それに、ウチは一切のお触り禁止だから、その辺の酒場よりずっと治安はいいわよ」
「そう言われてもな……」
まだ納得いかないのか。シドは胡乱気な目をニタニタとこちらを見ているラドロへと向ける。
「あの店のオーナーがこいつだと知ったら、なんか一気に信用できなくなってきたんだよな」
「おいおい、心外だな」
目を向けられたラドロは、大袈裟に肩を竦めながら自身の考えを話す。
「少なくとも僕は、あの店は慈善事業でやってると自負してるよ」
「はぁ!? 正気で言ってるのか?」
「正気も正気、大真面目だよ」
ラドロは笑顔を引っ込めて真顔になると、あの店を開いた経緯を話す。
この街で製薬店を営むグリードに商人としての才能を見出され、彼の養子となったラドロは大人になって店を任されるとなった時、ある理念をもって店を開いた。
それは世の中の女の子、全てを救うこと。
「……イカれてやがるな」
「まあまあ、そこで茶化さないでよ。ちゃんと説明するからさ」
シドに軽蔑の眼差しを向けられても、ラドロは笑顔を崩すことなく話を続ける。
「あの店で働いてる女の子はさ、僕が各地を巡ってスカウトしてきてるんだ」
ラドロは暇を見つけては各地へと赴き、そこで出会った女の子に声をかけては身の上話を聞き、生活が困窮していたり、もっと裕福な暮らしがしたいと願う女の子がいたら、自分の店で働かないか? と誘っているという。
「そこら辺の店主と違ってさ。僕は可能な限り女の子の要望には応えるようにしているんだ。待遇面ではこの街ではかなりいい方だと自負してるよ」
「それについては本当よ。私が保証するわ」
ラドロの言葉を、アイシャが擁護するように付け加える。
「私も地方で売れない踊り子をしていたんだけどさ。そこをラドロ様に拾われてこの街に来たお蔭で、家族に十分な金額の仕送りもできるようになったんだ」
「アイシャは特に頑張ってくれてるからね。それに応えるのは雇用主として当然だよ」
得意気に胸を張るラドロに、アイシャは「これさえなければね」と苦笑してみせながらシドに尋ねる。
「それよりどうしてシドは、ラドロ様に対してそんなに冷たいんだい?」
「何故って……あたしの相棒が、そこの男と似ているって話はしただろ?」
「確かコーイチ君だっけ? それがどうしたのんだい?」
「いやさ、ここに来る前にさ……」
そう言ってシドは、ラドロと勘違いされた浩一が受けた数々の仕打ちについて話す。
「あれだけ周囲で恨みを買っているってことは、とんでもない碌でなしのクソ野郎だと思ったんだよ」
「そうなんだ……」
一応の納得はしたのか、アイシャは深く頷いてラドロを見やる。
「ラドロ様……心当たりはないのですか?」
「いや、いきなりそんなこと言われてもな……確かに時々、知らない人からのやっかみを受けたことはあったけど、心当たりと言われてもな……」
本当に自覚はないのか、ラドロは不思議そうに首を捻る。
「ああ、でも……思い当たることがあるとすればあれかな?」
「やっぱりあるのかよ」
「いやいや、あるといっても僕の話じゃないさ。僕の親父がさ、時々店の女の子たちを何人か見繕って貴族とのお見合いパーティーを開くんだ」
ラドロによると、不定期で行われるお見合いパーティーに参加した女の子たちは、その殆どが貴族たちとの婚約をし、円満退社していくという。
その話を聞いたシドは、いよいよ胡散臭くなってきたと、訝し気にラドロに問いかける。
「それで、その円満退社した女たちはどうなったんだ?」
「どうなったって……知らないよ」
「はぁっ!?」
「い、いや、だってしょうがないだろ? お見合いパーティーは親父主催で、僕は一切関与できないんだよ。でも、彼女たちは望んで結婚したんだから、下手に探るのも野暮かと思ってさ」
「馬鹿っ! そんなんだから、そこかしこで恨みを買うんだよ!」
「ヒッ、お、怒らないで!」
思わず拳を振り上げるシドを見て、ラドロは怯えたように顔の前で両手を交差させる。
「ま、まあ、その辺は僕の方で調べておくとして……仕事の方は安心していいよ。僕が店にいない限りはそのお見合いパーティーは開かれないから、それまでは安心して働いていいよ」
「お前が戻るまでって……一体いつ戻るんだよ」
その問いかけに、ラドロは気まずそうに目を逸らす。
「それは……ほとぼりが冷めてから、かな?」
「かあぁぁ! 何だよそれ、そんなの答えになってないじゃないか」
「だ、だって仕方ないだろ。僕だって、親父に怒られたくないんだもん」
小さく縮こまったラドロは、情けない声を上げながら捲し立てる。
「少なくとも、ここ二、三日は店に戻らないと誓うから、働くならその間にどうだい? 給料は日払いで用意させるからさ」
「……いくらだ」
「これぐらい」
「…………」
そうして指で示された金額を見て、シドは渋面を作る。
何故ならその金額があれば、ソラの盗まれた財布を失う前とおなじぐらいの金額になりそうだったからだ。
「姉さん……」
すると、示された金額を見たソラがシドの袖を引っ張りながら話す。
「この話、受けましょう」
「ソラ……」
「姉さんを巻き込むのは大変申し訳ないのですが、あのお金は、これからの旅に必要な金額でした。それを取り戻せるなら、ちょっとぐらいの恥をかくぐらい、どうってことないです」
「うむむ……」
だが、それでも好きな男以外に肌を見せることに抵抗があるシドは、唸り声を上げながら頭を抱える。
「シド、どうするんだい?」
「シドちゃんの好きにしていいよ」
「姉さん、決断して下さい」
そうして三人に迫られたシドが結論を出すまで、さらに一時間の時間を要するのであった。
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