第536話 旅のお供に
リックさんが経営する牧場を後にした俺たちは、一か月前にシドと訪れた山道へと再び足を踏み入れた。
相変わらず道は細くて、足を踏み外せば谷底に真っ逆さまという恐怖はあったが、馬車を引く二頭の馬たちは特に気にした様子もなく、難なく山道を登っていった。
途中、この山道を登ることになった最大の要因である、大きな川を渡る吊り橋を超えたところで空があかね色に染まったので、俺たちは近くにあった開けた岩場で休むことにした。
馬車を適当な場所に止めた俺は、二頭の馬の餌と水を用意しながら労いの言葉を投げかける。
「ありがとう。よく頑張ったね」
「ブルル……」
二頭の馬は「なんともないぜ」と言いながら俺が用意した餌と水に口をつけていく。
元気よく草を食む二頭の馬を見て、彼等の言葉が強がりではないことを確認した俺は、今日の夕餉の準備をしているソラとミーファの方に顔を向ける。
ここは調度山越えの休憩場所となっているのか、過去にここを訪れた者が用意したであろう石を積んだ竈が残されており、俺たちは先人に倣って竈を再利用することにした。
その竈には既に周囲の闇を振り払う赤々とした炎が上がっており、その明かりを頼りにソラがナイフで手早く食材を切り、ミーファがその手伝いをしていた。
「…………」
いつもと変わらない様子のミーファを見て、俺は彼女はなんて強いのだろうと思った。
ミーファより年上であるニーナちゃんがあんなにも大泣きしていたのに、ミーファも泣きはしたものの最後まで取り乱すことなく、再会の約束をして別れの挨拶を交わした。
ミーファからすれば、既にグランドの街で仲良くなった孤児院の子供たちとの別れを経験をしているので、決して初めての別れではないにしても、その心の強さと気持ちの切り替えの速さは目を見張るものがあった。
……もしかしたら、俺よりもよっぽど冒険者に向いているのかもな。
将来、シドのように凛々しく、美しく育ったミーファに手を引かれる姿を想像してしまったが、考えてみればその頃には俺も三十半ばから四十代に差し掛かる頃だ。もしかしたら、既に家庭を持って既に冒険者としては引退しているかもしれない。
「そう、きっとシドと……」
「あたしがどうかしたか?」
「うひゃほおい!?」
いきなり背後から声をかけられ、俺は驚いて奇声を上げながらその場から大きく飛び退く。
どうにか着地をして背後を振り返れば、両手に木桶を持ったシドが三白眼で俺のことを睨んでいた。
「……何だよ? それがわざわざ水を汲んできてやった奴に対する態度か?」
「ご、ごめん、いきなりで驚いただけだからさ。ありがとう」
俺はシドから木桶を受け取りながら、のしのしと後からやって来たロキにも声をかける。
「ロキもありがとう。重くなかったかい?」
「わふっ!」
体に水の入った樽を二つ括り付けているロキは「大丈夫」と言いながらぴょん、と飛び跳ねてみせる。
「それにしても、思ったよりだいぶ早く戻って来たね?」
シドとロキは、ここの調度真下にある泉へと水を汲みに行ってもらったのだが、道なりに進むとそれなりに大回りになるので、結構な距離を歩かなければならなかったはずだった。
それなのに、シドたちは予定の半分以下の時間で戻って来た。
「まさか……」
もしかしてと思ってシドの顔を見ると、彼女はロキと顔を見合わせてニヤリと笑ってみせる。
「まあ、そのまさかさ。あたしとロキでなかったら、まだ泉に付いてすらいなかっただろうな」
「わんわん」
「さ、さいですか……」
すかさず「その通り」とロキが答えるのを聞いて、俺は呆れるしかなかった。
どうやらシドたちは、泉に行くのに遠回りするのを嫌い、道なき道である崖を昇り降りすることを選んだようだった。
しかも、陽が落ちて殆ど視界が利かない中のクライミングを、命綱もなしに難なくやってのける一人と一匹に付いていくのは、俺だけでなくソラとミーファにも無理だろう。
相変わらずの規格外なことをするシドの実力に舌を巻いていると、彼女はちょいちょいと俺の肩を叩きながら話しかけてくる。
「それよりコーイチ、この辺の索敵はしたのか?」
「えっ? あっ、ごめん。今すぐやるよ」
その言葉で俺は自分に任された仕事を思い出し、目を通してアラウンドサーチを発動させる。
そうして脳内に索敵の波が広がったところで、
「……えっ?」
「どうした?」
「反応がある……それもすぐ近くに」
俺はすぐさま目を開けて、ついさっきしっかりと止めた馬車を見る。
そこには二頭の馬が相変わらず草を食んでいる最中だったが、どうしてかアラウンドサーチの反応は三つあった。
「反応って馬車の中か?」
「うん……」
一体どういうことかと顔を見合わせた俺たちは、万が一を想定して装備品を検めながら馬車の中へと入る。
「……誰かいるのか?」
試しに馬車の中へ声をかけてみると、山と積まれた荷物からガタッ、という物音が聞こえる。
「これは……」
「うん、何かいるね」
音の様子から何か小動物でも紛れたのだろうか? 俺はシドに援護を頼むと言いながら音の出所を探す。
相手が小動物であるなら、俺のアニマルテイムでどうにかなるからだ。
そうして一つずつ、荷物をどけていくと、
「…………プ、ププゥ」
荷物の隙間に、耳の長い小動物が「見つかっちゃった」と言いながら俺の前にぴょこぴょこと飛び跳ねてきた。
「えっ、君……うどん君?」
「ププッ!」
俺の声に、うどん君は「そうだよ」と言いながら俺の胸に飛び込んでくる。
寂しかったのか、スリスリと身を寄せてくるうどん君を撫でながら、俺は気になっていたことを問う。
「ど、どうして……お姉さんたちは?」
「ププゥ?」
俺の質問に、うどん君は「あのね?」と前置きしてここにいる理由を話す。
新たな住処を見つけたトントバーニィたちは、どうしても自分たちを助けてもらった恩を返したいということで、一族を代表してミーファと一番親しいうどん君が俺たちの旅に付いていくことを決めたという。
だが、それを直接話せば断れるかもしれないと思ったうどん君は、わざわざ俺たちが寝静まった後、誰にも見つからずに密かに荷物の中に紛れ、そこから今までずっと隠れていたというのだ。
「じゃ、じゃあ、それまで飲まず食わずで?」
「プヒュウ……」
うどん君はこっくりと頷くと「なにかちょーだい」と甘えた声で鳴きながら身を寄せてくる。
「ハハッ……ちゃっかりしてるな」
その現金な態度を見て、俺は苦笑するしかなった。
馬車の中に侵入している者がいることに気付かなかったのは、俺たちに落ち度もあるし、今さら引き返せなんて言うのは可哀想だし野暮である。
それに、うどん君のようにミーファを守ってくれる存在が増えてくれるのはありがたいし、彼なら十分信用に値する
「う~ん、マーガレットさんから貰ったオリーブってどんだけあったかな?」
確か今日の夕飯にも、例の熟成オリーブが出てくるはずだ。
俺は新たな仲間となるうどん君を抱え上げると、皆に紹介するために馬車の外へと向かう。
旅のお供が思わぬ形で増えることに、三姉妹の末娘が喜びを爆発させたのは言うまでもなかった。
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