第535話 また会おうね
――翌日、お世話になった人たちに挨拶をし、物資の調達を終えた俺たちは次の目的地に向けて旅立つため、久しぶりにリムニ様に貰った馬車に荷物を積み込んだ。
最後に馬車を引く二頭の馬に丁寧にブラッシングをし、手綱などの必要な馬具を取り付けた後、二頭の頭を撫でながら話しかける。
「今日からまた旅に出ることになるから、よろしくな」
「ブルル……」
「ヒヒーン!」
これまで牧場内を散歩したり、馬術の訓練のために俺を乗せて軽く運動することはあったが、きっと満足いっていなかったであろう二頭の馬は、ようやく本来の仕事に戻れることに「いよいよか」「任せて」と白い歯を見せてやる気を見せてくれる。
そんな頼もしい二頭の馬に「頼んだよ」と撫でた俺は、御者台に座って馬たちに歩くように指示を出す。
昨日の夜に入念に点検した馬車は、問題なくカラコロと軽快な音を立てながら滑らかに滑り出し、久方ぶりに納屋の外へと出る。
心地良い風を受けながら納屋の外へと出て母屋の方を見ると、そこにはリックさん一家と三姉妹たちが最後のお別れをしているところだった。
「うええええええええええええええええええええぇぇぇん…………」
「うわ、な、なんだ……」
いきなり聞こえてきた盛大な泣き声に、何事かと思って声の主を見ると、昨日は絶対に泣かないと豪語していたニーナちゃんが、ミーファの腰にすがりついて号泣していた。
「うわあああぁぁん、ミーブァぢゃん……いっぢゃやだああああぁぁぁ!」
「ニーナちゃん…………ごめんね」
滂沱の涙を流し続けるニーナちゃんを励ますように、ミーファは彼女の頭を優しく撫でながら諭すように話す。
「ミーファ、かならずまたニーナちゃんにあいにくるよ」
「ううぅ……それっていつ? 明日?」
「そ、それはムリ」
「じゃあ、いやだああああああああああああああああああぁぁぁ……ざよならじたくないよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉ…………」
「ふみゅう…………」
普段は大人びた態度を見せることが多いニーナちゃんの豹変ぶりに、ミーファは彼女の頭を撫でながら困ったようにオロオロと視線を彷徨わせる。
「こら、ニーナ。いい加減にしなさい」
醜態を晒し続けるニーナちゃんに、父親のリックさんが遂に待ったをかける。
「昨日は笑顔でミーファちゃんたちを送るんだって言ってただろ? その気概はどこにいったんだ?」
「じらない……そんなこと言ってばい!」
「もう、何時までも駄々をこねてるとパパ、怒るよ? それとも何だ。このままミーファちゃんたちと一緒に旅に出るつもりか?」
「えっ、いいの?」
リックさんの言葉に、ニーナちゃんは一瞬で泣き止んで笑顔さえ浮かべてみせる。
「実は密かに旅支度をしてたんだ。じゃあ、荷物を取って来るね」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待つんだニーナ!」
そのまま立ち上がって走り出そうとするニーナちゃんを慌てて捕まえたリックさんは、青い顔をして妻のマーガレットさんの方を見る。
「ど、どうしようママ……このままじゃニーナが……」
「はぁ……」
夫からのSOSコールに、マーガレットさんは盛大に溜息を吐くと、ニーナちゃんの正面に回って彼女と目を合わせる。
「ニーナ、いくらなんでもその冗談はいただけないわよ」
「じょ、冗談じゃないわよ。私は……」
「何言ってんの。あなたが出ていったら、ミーファちゃんとの約束は誰が守るの?」
「約束……」
マーガレットさんの言葉に、ニーナちゃんはハッ、と顔を上げて母の顔を見た後、心配そうに見守っているミーファを見る。
「ニーナ、あなた言ったわよね? 森に住むことになったトントバーニィたちの世話をミーファちゃんの代わりにするって……あの話は嘘だったの?」
「…………嘘じゃない」
マーガレットさんからの指摘に、ニーナちゃんは小さく震えながらかぶりを振る。
ニーナちゃんがミーファとした約束とは、マーガレットさんの畑の近くの森に住むことになったトントバーニィたちが、これからも安全に暮らせるようにするということだった。
白い災厄と呼ばれ、一部の人や草原の動物たちから嫌われているトントバーニィたちには、これから先も数々の苦労や、心ない誹謗中傷に晒されるかもしれない。
そんなトントバーニィを守るために、ニーナちゃんは旅に出て面倒を見ることができなくなるミーファに代わってウサギたちを世話し、いつかは草原の動物たちと一緒に水飲み場で過ごせるようにしてみせると約束したのだった。
「…………わかった」
落ち着きを取り戻したニーナちゃんは、両手でまだ溢れてくる涙をゴシゴシと拭うと、ミーファに向き直って彼女の手を取る。
「ごめん、ミーファちゃん。私、わがままだった。自分のことばかり考えて、うどんたちのこと、すっかり忘れてたわ」
「ニーナちゃん……ミーファ、かならずまたあいにくるから」
「うん、待ってる。見てて、その時までにきっと草原の動物たちと仲良くなってみせるから……トニーにも手伝ってもらってさ」
「うん……うん……」
ニーナちゃんの決意の言葉に、ミーファは何度も頷きながら感極まったように彼女の体に抱き付く。
「ニーナちゃん、ありがとう……」
「私の方こそありがとう。私たち、これからもずっと友達だよ」
「うん……やくそく」
そう言ってミーファは、ニーナちゃんに向かって小指を差し出す。
「あっ……」
それだけで何をするかを察したニーナちゃんは、手を差し出して自分の小指をミーファの小指を絡める。
「それじゃあ、いくよ?」
「うん!」
「「せ~の……」」
そうして二人の少女は、声を揃えて約束を誓う歌を歌った。
十分後、ニーナちゃんとの最後の別れを惜しみながらも、すぐ隣にミーファが座ったのを確認した俺は、泣きじゃくる娘をあやしているリックさん夫妻に話しかける。
「……では、そろそろいきます。長い間、お世話になりました」
「そんな、我々の方こそありがとうございました」
「コーイチさんたちがいたこの一か月間、とても充実した毎日でした。旅が無事に終わりましたら、また立ち寄ってください」
「はい、必ず」
マーガレットさんの言葉に頷いた俺は、最後にしょんぼりと肩を落としているニーナちゃんに笑いかける。
「ニーナちゃんも、ありがとう。あの時出会えたのが、ニーナちゃんで本当によかった」
「コーイチさん……」
「約束するよ。また必ず皆でここに……ニーナちゃんに会いに来るから、それまで元気でね」
「…………はい、お待ちしています」
ニーナちゃんは泣き腫らした目を慌てて拭うと、ペコリとお辞儀をしてニコリと笑う。
「皆さん、本当にありがとうございました。皆さんの旅の無事を祈ってますね」
「うん、ありがとう。また会おうね」
俺は笑顔で頷くと、手綱を振るって二頭の馬に出発を促す。
「ニーナちゃん、またね」
「ありがとうございました」
「皆さんも、どうかお元気で」
馬車が動きだすと、三姉妹が身を乗り出して次々に別れの挨拶を口にする。
その間にも馬車の速度はみるみる早くなり、牧場はどんどん小さくなっていく。
「――っ!? ミーファちゃん!」
もうそろそろさらに速度を上げようという時、ニーナちゃんが弾けたように顔を上げて走り出す。
「コーイチさん! ソラ! シドさん、皆……皆、ありがとう!」
百メートルほど全力疾走した後、ニーナちゃんは肩で息をしながら大きく手を振る。
「必ず……必ずまた会いに来てね。きっとだよ!」
「うん、きっとあいにいくよ」
ニーナちゃんの言葉に、ミーファも手を振って応える。
「またね…………またねええええええええええええええぇぇ!!」
「うん、うん、待ってるから……いつまでも待ってるからねええええぇぇぇ!!」
二人の少女は涙を流しながら、互いの姿が見えなくなるまで必死に手を振り続けた。
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