第525話 憧れの自由騎士

 シドを見送った俺は、ガルムの呪縛から解き放ったうどん君のお姉さんが目覚めるのを待っていた。


「プゥ……」

「大丈夫。すぐに目を覚ますよ」


 心配そうに姉を見守るうどん君の頭を撫でながら、俺は彼の前に例の熟成オリーブが入った瓶を差し出す。


「お姉さんが目を覚ましたら、このオリーブをあげよう。そしたらすぐにでも、元気になるよ」

「プッ!」


 余程お気に入りになったのか、オリーブを見たうどん君は、倒れている姉の様子を伺いながらも、チラチラとオリーブの入った小瓶を何度も見る。



 まさかリックさんが作ったオリーブが、こんなにもトントバーニィを虜にするとは思わなかったが、これなら目覚めたうどん君のお姉さんが正気を取り戻すのは間違いないだろう。


「………………プゥ?」


 そんなことを思っていると、意識が戻ったのかうどん君のお姉さんが薄く目を開ける。


「ププッ!」

「ハハッ、わかったわかった」


 興奮したように急かしてくるうどん君に苦笑しながら、俺は瓶の蓋を開けて熟成オリーブを二つ取り出すと、もう待ちきれないとばかりにソワソワしているうどん君に一つ差し出しながら、目が覚めたもう一羽のトントバーニィに話しかける。


「気分はどう? 俺のことわかるかな?」

「…………プッ」


 俺の問いかけに、うどん君のお姉さんはこっくりと頷く。


 よかった。どうやら無事にガルムの支配から抜けられたようだ。



 ガルムの姿を探してキョロキョロと忙しなく視線を彷徨わせるうどん君のお姉さんに、俺は手の中のオリーブを差し出しながら話す。


「大丈夫。あの魔物なら俺たちが追い払ったよ。それより疲れただろう? これでも食べて元気を出して」

「…………」


 俺が差し出したオリーブを、うどん君のお姉さんは仰向けのままヒクヒクと鼻を動かして匂いを嗅ぐ。


「大丈夫。このオリーブは、君の弟さんも嬉しそうに食べているから」


 まだ警戒している様子なので、夢中でオリーブを食べているうどん君を示すと、ようやく納得してくれたのか、口を小さく開けて仰向けのまま熟成オリーブを頬張る。


「――ッ!?」

「わっ!?」


 熟成オリーブを口にしたうどん君のお姉さんは、大きく目を見開いたかとおもうと、クルリと回転して勢いよく飛び起きるので、俺はびっくりして思わず仰け反る。


「ププッ、ププッ……」


 仰け反って仰向けに倒れた俺の胸に乗ったうどん君のお姉さんは、頬擦りしながらもっと頂戴と甘えるようにお願いしてくる。


「ハハッ……わかった。わかった」


 例の牧歌で歌われているだけあって、トントバーニィがオリーブ好きなのは間違いないようだ。

 俺は残りの熟成オリーブを二羽のトントバーニィに全てあげようと瓶へと手を伸ばす。



 だが、


「…………あれ?」


 瓶に伸ばそうとした手が急に重くなり、視界が急に暗くなっていく。


「あ……れ?」

「兄さん!」

「おい、大丈夫か? しっかりしろ!」


 一体どうしたことかと思っていると、リーダーの男性と重戦士の男性が慌てた様子で駆け寄って来る。


「…………い」


 二人の男性に「問題ない」と伝えようとするが、どうにも上手く体に力が入らない。


「どう……」


 どうして? と口にするより早く、俺の意識はそこで途切れてしまった。




「おい、兄さんが倒れちまったぞ。どうするんだ?」


 浩一が意識を失ったのを見て、重戦士の男はリーダーに意見を求める。


「一応聞くが、最後まで姐さんたちの味方ってことでいいんだな?」

「そう……だね」


 意見を求められたリーダーは、浩一を心配そうに寄り添う二羽のトントバーニィを見て、小さな声で呟く。


「確かにここで彼を見捨ててしまえば、二羽のトントバーニィの報酬は僕たちのものだね」「ちょっと!」

「冗談だよ」


 思わず声を荒げる神官の言葉に、リーダーは大袈裟に肩を竦めながら苦笑する。


「これでも子供の頃は、自分こそが世界を救う自由騎士になるんだって信じて疑わなかったんだ。ここで本物の自由騎士を見捨てるなんて不義理、できるわけないだろう」

「当然よ。もし、そんなことしてたら、私の鞭で調教してやるところだったわ」


 さらりととんでもないことを言いながら、神官は浩一の傷の手当てをしていく。



 そうして一通りの手当てを終えた神官は、浩一の脈拍を計りながらリーダーへと話しかける。


「一通りの手当てはしたけど、早く安全な場所で休ませた方がいいわ。それと、栄養補給も必要ね」

「……といっても、彼が何処で寝泊まりしているのか知らないんだよな」

「確かに……とりあえず、僕たちの宿まで運ぶ?」

「ええっ、そりゃ無理があるだろ。気絶した奴を運ぶのってすげぇ、大変だろ?」

「言っておきますけど、私は運ばないわよ?」


 浩一を運ぼうにも何処に向かったらいいかわからない四人は、喧喧囂囂と何処に運ぶのかが正解かを議論する。



 すると、


「キーッ!」


 四人パーティに向かって、一羽のトントバーニィが大きな声を上げながら顎である方向を示すと、一人先に駆け出して再び「キーッ!」と大きな声で鳴く。


「な、何だ?」

「俺たちが不穏なことを言ったから、逃げようって言ってるのか?」

「いや……」


 不審がる仲間たちを前に、リーダーは何度も顎である方向を指し示すような動きをするトントバーニィを見て、推測を口にする。


「もしかして、俺たちを導いているのか?」

「え~、まさか……」

「リーダー、ちょっと兄さんに感化され過ぎじゃないか?」

「子供の頃の憧れだった自由騎士だもんね」

「い、いいだろ。別に……憧れたってさ」


 仲間たちの口撃に苦笑しながら、リーダーは浩一へと手を伸ばすと「よいしょっ」と声を上げながら彼の体を背負う。



 それを見たトントバーニィは「ププッ」と言いながら駆け出すと、少し進んで止まって再びこちらを振り返る。


「ほら、間違いないよ。あのトントバーニィが案内してくれるってさ」

「はいはい、じゃあ、そういうことにしておこうか」

「まあ、運ぶのはリーダーだからな」

「……俺たち三人で代わる代わるだぞ」


 全てを押し付けようとする仲間たちに釘を刺しながら、四人はトントバーニィに導かれるままに歩きはじめた。

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