第524話 調停者の瞳

「えっ、何だって?」


 思わず漏れたガルムの呟きに、俺は眉をひそめる。


 今、奴は何て言った? 俺の聞き間違いではなければ『ルーラーズアイ』と言ったな。

 ルーラーって……確か調停者とかそういう意味合いの言葉だったと思うが、その調停者の瞳ルーラーズアイとはどういう力なのだろうか?


 …………………………うん、さっぱりわからん。


 言葉の意味が理解できない俺は、単語を発した張本人に聞いてみることにする。



 だが、


「ロキが解放されたのなら、もう容赦はしねぇぞ!」


 俺たちとガルムの間に割って入っていたシドが、奴を倒すために飛び出していた。


「喋る獣だが何だか知らないが、あたしの大切な家族に手を出して、タダで済むと思うなよ!」

「クッ、マダダ!」


 迫るシドを前に、ガルムは大きく後ろに飛び退くと、近くの藪に向かって叫ぶ。


「イケッ! ヤツヲクイコロセ!」

「キーッ!」


 ガルムの命令に反応して、藪の中から白い影が飛び出してくる。



 それは既に魔物化してしまったのか、頭の耳をヴォーパルラビットのように刃物化させて突撃するうどん君のお姉さんだった。


「シドッ!」

「――危なっ!?」


 真っ直ぐ突撃してくるトントバーニィに、シドは流石の反応力を見せて、体を捻ってどうにか攻撃を回避してみせる。


「まさか、既に魔物化しているのか!?」


 一先ずシドの無事を確認した俺は、軽やかな身のこなしで着地して反転するトントバーニィの顔を見る。


「キーッ、キーッ!」


 長く鋭い前歯を剥き出しにして威嚇するトントバーニィの目は、怪しく赤色に光ってはいるが、魔物であることを示す四つの目にはなっていなかった。



 うどん君のお姉さんが、まだ魔物化していないことを確認した俺は、反射的にシドに向かって叫ぶ。


「シド、その子はまだトントバーニィだ! 俺の力でロキと同じように戻せるはずだから、殺さないで!」

「わかった!」


 再び突撃してきた攻撃を回避しながら、シドは苦々しげに叫ぶ。


「……と言いたいところだが、確約はできんぞ!」

「なら、ここは任せてもらおうか!」


 苦しそうなシドの叫びに、思わぬところから助け舟が入る。


「姐さん、加勢するぜ」


 そう言って現れたのは四人パーティの一人、鍋のような形の大盾を持った重戦士の男性だった。


「ヴォーパルラビットが相手なら、俺の出番だぜ!」


 三度突撃してきたトントバーニィの前へと出た重戦士の男性は、臆することなく大盾で攻撃を受け止めると、


「あらよっと」


 威勢のいいかけ声を上げて、大盾の中に入ったトントバーニィを盾と地面の間に閉じ込める。


 中で暴れるトントバーニィが逃げないように、大盾に馬乗りになった重戦士の男性は、大声で仲間たちに声をかける。


「おい、早くしないと穴掘って逃げるぞ!」

「わかってる」

「合点!」

「いつものいくわよ!」


 阿吽の呼吸で飛び出した三人は、手にした武器を大盾に向かって容赦なく振り下ろしていく。



 そうして三人で激しく大盾を叩くこと数秒、重戦士の男性が頃合いを見て大盾の中に手を突っ込むと、中からぐったりとしたトントバーニィを抱えて俺の下へと走って来る。


「ほら、おとなしくしてやったぞ。兄ちゃん、これでもいけるか?」

「は、はい……ありがとうございます」


 重戦士の男性からぐったりと動かないトントバーニィを受け取った俺は、一旦目を閉じて集中すると、ガルムが言うところの調停者の瞳を発動させるように意識しながら右目を開ける。


 すると、俺の視界に映るトントバーニィの周りに、赤い霧が見え、調停者の瞳が無事に発動したことが確認できる。

 どうやらこのスキルも、アラウンドサーチと同じようにイメージすることが大切なようだ。



 無事にスキルが発動したのを確認した俺は、ナイフを手にしてガルムの形をした赤い霧を凝視し、現れた黒いシミにナイフを突き立てる。


「――ギャア!」


 すると、遠くの方でガルムと思われる悲鳴が再び上がる。

 どうやら俺たちがうどん君のお姉さんを相手にしている間に、一人で勝手に逃げ出したようだ。



「チッ、思ったより遠くに逃げたな……ロキ!」


 ガルムの悲鳴を聞いて、シドは奴が逃げた方向を睨みながら、俺に心配そうに寄り添っているロキに向かって叫ぶ、


「いい加減、奴と決着をつけるぞ……あたしと一緒に来るんだ!」

「わん!」


 シドの声にロキは「わかった」と鳴くと、俺の顔に頬擦りをして彼女の下へと走っていく。



「シド、ちょっと待った!」


 俺たちのパーティの中で最強の二人なら、ガルム相手でも先ず負ける心配はないが、それでも逃げる奴を追うのは一苦労だろう。


 そう思った俺は、地面に手をついてアラウンドサーチを発動させる。


 もし、俺がガルムなら、右目を失った状況で堂々と姿を晒して逃げるような真似はしない。何処かに身を隠しながら、なるべく安全なルートで逃げるはずだ。


 ガルムは俺と同じ臆病者だと仮定しての探索だったが、その読みは見事に的中する。

 どうやら奴は、トントバーニィが掘った穴を使って逃げているようだった。



 脳内にワイヤーフレームで表示される穴の先を確認した俺は、今にも走り出しそうなシドたちに向かって叫ぶ。


「シド、奴は穴を使って逃げている。逃げる先は、俺たちが見つけたあの穴だ!」

「わかった。コーイチ、お手柄だぜ」


 シドは親指を立ててニヤリと笑うと、ロキの背中に跨って風のようにガルムが逃げた先へと駆けていった。

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