第523話 絆の力
「コーイチ、お前……」
俺の発言を聞いたシドが、目を見開いて俺の頬に手を添えたかと思うと、そのまま顔を近づけて覗き込んでくる。
いきなり鼻息がかかるほどの距離に迫ってきたシドを前に、俺は自分の顔が堪らず赤くなるのを自覚する。
「な、何?」
もしかして、キスするつもりなのか?
いや、そりゃしたいかしたくないかで聞かれれば、キスしたいに決まっている。
だけど、今は非常事態で、ロキは苦しんでいて、敵もいるし尚且つ周囲には四人パーティがいるわで、とてもじゃないがイチャイチャできる雰囲気ではない。
だからキスするのは、せめて二人きりの時に……何て一秒も満たない時間の間に考えていると、シドは指で俺の右目をグイッと広げて目を見たかと思うと、あっさりとキスできる距離から離れていく。
あれ? キスはいいの? なんて思っていると、シドは俺の頬を撫でながら心配そうな表情を浮かべる。
「コーイチ、お前……目が真っ赤に充血しているが大丈夫なのか?」
「えっ!?」
「なんか今すぐにでも血管が切れて、血が吹き出しそうだけど……でも、お前の様子を見る限り大丈夫そうだな。それじゃあ、ロキのことは任せるから、バシッ、と救ってくれよ!」
鼓舞するためか、シドは俺の背中を容赦なくバシッ、と叩いて送り出してくれる。
「わっ!?」
「あの獣はあたしが見ていてやるから、コーイチはロキを助けることだけに集中しろ」
「……っとと、うん、ありがとう」
相変わらずの馬鹿力に前につんのめりそうになりながらも、俺は再びロキと一対一で対峙することになる。
「…………」
俺を信じて送り出してくれたシドには感謝しかないのだが、最後の最後に凄く気になることを言われてしまった。
俺の右目……心配になるほど真っ赤になっているのか?
しかも、今すぐにでも血管が破裂しそうなほど真っ赤って……只事じゃないと思うんだけど。
ただ、シドの指摘に反して俺の右目に映る世界の色は、真っ赤に染まるなんて恐ろしい状況には陥っていない。
先程と違うのは、ロキの体を何やら赤い霧が包んでいるのが見えるということだ。
まるでガルムのような形をしている赤い霧は、ガルムの目から放たれたもので、おそらくあの霧によってロキは苦しんでいるのだと思われた。
「待ってろロキ……今、助けてやるからな」
俺は腰のポーチからナイフを取り出しながら、顔を地面に押し付けて必死の抵抗をしているロキに話しかける。
「ロキ、後少しだけ、五秒だけ我慢できるか?」
「………………わ、わふぅ」
俺の問いかけに、ロキは弱弱しい声で「がんばる」と鳴いて口を大きく開けて地面へと齧り付く。
「いい子だ」
ロキの期待に応えるため、俺はナイフを握る手に力を籠めて一気に駆け出す。
その瞬間、ロキにやられた胸と右腕から血が吹き出し、気を失いそうになるが、歯を食いしばって前に出る。
ここでロキの頑張りに応えなくて、いつ頑張るっていうんだ!
俺はナイフを持つ手に力を籠めると、ロキを覆う赤い霧を凝視する。
この赤い霧が、俺の新たなスキルによって見えたのなら、元々あるスキルとの親和性は高いはずだ。
その読み通り、ロキを包むガルムの形をした赤い霧、その額の部分に黒いシミが浮かび上がる。
やはり、読み通りだ。
黒いシミが見えたことで勝利を確信した俺は、ナイフを思いっきり振り上げる。
「ロキを返してもらうぞ!」
雄叫びを上げながらナイフを黒いシミへと突き立てると、意外にも何かを貫くような手応えがある。
「ギャア!」
さらに、何処からか悲鳴が聞こえたかと思うと、視界の端にガルムが目から血を吹き出しながら吹き飛ぶのが見えた。
「えっ……って、おうわっ!?」
何が起きたのかを理解するより早く、何かが体当たりをしてきて、俺は地面に押し倒される。
思わず身構えようとするが、俺の眼前にロキが馬乗りになり、これでもかと謂わんばかりに激しく顔を舐めてくるのが見えた。
「わぷっ、ちょ! やめ……って、ロキ、元に戻ったのか?」
「わん!」
俺の声に、ロキは「うん!」と嬉しそうに鳴いて俺の顔を尚も舐めてくる。
「…………」
ロキ、嬉しいのはわかるけど、俺の顔が唾液でべちゃべちゃになっているし、女の子だから指摘しないけど、君の唾液って結構臭いんだからね。
「…………でも、よかった」
そんなことを思ったが、俺もロキが戻って来てくれたことの喜びの方が大きく、巨大狼のされるがままになりながら頭を優しく撫でてやる。
「バ、バカナッ!」
その声に反応して顔を向けると、右目から血を流しているガルムが俺たちのことを驚愕の表情で見ていた。
「ドウシテ、ジユウニナッテイル。ワガチカラハ、ドコニイッタノダ?」
「……フン、お前の汚い力なんて、俺とロキの絆の前には無駄だってことだよ」
「わんわん!」
俺の言葉に、ロキが「そうだそうだ」と続き、それを聞いたガルムが犬歯を剥き出しにして怒りを露わにする。
「ナニガ、キズナダ。ソンナモノ、ワガチカラノマエニハ、ムイミダ!」
そう言ってガルムは、再びあの力を使おうというのか、目を限界まで見開くが、
「…………バカナ! ナゼ、ナニモオキナイ!?」
力が上手く働かないのか、ガルムは焦りながら何度もあの怪しい光を放つポーズを取る。
だが、残された左目から赤い光が放たれることはなかった。
「ドウシテ……」
どうしてか、あの魔物を操る力を使えなくなった様子のガルムは、俺のことを睨みながら苦々しい声で呟く。
「マサカオマエ…………
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