第507話 ガルムという魔物
「何だよ。リーダー、もうバレちまったのか?」
「てっきり面白い勝負が見られると思ったんだけどな」
「ちょっとやめなさいよ。それでどちらかが怪我したら、この後がめんどくさいでしょ」
次々と現れたリーダーの男性の仲間たちは、次々と軽口を叩きながら俺に「久しぶり」と挨拶してくる。
最後に、シドが「お疲れ」と言いながら俺の肩を叩いてニッコリと笑いかけてくる。
「どうだ? ちょっとはヒヤッとしたんじゃないのか?」
「いや、まあ……かなり驚いたけどさ」
俺は二羽のトントバーニィにもう大丈夫だという旨を伝えると、念のためにロキのすぐ近くで待機するように指示を出しながらシドに尋ねる。
「それで、一体何があったのさ」
「何、そんなに難しい話じゃないさ」
シドは腕を組んで豊かな胸を持ち上げると、四人の冒険者たちを見つめながらこれまでの経緯を話す。
「コーイチと別れた後、すぐさまロキがあいつ等を見つけてな?」
「いきなり襲いかかったんだ?」
「……怒るぞ?」
「ご、ごめんなさい。それで、実際のところはどうだったんだ?」
俺が平謝りしながら問いかけると、シドは拍子抜けしたように肩を竦める。
「どうもこうもないよ、そもそも勝負にならなかった。あたしたちの姿を見た途端、いきなり全面降伏してきたんだ」
「えっ? じゃあ、あの人たちは……」
もしかして、トントバーニィを狩るのが目的ではなかった?
「あっ、いや……残念ながらそれはないよ」
俺が期待を込めた視線を四人の冒険者に送ると、リーダーの男性が両手の顔の前で振りながら否定してくる。
「最初は誰よりも先駆けてトントバーニィを狩るつもりだったさ。この手の依頼は、早い者勝ちが原則だからね」
「じゃあ、どうして?」
「どうしてって……そりゃ、お金も欲しいけど、それより命の方が大事だからさ」
「そうそう、その姉ちゃんの実力を知ってたのもあるけど、それよりガルムを相手にするのは分が悪すぎるぜ」
「そうそう、本来は魔物であるガルムを手懐けてるって兄ちゃんたち、一体何者だ?」
「ガルム……」
初めて聞く名前に、俺は行儀よくお座りして欠伸をしているロキに話しかける。
「ロキ、お前ガルムって種族だったのか?」
「わふぅ~あぁくぅ?」
俺の質問に、ロキは「知らない」と欠伸をしながらかぶりを振る。
その様子は惚けているというわけではなく、本当に知らないという様子だ。
そういえばロキは、シドたちの母親であるレド様が拾ったということだったが、その経緯については聞いたことがない。
だが、レド様は子犬ならぬ子狼だったロキを拾ったということだから、きっとロキ自身、自分の生い立ちについては知らないのだろう。
この辺は旅を続けていれば何処かで知るかもしれないが、それともう一つ、スカウトの男性が気になる言葉を言っていた。
ガルムという狼は、本来は魔物だということだ。
だが、ロキが魔物のはずがないことは、俺が一番よく知っている。
魔物であるなら、アニマルテイムを持つ俺と会話ができるはずがないし、こうして一緒に日々を過ごすことなどできるはずがない。
だからロキが、ガルムという魔物であるはずがない……そう断じたいが、今の俺は野生動物と魔物の境界の狭間というものを垣間見ている。
トントバーニィとヴォーパルラビット……このウサギの表裏を見る限り、ロキもまた一つ間違えば俺たちの敵になるかもしれないということだ。
もし、そうなった時、俺はシドたちを守るためにロキと戦うことができるのだろうか?
「…………」
つい先程、リーダーの男性から聞いた言葉が重くのしかかって来る。
「昨晩に肩を組んで酒を飲み明かした相手だろうと、翌日には何事もなかったかのように命のやり取りをするのが正しい冒険者の在り方……か」
きっと長いこと冒険者をやっているリーダーの男性の言う通りなのだろうが、やはり俺は彼とは違う道を進みたいと思う。
だってそうだろう? こんな愛らしい家族同然のロキと命を賭けて戦うなんて、到底考えられない。
野生動物が魔物になるトリガーが何なのかはまだ不明だが、少なくとも俺は、ロキが絶対に魔物になるような道へと進まないようにしようと思う。
「ロキ……」
俺は少しでも不安を取り除こうと、二羽のウサギをお腹の下に入れて守っているロキに近付いて頭を撫でる。
「ロキ……俺たち、これからもずっと一緒だからな?」
「わん!」
俺の声に応えるように、ロキは「モチロンだよ」と嬉しそうに頷いて頬ずりしてくる。
この信頼関係があれば、絶対に大丈夫だろうと思った。
甘えてくるロキを存分にあやす俺を見守っていたシドは、慈母のような穏やかな笑みを浮かべて話しを続ける。
「少し話が逸れたな。それで、どうしてこいつ等がここにいるか、だったな」
「あっ、うん」
そういえば、元々はそんな話だった。
ロキが魔物と同種の狼であると言われて少し取り乱してしまったが、俺は巨大狼を撫でる手を止めることなくシドの次の言葉を待つ。
シドはロキと親密なコミュニケーションを取る俺を見て、絶句した様子の彼等四人を指差しながらその理由を話す。
「それについては簡単さ。彼等の雇い主になったんだ」
「誰が?」
「あたしだよ」
シドは親指で自分を指差しながら、獰猛な笑みを浮かべて森の外へと目を向ける。
「どうやらトントバーニィを狙ってかなりの数の冒険者がここを目指しているって話だからな。だから連中を蹴散らす手伝いをしてもらうのさ」
「そう……か、やっぱり衝突は避けられないのか」
それはありがたい話であったが、同時に聞きたくない話でもあった。
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