第506話 試される覚悟
俺の前に現れた男性は、最初に挨拶した時と同じような柔和な笑みを浮かべて話しかけてくる。
「僕がここに来た用件はもうわかっているんだろう。悪いようにはしないから、おとなしく抱えているウサギを渡してもらえると助かるよ」
「……おとなしく俺がその要求を呑むと思いますか?」
俺が二羽のトントバーニィを後ろ手に隠して庇うように立つと、リーダーの男性は苦笑しながら肩を竦める。
「今のところは無理だろうね。でも、状況次第ではどうかな?」
「どういう意味ですか?」
「さあね、それより自分の心配をした方がいいと思うよ」
そう言いながら、リーダーの男性は矢のセットされたボウガンを俺へと突き付ける。
ここで俺が少しでも怪しい素振りを見せれば、リーダーの男性は容赦なくボウガンの引き金を引くのだろう。
リーダーの男性が話した俺が要求を呑むようになるという条件……それはおそらくこの場にいないシドが関係していると思われる。
シドは二羽のトントバーニィがオリーブを食べている間、冒険者たちが来ていないかを探るためにロキと一緒に斥候に出ていったのだが、まだ戻って来ないところをみると、もしかしたら何処かで連中と鉢合わせしたのかもしれない。
まあ、シドは俺なんかと比べるまでもなくかなり強いし、ロキもいるはずだから心配はしていない。
近くで争う音が聞こえないということは、既に決着が付いているということもあり得る。
それより問題は、このトントバーニィを抱えた状態で、リーダーの男性とどうやって渡り合うか、だ。
人間との一対一の戦いで、初見の相手と戦うというのであれば、多少は俺にも分があるだろう。
だが、俺は一回、この男性の前で自分の手の内を晒してしまっている。
それに、相手がボウガンという遠距離武器を手にしているのも俺にとっては相性が悪い。
距離を取られた場合、俺が得意とする搦め手を使っての戦術の効果は半減するといっても過言ではない。
それに俺は身軽に動くために、これといったまともな防具を装備していないので、矢で射貫かれたらそれだけであっという間に行動不能になってしまう。
腰のナイフで矢を華麗に弾くような芸当ができればいいが、生憎と俺はシドのようにそんな離れ業を習得していない。
ただでさえ勝ち目の薄い状況であるが、俺にはもう一つ困ったことがあった。
これは俺の我儘かもしれないが、できれば顔見知りであるリーダーの男性と命のやり取りはしたくなかった。
リーダーの男性には、ヴォーパルラビットの一件について大分お世話になったし、彼がどれだけ仲間のことを想って苦労しているかも知っている。
彼等の目的は、トントバーニィを捕らえて冒険者ギルドへ差し出すことだろうが、これは依頼人であるオルテアさんに、早急に取り消してもらうように取り計らってもらう予定なので、タイミング次第では無駄足になる可能性もある。
それはつまり、ここでの争いそのものが無駄に終わる公算が高いということだ。
だからここは一つ、どうにか話し合いでケリを付けたい。
そう思っていると、
「……ふむ、どうやら僕と戦うのが嫌だ。って顔をしているね」
いつも通り表情に出てしまっていたのか、リーダーの男性が小さく嘆息する。
「それはもしかして、僕が顔見知りだからとかそういう理由からかな? だとしたら、僕も随分と舐められたものだね」
「それの何処が悪いのですか? 少なくとも俺は、誰かれ構わず命を奪うような奴にはなりたくないと思っています」
「そうか……君は優しい奴だな」
俺の意見を聞いたリーダーの男性は、最初に会った時のような柔和な笑みを浮かべる。
だが、すぐに表情を険しいものに変えると、
「でもそんな甘い考えだと、これから先、冒険者としてやっていくのは難しいよ」
俺の意見を真っ向から否定してくる。
「冒険者という者は、常に自分と仲間のことだけ考えていればいいんだ。その他の者は、全てそのついでだよ」
「ついで……」
「そうだ。だから昨晩、肩を組んで酒を飲み明かした相手だろうと、翌日には何事もなかったかのように命のやり取りをする。それが正しい冒険者のあり方だよ。もし、それができないのなら、君は冒険者には向いていない。命を失う前に、とっとと尻尾を撒いて故郷に帰るといい」
そう言ってリーダーの男性は、再び俺にボウガンを突き付ける。
「さあ、どうする? ここでおとなしく死ぬか……それとも僕と戦うか……」
「…………」
リーダーの男性の問いかけに、俺は沈黙を貫く。
こんな状況で何だが。自分に向けられた矢を睨んだまま俺は少し考え事をしていた。
どうしてリーダーの男性は、俺に今更冒険者のあり方について話したのだろうか?
俺に迷いが見えるのなら、躊躇なく相手を殺すことができるのなら、何も語らずにとっとと引き金を引けばいいのに何故かそれをしなかった。
それによくよく考えれば、最初にボウガンで攻撃してきた時も、矢は全て地面に突き刺さったが、俺が回避した先を読んで撃てばその時点で勝負は決していた。
それをしなかったということはつまり、
「……ありがとうございます」
リーダーの男性の意図に気付いた俺は、素直に彼に感謝の意を伝える。
「あのまま黙って俺を殺すこともできたのに、それをしないで冒険者の心構えについて話してくれたということは、俺のことを本気で心配してくれたんですね?」
「……何を言っているのかな?」
「もう、大丈夫ですよ。全て理解しましたから、そんな演技もする必要ないです」
俺は確信をもって笑顔を見せると、何処かにいるはずのシドへと大声で話しかける。
「おい、シド! こんな茶番はもう、おしまいにしてくれないか? すぐ近くにいるんだろ? それにロキも!」
何ならアラウンドサーチを使って、何処に隠れているかを探してもいいかと思ったが、
「何だ。もうバレたのか」
「わふっ」
すぐ近くからガサガサと草を掻き分ける音を響かせながらシドとロキ、そしてリーダーの男性の仲間である三人がゾロゾロと出てきた。
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