第508話 生易しい道だけど
陽もすっかり登り、深い森にも僅かに陽の光が差し込むようになった頃、畑の近くに冒険者たちがゾロゾロとやって来た。
殆ど裸同然の格好に革の鎧だけを身に纏い、強面で武骨の体にはいくつもの傷痕が見える有様は、いかにも片田舎の街の荒くれ者を思わせる雰囲気があった。
その手には剣や槍、斧や槌といった各々の得物の他に、網や籠といった動物を捕えるための道具を手にしていた。
中には籐を編んで作られた巨大な動物を運ぶ時に使う籠を持っている者もおり、彼等の目的がトントバーニィであることは明白だった。
「よし、いいかお前等、トントバーニィを誰が捕まえても恨みっこなしだからな」
冒険者たちの中で一際大きい、二つ角の兜を被った毛量も髭の量も凄まじい山賊のような男が、だみ声で冒険者たちに叫ぶ。
「一応、言っておくが横取りはなしだ。楽な仕事とはいえ、怪我だけは御免だからな」
「わかってるぜ。それで勝った奴が全員に奢りな?」
「おいおい、一体何人いると思ってるんだ?」
「まあ、いいじゃないか。いいか? 奢って欲しかったら絶対に殺すんじゃねぇぞ。生け捕りにして貴族様に売り払うんだ」
「ヘヘッ、今日は久しぶりに朝まで飲めそうだぜ」
男たちは既にトントバーニィを捕まえたつもりで、呑気に談笑しながらウサギがいると思われる牧場内にある森を目指していた。
「…………おい、何だありゃあ」
森まで後少しというところで、集団の先頭にいた男が何かに気付いて前方を指差す。
そこには何やら人影が一つ、まるで男たちの進路を立ち塞がるように立っていた。
三日月型の模様で目と口を表現した不気味な白い仮面を被り、うだるような暑さの中でも全身を黒一色で纏めた、おそらく本職は
ここら辺では見ない不気味な仮面を被った冒険者の登場に、一体何事かと思いながらも男たちがそのまま歩を前へと進めると、
「止まれ!」
仮面の人物が男たちに向かって叫ぶ。
「お前たちの探しているトントバーニィ捕獲の依頼は取り下げてもらった。お前たちが望む報酬はもう得られない。おとなしく立ち去るがいい」
「あっ?」
「何だぁ? いきなり……」
いきなり現れて、勝手なことを言い出す仮面の男に、男たちの態度が急変する。
「いきなり出て来て帰れとは、随分舐めた口きいてくれるな?」
「大方、手柄を独り占めしたいだけだろ! あんまり舐めた口きくと、痛い目に遭わせるぞ……ああん!?」
「てめぇ、何処の生まれだ! 今すぐ殴り飛ばしてやるから、とっととかかってこいや!」
仮面の男の意見に、男たちは口々に文句を言い始める。
「依頼を取り下げたというが、それが本当なら証拠を出してみせろ!」
「そもそも、お前は何処の誰なんだよ! 一体誰の差し金でこんな真似してやがるんだ!」
「俺か? 俺は……」
男たちの問いに、仮面の男は暫し黙考していたが、
「俺は……その……そう、動物愛護団体のものだ」
「どうぶつあいご……」
「だんたいだぁ……?」
全く聞いたことのない単語の登場に、男たちは互いに顔を見褪せた後、
「「「はーっ、はっはっはっはっは…………」」」
揃って大声を上げて笑い出す。
「おいおい、聞いたかよ。動物愛護団体だってよ」
「聞いた聞いた、何処の世界に自分より動物を大事にするやつがいるんだってんだよ!」
「きっとこいつ、動物たちに肉を与えて、自分はその辺の草を食べてたりすんだぜ」
「こいつは傑作だぜ!」
男たちは仮面の男を指差しながら、腹を抱えて笑い転げる。
「…………」
抱腹絶倒といった様子の男たちを見て、仮面の男は暫しの間、羞恥に耐えるように震えていたが、
「いいな! 忠告はしたからな。汚したくなかったら、絶対にこっちに来るなよ!」
捨て台詞のようにそう吐き捨てると、背中を向けて森の中へと一目散に向けて駆け出した。
「はぁ……はぁ……クソッ、あいつ等……好き勝手笑いやがって」
がっくりと肩を落として木にもたれかかった俺は、師匠であるオヴェルク将軍からもらった白い仮面を外し、呼吸を整えるように大きく深呼吸を繰り返す。
たった百メートル前後走ったぐらいでこんなにも息が乱れるなんて、師匠に知られたらどんな叱責を受けるかわかったものではないが、一先ず言い訳をさせていただきたい。
先ず、いきなりあんな知らない……しかも強面の人たちの前に出る時点でかなり緊張するし、そこで大声を上げて必要なことを叫ぶことの体力の消費たるや、中々に侮れない。
さらにこの、師匠から貰った白い仮面……実際に被ってみてわかったことだが、仮面を被ると視界が極端に狭く、仮面と鼻と口の距離が極端に近いため、どうしても呼吸が浅くなって肺に思いっきり空気を取り込むことができないのだ。
思えば師匠は、俺たちに正体を明かすまでこの仮面を付けたまま常に行動して、さらには息一つ乱さずにあの重い荷物を持って地下と地上を行き来していたのだから、どれだけ体力化物なんだろうと思う。
きっとこの先もこの仮面の世話になる時がくるだろうから、その時までに仮面を付けての訓練というのをしておいた方がいいかもしれないな。
「おう、コーイチ。ご苦労だったな」
仮面についての今後について考えていると、ニヤニヤと笑ったシドが現れて俺のことを肘で突いてくる。
「いや~、いい啖呵だったぜ。文言はまあ……お前らしい、生易しいものだったけどな」
「生易しいのは重々理解してるよ。ただ、それでもどうしても最初に警告だけはしておきたかったんだ」
森の中に入って来た冒険者たちを不意打ちして、容赦なく行動不能にするのがきっと一番なのだろうが、俺はその手を取ろうとは思わなかった。
見た目は荒くれ者そのものだが、普段はそんな彼等がいるからこそ、この辺の住民は魔物に怯えずに日々を過ごせているのだ。
そんな彼等を根絶やしにするわけにはいかないし、変な遺恨を遺すと、牧場にも迷惑がかかってしまう。
だからここは宣戦布告に近いことをして、この案件に関わると碌な目に遭わないぞと認識しておかえり願う予定だった。
やって来た冒険者たちも最低限の武装はしているものの、本気で
「……まあ、あたしには正々堂々とやりたいって気持ちはわからないけど」
「ごめん、俺の我儘に巻き込むことになって」
「まあ、いつものことだよ。気にするな」
シドは仕方がないなという風に苦笑すると、俺の肩に手を伸ばして抱き寄せてくる。
「それに、あたしはコーイチのそういうとこ、好きだぜ」
「あ、ありがとう」
「ヘヘッ、どういたしまして」
シドは照れたように笑って、俺の頬に触れるようなキスを一つすると、
「さて、それじゃあ一狩り……いや、人狩りいこうぜ」
物騒なことを言って獰猛な笑みを浮かべる。
「……お手柔らかに頼むよ」
俺はそんなシドを頼もしく思いながら、少しでも穏便に済ませる努力をしようと固く心に誓った。
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