第502話 ウサギの森

 トントバーニィが掘ったと思われる穴は、草と草が調度重なる場所に造られており、わざわざ草を掻き分けなければ、見つけられないようになっていた。


「おいおい、この穴をウサギの奴が掘ったっているのかよ?」


 巧妙に隠された穴の中を覗き見ていたシドが、興奮したように顔を上げながら話す。


「見てみろよこの穴、最初は縦に掘ってただの穴かと思わせて、底に横に続く穴が掘られているんだ」

「ああ、やっぱり」

「やっぱり?」

「実はね……」


 首を傾げるシドに、俺は牧場近くでトントバーニィ……おそらくうどんが掘ったと思われる穴も、同じような構造をしていたことを話す。


「なるほどそんなことが……って、おい、コーイチ」

「えっ、何?」


 キョトンとする俺に、シドは憤慨したように手を伸ばしてきて、首をがっちりホールドする所謂ネックホールドを極めてくる。


「何? じゃねぇよ。そんな穴があったならどうして話をしないんだよ!」

「あだだだ……わ、悪かったって。あの日はミーファとの一件があったから、そんなことまで気が回らなかったんだよ」

「むっ……そういやそうだったな」


 あの時の俺の憔悴しきった様子を思い出したのか、シドは籠めていた力を緩めて、俺のことを解放してくれる。


「…………」


 ……だが、正直なところ、できればもっと技をかけ続けてもらいたかった。


 シドは技をかけるのに夢中で気付いていないようだが、さっきから彼女が俺の首を締め上げる度に、死んで天に召されてしまうかもしれない苦しさと同時に、彼女の胸部による天にも昇る幸せな感触が頬に押し付けられていたのだ。


 例え死にかけようとも、できればもう少し幸せに……おっぱいに包まれていたかった。


「な、何だよ。その顔は……」


 解放されたのに何処か残念そうな顔をする俺を見て、シドが訝しむように睨んでくる。


「まるでもう一度、あたしにおしおきされたいって顔になってるぞ」

「してくれるの!? あっ、いや、何でもない……です」


 言いながらシドの顔が恐怖に歪むのが見えたので、俺は慌てて取り繕うように笑いながら、トントバーニィが明けた穴に手を伸ばす。


「とまあ、そんなわけで今からこの穴を辿っていこうと思うんだ」

「…………まあ、色々と言いたいことはあるが、要はやれるんだな?」

「多分ね」


 壁に手を振れた状態でのアラウンドサーチを使うと、内部構造をワイヤーフレームのような形で脳内に投影されるのだが、果たしてこの能力で何処までの距離を索敵できるかは未知数だ。


 もし、この穴がとんでもなく遠い場所まで続いているとしたらと考えると恐ろしいが、実はこの穴が何処に続いているかの見当はついていたりする。


 だが、それでも必要最低限の準備はしておくべきだろう。

 その内の一つが、トントバーニィが何処から出入りしているかを把握することだ。


 これだけわかれば、少なくとも穴から奇襲を仕掛けられることはなくなるし、地上に出ていたらアラウンドサーチで索敵できる。


 少なくともこれで、多少のイニシアチブは握れる…………はずだ。


「それじゃあ、いくよ……」


 俺はそう宣言して穴の中に手を入れると、アラウンドサーチを発動させた。




 結論から言うと、俺の読みは大当たりだった。


 アラウンドサーチで穴の中を確認したところ、どうやらこの穴は移動用に掘られた穴の様で、入口からある場所まで一直線に続いていた。



 途中、何度か頭痛を感じる直前でスキルを一旦解除し、少し休憩してから再び索敵するという方法で辿り着いた先は、以前にバラバラにされたバンディットウルフの死体を見つけたマーガレットさんの畑の近くにある森の中だった。



 夜が明けて少し時間は経ったが森の中はまだ夜と変わらない暗闇だったので、夜目が利かない俺は、カンテラをかざして周囲を確認しながらシドたちに問いかける。


「とまあ、穴はここまでだったんだけど……どう? 何か怪しいものとか見える?」

「そうだな……あたしは狩りは専門外だからよくわからないけど、今のところあたしたちの近くに何かがいる様子はなさそうだ」

「そうか……じゃあ、ロキ。何かわかるかい?」

「わふっ」


 俺の言葉にロキは「ちょっと待ってて」と言いながら鼻を地面に近づけると、穴の中の匂いをスンスン、と嗅ぐ。


 次は穴の近くの地面の匂いを嗅ぎ、そこから扇状にジグザグ移動しながら何かの足跡を辿るように匂いを嗅いでいく。



 だが、


「…………キュ~ン」


 途中までは何か確信があったようだが、途中から匂いが消えてしまったようで、ロキは「ごめんなさい」と申し訳なさそうに首を垂れる。


「いや、そんなに気を落とさなくても大丈夫だよ」


 俺はロキを慰めるように頭を撫でながら、シドに相談する。


「……ここまでこれたのは良かったけど、これからどうしよう?」

「おい、何も考えてなかったのかよ」


 情けない一言に容赦ないツッコミを入れながら、シドは確認するように質問してくる。


「得意の索敵能力で他の穴を探せないのか?」

「そのことなんだけど……実は困ったことになっているんだ」

「困っている?」

「ああ、ついさっきアラウンドサーチで周囲を確認したんだけど、どうやらこの辺、どこもかしこも穴だらけで、情報量が多過ぎてスキルをまともに使えないんだ」

「おいおい、それってヤバイんじゃないのか?」

「うん、非常にマズイ」


 俺は人知れず冷や汗を流しながら、今の状況を簡潔に話す。


「この森は、トントバーニィが造った罠だらけの要塞だ」


 そんな罠に、まんまと嵌った二人と一匹がここにいるというわけだった。

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